鋭敏な俺と愚直な君

奈月沙耶

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第八話

月に濡れたふたり(5)

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 それでもずるずる続いていた関係は、彼のUターン就職が決まるとバッサリ切断された。
 私のものは捨てていいから。そうメッセージが届き、面倒だなあ引っ越しの片づけをするまで放置でもいいよなあと考えつつも、そう言われたのだからと部屋に残された歯ブラシやヘアゴムや化粧品なんかをゴミ袋に入れて回った。

 そんなふうに、相手の要望に応じるだけの付き合い方しかしなかったから卒業というきっかけで断ち切られたのだ。それだけの気持ちしかカノジョたちに対して持てなかった自分が良くなかったのかもしれない。高校時代からの恋人を大切にして遠距離恋愛を乗り切った望月とは根本から違うのではないか。

 ――その程度ってことか。
 だから俊に言われて揺らいだ。情けない。




 親密な関係になっても茅子の職場での態度は変わらなかった。今まで通り渉のことを「高山さん」と呼ぶ。

『わざとらしかったですか?』
「んーどうだろう」
『今までと同じ通りにって緊張しちゃって』
「知られたくない?」
『そんなんじゃないです』
「うん。わかってる」
『わたし動揺しやすいから。間違えたらいけないから。なるべく今まで通りにって』
「わかってる」
『だから渉さんが外回りで良かったなって思って』
「いない方がいいってこと? ひどくない?」
『だって、ずっと居室で一緒にいたら心臓が持ちません』
 電話の向こうで彼女が困った顔をしているのが目に浮かんだ。

 だがしかしどうせ蓮見さんにはすぐ突っ込まれるのだろうなと予想していたのに、お局様より先に清水から呼び出しを受けた。

「付き合ってるの?」
 いつもの焼鳥屋でふたりで冷酒をちびちびやりながら。ごまかす理由は何もないので渉は肯定する。
「おまえの方が年が近いし話しやすいんだろうな。打ち解けるのも早かったもんな」
「そうなんすか」
「敗因はそれだけだ」
「俺もそう思います」
 ふっと微笑って清水は頬杖をついて壁の御品書きの方を見る。

 案外、この人も実はナイーブなのではないだろうか。渉は不意に思った。鋭く敏いから誰よりも感じやすい。だから優秀なのじゃないかと。

「目敏いくせに気づかないんだもんな」
「え?」
「カヤコチャン、おまえの方ばかり見てた」
 そう言う清水は相変わらず壁の方を向いたままだ。
「メガネを換えたくらいから。高山のことをよく見てたぞ」
「…………」
「それがまったく見向きもしなくなるんだもんな。出来上がったんだなってそりゃ思うよ」
 吹き出した清水は面白そうに渉を見た。

「あの子は苦労人だから」
「……はい」
「ただ苦労してるって意味じゃなくて。苦労を糧にできる子なんだ。だから、おんぶに抱っこの状態なんか望まない。ただ手を引っ張られるんじゃなくて、同じペースで歩く相手が合ってるんだ。おまえとなら歩幅が合うんだろうな」

 そうなのだろうか。そんなふうに茅子が選んでくれたのだとしたら、自分だってしっかり見据えなければならない。彼女と同じ目線で、彼女が怯えているものを。
 渉はそんなふうに考えた。




 事前の告知通り、土曜の朝に茅子の部屋から俊に追い出されるということが二週続いたが、三週目にはクリスマスの準備を手伝うなら居てもいいと申し渡された。
 それで茅子の部屋の小さなちゃぶ台でちまちまとフラワーペーパーを作らされた。茅子は窓際に座ってフェルトでオーナメントを縫っている。手つきがいかにも危なげで「いたっ」と声があがるたび渉も指先がむずむずしてしまう。

 俊にぎゃいぎゃい駄目出しされながら昼食に魚肉ソーセージチャーハンを作ると、茅子はすごいすごいと手を叩いて喜んでくれた。美味しいです、という感想はなかったが。
 翌週には対抗心を燃やしたらしい俊が横浜中華街で超有名な某料理店風のあんかけ焼きそばを作ってくれて、これは文句なしに美味しかった。

 そして午後には完成した分の飾りを持って〈ひまわり〉に向かい、食堂や一階の廊下から飾りつけをしていく。徐々に賑やかになっていく様は大人が見ても気分を浮き立たせる。

「クリスマスの前にもっと肝心なイベントがあるんだけどな」
 脚立の上で俊がぼやいた。
「何があるの?」
 輪飾りとペーパーフラワーを持って俊に手渡しながら渉は突っ込んで尋ねてみる。俊は唇を尖らせてぼそっと言った。
「かやこの誕生日」

 どうしてそんなに彼が不機嫌そうなのかわからない。渉が眉をひそめていると俊は話を続けた。
「あいつ、祝わせてくれないんだ。ケーキくらい買ってきてやるって言うのに、何もしなくていい、しつこいってキレられたことあってさ」
「茅子ちゃんが?」
「そ。あいつヘンに意固地になることがあるからさ。だからあんたも色気出して誕生日にプレゼントを、なんて考えない方がいいぜ。地雷だから」

 本当に? 誕生日に祝ってもらうのが嬉しくないなんてあるんだろうか。半信半疑で考えた、そのとき。なぜか思い出した。
 ――大事なときのために取っておきたい贅沢って?
 ――内緒です。
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