鋭敏な俺と愚直な君

奈月沙耶

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第三話

君を・もっと・知りたくて(6)

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 まだ明るいうちにバーベキューの片づけも終え、翌朝まで自由行動ということになった。とはいっても敷地の外に出るのも面倒だしコテージ内で皆ですごすのは変わらないのだろうが。

  渉は遠藤とふたりで別棟の大浴場に行き、脱衣場の自販機で買ってきた牛乳片手にテレビで夕方のニュースを見ながらくつろいでいた。
 入れ違いにお風呂に行っていた川村と清水がコテージに戻ってくる。

「おーし。おまえら、酒は抜けたな」
 ジャージにTシャツ、首にタオルをかけた格好のまま川村がいきなり手を叩いた。清水が茶封筒を持ってきてローテーブルの上に中身を出す。
 彼らの会社でメインで取り扱っている国内メーカーの最新マシンのパンフレットだった。

「これがなんだかわかるか?」
「……5軸加工機ですよね」
 いきなり何が始まるのかと警戒しながら渉が答えると、川村はにやりと笑って仁王立ちになった。
「そうだ。5軸マシニングセンタ! 既にもう、6軸8軸なんてバケモノみたいなマシンも登場しているが、現実的にシェアが見込めて売り込むべきは5軸。それもわかるよな? というわけで、可愛い可愛いおまえらふたりに特別授業だ。清水先生がこってりレクチャーしてくれるからな。セールスポイントを徹底的に覚えろよ」

「ま、まじですかあ?」
 ソファに並んで座っていた遠藤が渉の方に倒れ込んでくる。
「だって今日、休日ですよね。仕事の話するなてヒドイっす」
「だから特別授業だって。受けたくないならいいんだぞ? エースのノウハウをゲットするチャンスをふいにするかしないかは自由だからな」
「受けます。教えてください」

 まだぐだぐだ言いたそうにしている遠藤をよそに渉はきっぱり答えて姿勢を正す。タブレットを操作していた清水は、にこりと笑って渉たちの方に画面を向けた。
「じゃあまず、この動画を見て」
 なんだかんだ遠藤もソファに座り直し、加工マシンのプロモーション映像を真剣に見始めたのだった。




 テレビの再放送で何度も見ていた『トムとジェリー』の真ん中の枠の「未来シリーズ」が好きだった。
 テックス・アヴェリーというアニメーターが手掛けた四本の短いアニメは、技術が進んだ未来の家や車やテレビが、ユーモアたっぷりに描かれていて面白かった。
 社会風刺の利いた映像なのだが、子どもの目から見れば単純にこんなふうなら面白いとわくわくしたのだ。

『こんなお家は』に登場する〈ウルトラ・スーパー・デラックス圧力釜〉は渉の母親も欲しがっている現在大人気のほったらかし調理器だし、パンとハムをカットしてリフルシャッフルで挟んでサンドイッチを作り、トランプのように皿に配るマシンだってもう実在していそうだ。空想にリアルが追いついている。

 ただし、大きく違う点がある。子どもの頃見たアニメでは機械と人間が一緒に描かれていて、だから未来の技術を身近に楽しく感じた。
 それが一転したのは映画『チャーリーとチョコレート工場』の冒頭で完全オートメーション化されたチョコレート工場を見たときだ。あの工場には、人間の姿がなかった。機械ばかりで。無機質な映像に胸の中がひんやりなった。

 今やものをつくるのはロボットの仕事だ。零細の町工場でさえ溶接ロボットを使っている。
 単純な作業しかできないかに見えるロボットだが、上を見れば機械学習やディープラーニングによって自ら答えを見つけ、作業の変更に自ら対応するロボットが登場している。その都度プログラミングの必要すらないのだ。

 工作機械の方はといえば、渉たちが勧めるマシニングセンタはチェンジアームによって自動で工具を交換し、一台で複数の加工を行うことができる。5軸制御ともなると材料を一度固定するだけで向きを変えるのに置き換える必要もない。

 とはいえ、製品の取り出しやチェックには人間の手が必要だ。けれどそれも、コンベアや製品を箱詰めするロボット、材料をセットするロボットを併用すれば無人化はできる。
 人間の手作業と違ってマシンはミスをしない。熟練度によって仕上がりがばらつくことはなく品質も安定するし、育成コストもかからない、作業中の事故もなくなる。いいこと尽くめだ。

 だからロボット導入を進める企業には政府から補助金が出るし、それは製造業だけではない。サービス業でもだ。
 それなら、これまでの仕事をロボットに任せた人間は何をすればいいのか。何ができるのか。

 そんなことを考えながら寝入ったせいか、渉は自分が立型マシニングセンタの中で体育座りをして、伸びてきたアームが渉を撫でたりひっかいたり、横にしたり斜めにしたり、そんな夢を見た。
 こうやってメンテナンスをするみたいに人間の体を精査する複合型医療マシンができたりして、とぼんやり目を開けると、そこは自分の部屋ではない高い天井で、何やら不気味な轟音が部屋中に低く響いていた。

 渉の隣のベッドでは川村がすやすや眠っている。意外と寝相がいい。
 不気味な音は頭上から聞こえてくる。ロフトは遠藤が使っている。ということは、これは遠藤のいびきか。いびきなんだか呻きなんだか、ときおり歯ぎしりも混じっている。
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