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第五話 月に泣く

5-2.幸福な関係

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「頭の痛い課題があって、どうしたものかと考えあぐねて。私論文苦手なので」
「どんなテーマですか?」
「芸術は必要か。ふたりだったらどう思う?」

「そんなの決まってます」
 まずは今日子がきっぱりと答える。
「必要もなにも、人間がいるから芸術があるのです。必要でないものなら人類の歴史の中からとっくになくなっています。だけど存在している。必然だからです」
「おお、さすがお友だちは明晰ですね。美登利ちゃんはどう思う?」

「そうですねえ……。たとえば、花は在るだけではただの事象にすぎない。それを見た人間が美しいと思って初めて鑑賞物として美しい花になる。逆に花を美しいと思えなければ人間は動物と同じ、美しいと思えるものがあるから人間は人間なのである。よって人間がいるから芸術があって、芸術は人間にとって必然なものである……今日子ちゃんの結論と一緒ですね」

 くすりと亜紀子が含みのある笑い方をしたので美登利は首を傾ける。
「巽さんと同じ例えを使うんだもの。やっぱり兄妹だね」
「そうですか」
 兄の名前が出たから触れないわけにもいかない。
「お兄ちゃんは元気ですか?」
「もちろん、順調に壊れていってます」
「……それはそれは」

 困ったような微笑み方が巽と同じ、亜紀子はきゅんとしてしまう。この兄妹はなんて素晴らしいのだろう。亜紀子が必要としているものをすべて提供してくれる。
「元気なんですね。病気とかしてなければ良いんです」
「ああ、うん。体は元気だよ」
 寝て起きて、食べて行為もする。至って健康的だ。内面がどうかは知らないが。

 出会ったときには安定していた彼の情緒は、このところ明らかに荒れている。亜紀子にはわかる。それこそ亜紀子が待っていたものだから。

 ――あの子を欲しいと思ったことはないけれど。

 余裕ぶって言ってた彼も今や人知れず懊悩している。それもこれも女神があまりに素敵だから。

 ――亜紀子さんは許してくれるのだよね。

 わかっていますよ。亜紀子もまた人知れず喜びに震える。女神様の代わりに抱かれるなど光栄の至り。
 そして彼の深遠な瞳からもたらされるものこそ亜紀子の糧になる。なんて満たされた幸福な関係。

「ハタチすぎればただの人って言いますものね。兄がご迷惑をかけてなければいいんですけど」
「かまわないの、私はあの人のおかしなところが好きなんだし」
 つい本音を漏らしてしまったら、美登利もまた思わずというふうにまっすぐ亜紀子を見つめてきた。
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