33 / 324
第六話 紙の月
6-6.あなたが信じてくれるなら
しおりを挟む
「今はあなたの話をしてるんです」
「オーレンカか、それも良かったかもな。君に会ってなければね」
「それって、私のせいなの?」
さすがに目を伏せずにいられなかった。
達彦も顔を隠して俯く。
「悪い。失言だった」
いいや、どうせ皆にそう思われている。暗い気持ちで美登利は逆に視線を上げる。どうせ全部、自分が悪いのだ。
テーブルの上にガラス石の即席インテリア。
――傷ついたならそれはおれのせい。先輩の責任なんかじゃない。
そう言ってくれた彼も、いつかは自分を責めるようになる。そうなる前に。
琢磨が戻ってくるまで重苦しい沈黙が続いた。
『今やってる特別展が見たいから付き合って』
珍しく着信があったと思ったら急な呼び出しで、一ノ瀬誠は頭が痛くなる。
『無理しなくていいよ。ダメなら一人で行くし』
この都会であんなのを野放しにできるわけがない。駆けつけると、噴水のある広場の通り際でひっそりと彼女が待っているのがわかった。帽子で顔を隠しているが体つきでわかる。
それにしても、と誠は内心感心した。気配を隠すのが随分うまくなったものだ。たいして目立っていない。
「やあやあ、元気みたいだね」
「急にお呼び立てして申し訳ありませんと謝れないのか」
「お呼び立てして申し訳ございません」
「俺も見たかったからいいけど」
許すことにして、目の前の美術館に向かった。
「タバコ屋のおばあちゃんにチケット貰ったんだ」
「只より高い物はないか」
平日だからじっくり鑑賞できて良かった。
「芸術は必要だね」
しみじみつぶやいて美登利は帽子をしっかり被り直す。
「帰りますか」
「もう?」
「だって、人が多くて。夏休み、何がしたいか考えといてね」
そんなの決まってる。ずっと一緒にいたい。柔らかい腕に包まれて、いつまでも胸の鼓動を聞いていたい。ずっと、ずっと。
「じゃあね」
手を振って別れ、美登利は心して駅の雑踏に向かう。
乗り換えを経て地元に向かう路線の電車の中で、ようやく息をつく。
疲れた。自宅のリビングのソファに早く寝そべりたい。そして映画を観るのだ、文化的な一日にふさわしく。
頭の中をジャズの旋律が流れる。
あなたが信じてくれるなら、見せかけなんかで終わらないのに――。
「オーレンカか、それも良かったかもな。君に会ってなければね」
「それって、私のせいなの?」
さすがに目を伏せずにいられなかった。
達彦も顔を隠して俯く。
「悪い。失言だった」
いいや、どうせ皆にそう思われている。暗い気持ちで美登利は逆に視線を上げる。どうせ全部、自分が悪いのだ。
テーブルの上にガラス石の即席インテリア。
――傷ついたならそれはおれのせい。先輩の責任なんかじゃない。
そう言ってくれた彼も、いつかは自分を責めるようになる。そうなる前に。
琢磨が戻ってくるまで重苦しい沈黙が続いた。
『今やってる特別展が見たいから付き合って』
珍しく着信があったと思ったら急な呼び出しで、一ノ瀬誠は頭が痛くなる。
『無理しなくていいよ。ダメなら一人で行くし』
この都会であんなのを野放しにできるわけがない。駆けつけると、噴水のある広場の通り際でひっそりと彼女が待っているのがわかった。帽子で顔を隠しているが体つきでわかる。
それにしても、と誠は内心感心した。気配を隠すのが随分うまくなったものだ。たいして目立っていない。
「やあやあ、元気みたいだね」
「急にお呼び立てして申し訳ありませんと謝れないのか」
「お呼び立てして申し訳ございません」
「俺も見たかったからいいけど」
許すことにして、目の前の美術館に向かった。
「タバコ屋のおばあちゃんにチケット貰ったんだ」
「只より高い物はないか」
平日だからじっくり鑑賞できて良かった。
「芸術は必要だね」
しみじみつぶやいて美登利は帽子をしっかり被り直す。
「帰りますか」
「もう?」
「だって、人が多くて。夏休み、何がしたいか考えといてね」
そんなの決まってる。ずっと一緒にいたい。柔らかい腕に包まれて、いつまでも胸の鼓動を聞いていたい。ずっと、ずっと。
「じゃあね」
手を振って別れ、美登利は心して駅の雑踏に向かう。
乗り換えを経て地元に向かう路線の電車の中で、ようやく息をつく。
疲れた。自宅のリビングのソファに早く寝そべりたい。そして映画を観るのだ、文化的な一日にふさわしく。
頭の中をジャズの旋律が流れる。
あなたが信じてくれるなら、見せかけなんかで終わらないのに――。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
やさしい幼馴染は豹変する。
春密まつり
恋愛
マンションの隣の部屋の喘ぎ声に悩まされている紗江。
そのせいで転職1日目なのに眠くてたまらない。
なんとか遅刻せず会社に着いて挨拶を済ませると、なんと昔大好きだった幼馴染と再会した。
けれど、王子様みたいだった彼は昔の彼とは違っていてーー
▼全6話
▼ムーンライト、pixiv、エブリスタにも投稿しています
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
婚約破棄を突きつけに行ったら犬猿の仲の婚約者が私でオナニーしてた
Adria
恋愛
最近喧嘩ばかりな婚約者が、高級ホテルの入り口で見知らぬ女性と楽しそうに話して中に入っていった。それを見た私は彼との婚約を破棄して別れることを決意し、彼の家に乗り込む。でもそこで見たのは、切なそうに私の名前を呼びながらオナニーしている彼だった。
イラスト:樹史桜様
私の不倫日記
幻田恋人
恋愛
これは私が体験した自身の不倫を振り返って日記形式で綴った小説である。
登場する私自身と相手の人妻は実在する生身の男女である。
私はある時期の数か月間を、不倫ではあったが彼女との恋愛に情熱を燃やした。
二人の愛の日々を、切ない郷愁と後悔の中で思い出しながら綴っていく。
よろしければお付き合いいただきたい。
当人が許可しますので「私の不倫日記」を覗いてみて下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる