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第八話 覚悟と不信

8-5.おれを汚して

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「信じて。おれは逃げたりなんかしない。先輩が好きだから」
「私も好き……」 
 覚悟の決まった眼差しを振り切ることなんてできない。
「でも、好きなのはあなたのことだけじゃないの」
 本当に本当のことは言えない。どうしても言えない。
「わかってるよ。そんなのわかってる、それでも好きにしろって言ったよね?」

「わかってないよ。なんにもわかってない。私はね、好きでも一人のものなんかになれない。あなただけのものには絶対にならない。そばにいてくれても何も応えられない。これ以上は無理なんだよ。あなたが何を望んでも先なんかない。今ならまだ……」

 ――だったらいつもみたいに早く搦め取っちまえばいい。

 駄目。それは絶対にしてはいけない。
「今ならまだ放してあげられる。だからもう会いに来ないで。もう困らせないで」
「ごめんね」
 正人は俯いて小さな声でつぶやく。そしてまた顔を上げる。

「でもあなたを好きなことをやめたりしない。離れたりなんかしない」
「だから、それが……」
「どんなあなたでも好き。狡くても汚くても、あなたが好き。全部受け入れる。だから先輩も覚悟を決めて」
 美登利は驚いて顔を上げる。

「おれを汚したくないって思ってるだろ。だから突き放そうとするんだろ」
 その通りだ。彼を自分のいる泥沼に引きずり込みたくない。
「そうだよ、池崎くんにはそのままでいてほしい。歪んだりしてほしくない……誠みたいに」
 再び涙が滲んできて美登利は目を伏せる。

「私が誠をあんなふうにした。好きだから、大好きだから、私の身勝手さがあんなふうにしてしまった。誠はいつも苦しそう。でも私は何もできない。今だって私は自分勝手だから」
「それでも一ノ瀬さんは逃げ出したりしない。覚悟が決まってるから」
 睫毛の先から雫を落としながら美登利は瞳を上げる。

「だろ? おれだって覚悟ならとっくにできてる。あとはあなたが覚悟を決めて」
「私……」
「いつだって決めるのは先輩だろ? おれたちはそれに従うだけ」
 お日様のように笑って正人は美登利の手を取る。

「覚悟を決めて、おれを汚して。おれをあなたのものにして」
「……」
「先輩は嘘ばかりつくけど、おれはあなたの心を信じる。だから先輩も信じて。おれはあなたを責めたりしない」
「……っ」
 崩れるように椅子から落ちて正人に抱き着いた。尻もちをつきながらしっかり受け止めてくれる。
 彼の首にしがみついて泣きながら美登利は思う。
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