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第六話 紙の月

6-1.嘘をつくにも程がある

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「やあやあ、誠くん元気そうだね」
 駅の改札前。相も変わらずわざとらしい笑みに、表情を凍りつかせたまま一ノ瀬誠はその頬をつねる。
「この口が、確か一か月前、毎週連絡するね、とか言ってなかったか? この口が」
 実際には一度も連絡など寄越さなかった。嘘をつくにも程がある。今まで積もり積もった針を飲ませてやったら、磁石で引き寄せられるようになるかもしれない。
「怒らないでよ」
 その手は食わないと思っても、頬をさすりながら涙ぐむ顔にすべてがどうでもよくなる。

 彼女が店名のロゴが入った赤いエプロンをつけたままなのに気づく。怒りのあまり能天気な顔しか目に入っていなかった。
「まだバイトか?」
「そうなんだよ、買物して戻らないと。あんたはまっすぐ帰った方がいいよ。おばさん御馳走作って待ってるよ」
「そうだな。……本当に明日行かないのか」
「行かない、行かない。みんなによろしく」
 軽やかに手を振って背中を向ける仕草には、なんの未練も感じられなくて、誠はまた少し不安になる。彼女は何をどこまで切り捨てるつもりなのか。

「おーい、やっぱり一ノ瀬くんだ」
 杉原直紀と小宮山唯子が近づいてきた。
「電車の中で見かけたけど、混んでたから近づけなくて」
 にこにこ笑う杉原の斜め下で、小宮山唯子もやっぱりにこにこしている。似た者カップルな二人だ。

「さっき美登利さんもいたよね? 行っちゃったみたいだけど」
「忙しいみたいだ」
「いつもそうだよ。ちっともじっとしてない。美登利さんらしいね」
 ふらふらふらふら飛び回って何処へ行くつもりなのか。自分はせいぜいその蝶道で待ち構えているしかない。無理に捕まえようとすればきっと、握りつぶしてしまうだろうから。




 文化祭当日、次々に現れる懐かしい顔ぶれに後輩たちは大はしゃぎだったが、中川美登利は結局現れなかった。
「会おうと思えば会えるしさ」
 期待を裏切られるのが常だから、後輩たちはたくましく肩をすくめる。

 何はともあれ、これで行事は一段落する。問題は来月の生徒会会長選挙だ。
「正直もう引退したい」
 本多崇が心から疲れたふうにつぶやいたが、後継が育っていないという悲しい現実もあり、
「ガチで負ければそれまでだし」
 片瀬修一の一声で出馬が決まる。
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