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第八話 覚悟と不信

8-1.人生が終わったら

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 八月に入ってお盆が近づいてくると、周りの商店のご隠居たちから墓参りのお供を頼まれることが多くなった。
 古くからの土地持ちのお家ばかりだからこんなところに墓地があったのか、と驚くことが多い。ビルの隙間だったり松林の奥の片隅だったり。

 お墓の周りの草取りや掃き掃除をしている間、老人たちは愛しそうに墓石に水をかけたり拭いたりしている。連れ合いを亡くしている人ほどその様子は顕著で、まるで本人がそこにいて頭を撫でているように優しく優しく墓石を掃除する。

 掃除が終わると美登利も一緒に線香をあげて手を合わさせてもらう。お墓って不思議だな、と思う。
 先祖代々と言うけれど、他所からお嫁に来た人にしてみれば知らない人がうじゃうじゃいる中に入っていかなければならない。旦那さんより先に死んでしまったら、頼れる人もここにはいない。お姑さんに仲間外れにされたりしないかな。

 自分だったら嫌だと思う。人生が終わったらきっととても疲れているだろうから、父親と母親のところに戻りたいと思う。

 果物屋のおじいちゃんのお供をしたら、立派な桃を山ほど貰ってほくほくだった。もう時期も終わりだからまたあげると言われた。
「桃のメニューを考えよう」
 タルトもいいし、ゼリーにして配合を徹底的に試してみて、柔らかさを極めてもみたい。
 目標ができてそれに集中していれば余計なことは考えずにすむ。

 店内を桃の香りで充満させていたら、久しぶりに村上達彦がやって来た。
「なんのいやがらせ?」
「自意識過剰。癒しのいい香りじゃないですか」
「癒しね」
 いつものテーブル席に座って新聞を広げる。

「おふくろさんの具合はどうなんだ」
 カウンターを出て琢磨がその脇に立って訊いた。
「小康状態ってやつだな。今は落ち着いたがまたいつ急変するか。こうやって半年か一年は同じ状態を繰り返すらしい」
「そうか」
 コーヒーを淹れながら美登利は無表情を通した。




 お盆の帰省ラッシュをすぎた次の週末、再び巽が榊亜紀子を連れてきた。
「巽さん、彼女と結婚するのかな? どう思う?」
「知らない。お母さん本人にへろっと訊いてみればいいじゃん」
「訊けないわよ。いくらなんでも」
 キッチンでこそこそ母親に言われて美登利はため息をつく。
 リビングでは、亜紀子から大型の美術本をプレゼントされた父親が嬉しそうにしていた。
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