鋭敏な俺と愚直な君

奈月沙耶

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第三話

君を・もっと・知りたくて(3)

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 遠藤のぼやきをいなしつつ、川村は右折のウィンカーを出した。龍宮殿前の交差点を直進せずに曲がってしまったから、渉も遠藤も驚く。
 水族館やショッピングモール、遊覧船のりばなどがあるリゾート施設箱根園の駐車場は、直進した先にある。現に渉の視線の先で、女性陣が乗ったスイフトは左折して駐車場の入り口へと入っていくところだった。

「別行動だよ」
 助手席から首を捻って清水が後輩ふたりに教えてくれたが。
「なんですか、それ。オレらはどこに行くんすか?」
 遠藤がぎゃあぎゃあ騒いでいる間に目的地に到着した。
「ほら、降りろ」
 そこは、箱根園ゴルフ練習場だった。
「ゴ、ゴルフっすかあ?」
「おまえら未経験者なんだろ。ぜったいやっておいた方がいいから」
 トランクからクラブケースを取り出して川村は遠藤の背中を叩いた。

「それにさ」
 隣から清水も微笑む。
「ここの景色は格別だから」
 それは車の中から見えたときから気になっていた。車道脇のフェンスを隔てて打ちっぱなしの打席が並んでいて、その向こうには箱根の山々と、すっきりと晴れた青空しか見えない。勾配がついていて打席の向こうは芝生なのだろうけど……。

 プレハブ小屋のカウンターで受付をすませ、販売機でボールを購入して打席へ向かう。眼下を見て、渉はぽかんと口を開けてしまう。
「絶景ですねー」
 遠藤に先を越されてしまった。そう、絶景の一言。

 コンクリートで均してある足元の先は急勾配の芝生の斜面で、はるか下方のネットの後ろは鬱蒼と木々が立ち並び、その樹上には山々に囲まれた芦ノ湖が煌めく紺碧の湖面を覗かせていた。遊覧船がのんびり進んでいく姿まで見える。
「な? すげえだろ」
 自分が得意顔になって川村が言う。

 打席でボールを打っている先客たちの服装は様々で、ひらひらした丈の長いスカートの女性までいるから、やっぱり観光客なのだろう。ここは景色が売りの立ちよりスポットというわけだ。
 大自然と一体となって、街中よりも近い位置に見える青空と眼下に見下ろす湖に向かって、思い切りボールを打つのだ。爽快じゃないわけがない。はずだったのだが。

「こらあ、へっぴり腰! もっと体重を前にかけろ!」
 無料貸し出しのクラブを手に取り、グローブは川村の私物を借りてスイングを始めたものの、へたっぴふたりはなかなか爽快というわけにいかない。

 打ちっぱなしなら大学の体育の授業で少し経験したし簡単にできると思ったのに。ぽてぽてと、近くの芝生に虚しくボールを転がす渉の隣で、清水がかっ飛ばす球は豪快に蒼穹へと吸い込まれていく。

 くっそー、くっそー。黙々と打ち続けボールが入っているカゴの底が見え始めた頃、カッと、今までにない心地いい手応えを感じた。渉が打った球は湖に引き込まれるように弧を描き、バックネット近くの距離で芝生の上をぽーんぽーんと何度かバウンドした。
「ナイスショット!」
 大げさに拍手してもらって、それはリップサービスだろうけど、単純に嬉しかった。

「もう、腕がぷるぷるです」
 一度うまくできたなら、成功体験としてそこで止めておきたい。
「しゃーないな。残りのボールは遠藤にやっちまうぞ」
「ええ、ヤですよ、オレももう」
「おまえはほどほどにしか飛ばせてないだろ」
「オレは質より量なんすよ」
「おお、そうだな。それじゃあ量をこなせ」
「うえええ」

 川村と遠藤の漫才を横目にクラブを戻した渉は、ベンチに座りたいと思ってプレハブ小屋へと入る。
「お疲れ」
 自分の分はとっくに打ち終わって先に引き上げていた清水が、飲み物の自動販売機に小銭を入れてくれる。
「好きなの選びな」
 疲れて喉も乾いていたし、渉は素直に甘えることにして、ブラックコーヒーの缶の下のボタンを押した。




 渉たちが箱根園の駐車場に向かう頃には正午をとっくにすぎていて、場内は続々と訪れる車両でますます賑わい、空いている場所を見つけるのに時間がかかった。

 もう午後一時をすぎてしまっていたけれど、蓮見さんたち女性三人は、広々とした和風レストランの一角で食事をしないで待っていてくれた。
「店の前、まだ並んでましたよ」
「そう? なら席を取っておいて良かった」
 合流した七人はメニューを開いて注文を決める。

 食事しながら話を聞いたところ、女性陣は水族館を楽しんでいたようだ。
「アザラシ可愛かったよねー」
「ペンギンもです」
「カヤコチャン、ペンギンの水槽の前から離れなかったもんね」
「ペンギンの体に泡がまとわりついてるのが面白くて。毛並みまでわかるんですよ」
「子どもたちの集団と交じっちゃっててさ、捜しちゃったよ」
「すみません」

 親子丼を食べる手を止めて茅子は赤くなっている。渉はカツカレーを食べながら、見知らぬ子どもたちと一緒になって水槽に張り付いている茅子の姿を想像してみた。
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