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第十一話 魔物な夜

11-4.真実

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(なにやってんだろう)
 汚い地べたに座り込んでいる自分が阿保らしくなる。バスケットだけは死守したのは我ながらエライ。
「さっきから何やってるの?」
 通りの方から話しかけられてびっくりした。
 見なくてもわかる、兄の声だ。またいきなり帰ってきたりして……。

「見てたの?」
 えへへと笑って立ち上がる。
「かぼちゃの前で子どもたちと一緒のとこから。その髪かつら?」
「魔法で今だけ戻ったの」
「それは素敵だね」
 くすりと笑って手を差し伸べてくれた。器用にバスケットごと抱き上げてくれる。
「ありがとう、お兄ちゃん」
 地に足がついてほっとする。

 顔を上げてお礼を言ったら抱きしめられた。
 血の気が引いて体が震えそうになる。
(ああ。髪がこんなだから)
 昔に戻ったような気がしたのだろうか。
 巽は美登利の肩に顔を埋めたまま動かない。

(戻りたいの? お兄ちゃん)
 そっと腕を回して兄の背中を撫でる。
 変わってしまった、何もかも。すべてが彼のせいだとは言わないけれど、巽のいない二年の間に随分いろいろなことが変わってしまった。

 兄が逃げずにそばにいてくれたなら、ずっとあのままでいられただろうか。今でも無心にこの人を好きでいられただろうか。達彦にあんなふうに暴かれたりしなければ、今も無邪気に笑っていられただろうか。
「もし」をいくら考えても仕方ない。過去には戻れない、変わらない。できることなど限られている。
 すべてを壊すか、あるいはこのまま進むか。

 そろりと何かが琴線に触れて、美登利は知らず知らずのうちに兄を抱く手に力を込める。
 たとえどんなふうになったとしても、あなたは私を一番に想っていて。愛していて。
(お兄ちゃんは私のもの)
 それだけが今も昔も変わらない真実。




 予備校の帰り、急いで立ち寄ったロータスに彼女がまだいてくれて、正人はほっとした。閉店の札を下げ灯りを落とした店内で、ちょうど閉店作業をしていた。
「また来るって言ってたから」
 モップを持って美登利は笑う。
「手伝う」
「もう終わるからいいよ」

 掃除用具を片づけて手を洗ってから美登利はカウンターのスツールに座る。
「魔女っ子先生はへんな男に絡まれたりしなかった?」
「……しなかったよ。至って平和」
 戦利品のお菓子の盛り合わせを見せられて正人は苦笑する。

「なんだか懐かしかったな。長い髪の先輩」
「池崎くんでもそう思う?」
「思うよ、どうして」
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