30 / 62
第三話
君を・もっと・知りたくて(4)
しおりを挟む
「先にお土産買っておこうか」
食事の後には、レストランと同じく広々としたショップへと移動した。箱根園のグッズや土産物の種類がとにかく多い。
会社への菓子折り選びは先輩たちに任せ、渉は母親と妹が好きそうな菓子を選ぶことにする。
遠藤と小永井はなんだかんだ一緒に冷蔵コーナーのチーズケーキなんかを試食している。そういうのじゃなくて、たくさん枚数が入っているクッキーなんかでいいんだよな、と考えて渉はいろいろ見て歩く。
〈箱根ラスク〉はどうだろうかと眺めていると、茅子が隣に来た。
「このラスク、美味しいですよね。もらって食べたことあります」
「そう? じゃ、これでいいか」
お手頃価格で財布も痛まなそうだ。そう思って八個入りを手に取る。続いて茅子も同じ箱を取った。それから〈箱根のお月さま。〉の八個入りも手に取る。それを見て渉も少し迷う。
「親父にはまんじゅうの方がいいかもなあ」
「ですよね、好みがそれぞれ違うでしょうから」
どういうそれぞれなんだろう。ラスクとまんじゅうの箱を持ってレジに向かう茅子を目で追いながら、あのお土産を誰に渡すのだろうかと考えてしまう。
ショップ内にはどんどん客が増えてきて、会計をすませた渉は先に外に出ていようと茅子を促した。
人込みを避けて湖畔の広場へと出ると、ワゴン車販売のソフトクリームののぼりが目に付いた。
「食べる?」
「いえ、まだお腹いっぱいで。高山さん、食べたかったらどうぞ」
自分が食べたかったわけじゃない。渉は笑って首を横に振る。
人波を避けるように歩いて行くと、湖の波打ち際がもうすぐそこだった。そばにボート乗り場があって桟橋にはスワンボートが何艘もつながれていた。
その向こう、アーケードの付いた園内のメインストリートからまっすぐに続く遊覧船のりばでは、観光客を呑み込んだ海賊船が、桟橋をゆっくりと離れていくところだった。湖面が波打ち、スワンボートが大きく揺れる。
あの乗り場は、令和元年東日本台風の浸水被害があった場所だ。渉はニュースで見た映像を思いだす。今、茅子と立っている場所も、溢れ出した芦ノ湖の水で浸かってしまっていたのに違いない。
芦ノ湖は、まるで山間を巨人が歩いて付けた足跡のように細長い湖だ。足の形に似ているからではなく、植物のアシがたくさん群生していたから「芦ノ湖」であるらしい。
今、渉たちがいるのは土踏まずにあたる場所で、つま先側を見れば箱根神社の〈平和の鳥居〉が、かかと側を見れば九頭龍神社本宮の鳥居が、鬱蒼とした木々を背景に赤い色を目立たせている。
そして神々を頂く山々の向こうにひときわ存在感を示しているのが、富士山だ。
よく見る観光ポスターの写真そのままの景色の中を、海賊船が悠々と進んで行く。甲板の乗船客がこっちに向かって手を振っている。
茅子はつられたように右手を上げ、肩の高さで迷うように指を動かし、それから少し恥ずかしそうに控えめに手を振った。
「お天気よくて良かったです」
照れ隠しのように両手を合わせながら茅子は渉を振り返って言った。瞳が湖面と同じようにきらきら輝いている。
「だな。午後はロープウェイに乗るって。富士山がでっかく見えるって」
「ロープウェイ! わたし初めてです」
少し緊張するように茅子はいったんくちびるを閉じる。
胸元のショルダーストラップを指でこすっていたかと思うと、あの、と絞り出すような声を出した。
「高山さんに、わたし」
さまよっていた茅子の目線が渉の顔の前で止まり、どきりとしてしまう。
「ちゃんと言わなきゃって、おも……」
「たかやまー、ロープウェー行くぞー」
「カヤコチャーン、ソフトクリーム食べる?」
言葉の途中で口を止めたまま、茅子は渉の背後に視線をすべらす。
「あ、えと……」
「今行けば、清水さんが買ってくれるよ」
「ロープウェー早く行こうぜ」
口々に言いたいことだけ言いながら近づいてくるのは遠藤と小永井に決まってる。
「まだお腹いっぱいなので、わたしは遠慮します」
「別腹、別腹。買ってもらおうよ。種類たくさんあるからさ、ひとつずつ選びたい」
渉の横まで来た小永井は、ぐいっと茅子の腕を引いて連れていってしまう。
「おーい、早くロープウェー行こうって」
遠藤に背中を叩かれたけれど。渉は頑なに湖の方を向いたまま、なかなか動けなかった。
今すごく良い感じだったのに。このやるせなさをどうしろというのか。
ぎろっと大人げなく同僚を振り返ってみたけれど、へらへら笑っている遠藤は悪びれた様子はない。
ソフトクリーム販売のオレンジ色のワゴン車の前では、小永井がはしゃぎながら受け取ったソフトクリームを茅子と蓮見さんに回している。
会計をしているらしい清水の背中からは、彼がほくそ笑んでいるのかどうかはわからなかった。
食事の後には、レストランと同じく広々としたショップへと移動した。箱根園のグッズや土産物の種類がとにかく多い。
会社への菓子折り選びは先輩たちに任せ、渉は母親と妹が好きそうな菓子を選ぶことにする。
遠藤と小永井はなんだかんだ一緒に冷蔵コーナーのチーズケーキなんかを試食している。そういうのじゃなくて、たくさん枚数が入っているクッキーなんかでいいんだよな、と考えて渉はいろいろ見て歩く。
〈箱根ラスク〉はどうだろうかと眺めていると、茅子が隣に来た。
「このラスク、美味しいですよね。もらって食べたことあります」
「そう? じゃ、これでいいか」
お手頃価格で財布も痛まなそうだ。そう思って八個入りを手に取る。続いて茅子も同じ箱を取った。それから〈箱根のお月さま。〉の八個入りも手に取る。それを見て渉も少し迷う。
「親父にはまんじゅうの方がいいかもなあ」
「ですよね、好みがそれぞれ違うでしょうから」
どういうそれぞれなんだろう。ラスクとまんじゅうの箱を持ってレジに向かう茅子を目で追いながら、あのお土産を誰に渡すのだろうかと考えてしまう。
ショップ内にはどんどん客が増えてきて、会計をすませた渉は先に外に出ていようと茅子を促した。
人込みを避けて湖畔の広場へと出ると、ワゴン車販売のソフトクリームののぼりが目に付いた。
「食べる?」
「いえ、まだお腹いっぱいで。高山さん、食べたかったらどうぞ」
自分が食べたかったわけじゃない。渉は笑って首を横に振る。
人波を避けるように歩いて行くと、湖の波打ち際がもうすぐそこだった。そばにボート乗り場があって桟橋にはスワンボートが何艘もつながれていた。
その向こう、アーケードの付いた園内のメインストリートからまっすぐに続く遊覧船のりばでは、観光客を呑み込んだ海賊船が、桟橋をゆっくりと離れていくところだった。湖面が波打ち、スワンボートが大きく揺れる。
あの乗り場は、令和元年東日本台風の浸水被害があった場所だ。渉はニュースで見た映像を思いだす。今、茅子と立っている場所も、溢れ出した芦ノ湖の水で浸かってしまっていたのに違いない。
芦ノ湖は、まるで山間を巨人が歩いて付けた足跡のように細長い湖だ。足の形に似ているからではなく、植物のアシがたくさん群生していたから「芦ノ湖」であるらしい。
今、渉たちがいるのは土踏まずにあたる場所で、つま先側を見れば箱根神社の〈平和の鳥居〉が、かかと側を見れば九頭龍神社本宮の鳥居が、鬱蒼とした木々を背景に赤い色を目立たせている。
そして神々を頂く山々の向こうにひときわ存在感を示しているのが、富士山だ。
よく見る観光ポスターの写真そのままの景色の中を、海賊船が悠々と進んで行く。甲板の乗船客がこっちに向かって手を振っている。
茅子はつられたように右手を上げ、肩の高さで迷うように指を動かし、それから少し恥ずかしそうに控えめに手を振った。
「お天気よくて良かったです」
照れ隠しのように両手を合わせながら茅子は渉を振り返って言った。瞳が湖面と同じようにきらきら輝いている。
「だな。午後はロープウェイに乗るって。富士山がでっかく見えるって」
「ロープウェイ! わたし初めてです」
少し緊張するように茅子はいったんくちびるを閉じる。
胸元のショルダーストラップを指でこすっていたかと思うと、あの、と絞り出すような声を出した。
「高山さんに、わたし」
さまよっていた茅子の目線が渉の顔の前で止まり、どきりとしてしまう。
「ちゃんと言わなきゃって、おも……」
「たかやまー、ロープウェー行くぞー」
「カヤコチャーン、ソフトクリーム食べる?」
言葉の途中で口を止めたまま、茅子は渉の背後に視線をすべらす。
「あ、えと……」
「今行けば、清水さんが買ってくれるよ」
「ロープウェー早く行こうぜ」
口々に言いたいことだけ言いながら近づいてくるのは遠藤と小永井に決まってる。
「まだお腹いっぱいなので、わたしは遠慮します」
「別腹、別腹。買ってもらおうよ。種類たくさんあるからさ、ひとつずつ選びたい」
渉の横まで来た小永井は、ぐいっと茅子の腕を引いて連れていってしまう。
「おーい、早くロープウェー行こうって」
遠藤に背中を叩かれたけれど。渉は頑なに湖の方を向いたまま、なかなか動けなかった。
今すごく良い感じだったのに。このやるせなさをどうしろというのか。
ぎろっと大人げなく同僚を振り返ってみたけれど、へらへら笑っている遠藤は悪びれた様子はない。
ソフトクリーム販売のオレンジ色のワゴン車の前では、小永井がはしゃぎながら受け取ったソフトクリームを茅子と蓮見さんに回している。
会計をしているらしい清水の背中からは、彼がほくそ笑んでいるのかどうかはわからなかった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
相沢結衣は秘書課に異動となり、冷徹と噂される若き社長・西園寺蓮のもとで働くことになる。彼の完璧主義に振り回されながらも、仕事を通じて互いに信頼を築いていく二人。秘書として彼を支え続ける結衣の前に、次第に明かされる蓮の本当の姿とは――。仕事と恋愛が交錯する中で紡がれる、大人の純愛ストーリー。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】
隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません
如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する!
【書籍化】
2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️
たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。
けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。
さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。
そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。
「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」
真面目そうな上司だと思っていたのに︎!!
……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?
けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!?
※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨)
※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧
※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる