53 / 54
15.天女の羽衣
15-4
しおりを挟む
「もうやだ」
そんなふうに愚痴をこぼして、それなら巽のところへ行けばいい、とでも言ってほしいのか。
だが、達彦は絶対にそうは言わないことを知っているから彼女はこうして弱音を吐くのだ。正人や誠にはこんな姿は見せない。達彦にだけだ。
意味もなく嫌がるのにかまわず無理やり鎮痛剤を飲ませると、しばらくぐずっていた美登利はやがて大人しくなった。
「かける……」
ふとクッションから頭を上げて、泣き濡れた瞳のままつぶやく。
「駈は?」
「もう寝てる」
美登利は無言で立ち上がり、ふらふらと駈の部屋へと入っていった。はぁっと息をついて達彦はソファに座る。
こんなふうに彼女が不調を訴えるようになったのはここ数年のことだ。そのときどきで、お腹が痛いと泣いたり頭が痛いと泣いたりする。
子どもみたいに泣きじゃくる姿に最初はうろたえもしたけれど、だいぶ慣れた。彼女なりのガス抜きなのだとすれば、こうしているうちはまだ大丈夫なのだろうと思える。
「まだ」。自分の思考に達彦は舌打ちする。
榊亜紀子から聞き出した話によると、三十歳を越えたころから巽も体調を崩すことが多くなったという。それまではまったくの健康体だったのに。
『みどちゃんに来てもらいましょうか?』
苦しむ彼を気遣ってそう亜紀子が(余計な)提案をしても、今はまだいい、と巽は微笑むのだそうだ。
何が「まだ」だ。待ったところでその時は訪れない。未来永劫あいつにだけは渡さない。強く強く達彦は念じる。
かつては嫉妬と執着ゆえに手放せなかったその想いを、今では別の執念でより強固な決意へと変えている。彼女を得てから、息子を得たから。
息子のために苦労することで愛情を証明するような、母親の献身をそう受け止めて成長した達彦だから、子ども自身にとって親の愛は毒にも薬にもなることをよく知っている。
自分自身、愛していると言い切れる美登利に対するそれだって、歪んでいる自覚はある。ただの執着だと詰問されれば否定はできないし、美登利だって苦笑いするだけだろう。
愛のなんたるかがわからない人間が、愛情を必要不可欠とする子どもを持てるわけがない。達彦はそう考えていたし、巽もだから自分の子どもをつくらないことにしているのだろう。そういうところは似た者同士だと揶揄されるくらいだ。
そんなふうに愚痴をこぼして、それなら巽のところへ行けばいい、とでも言ってほしいのか。
だが、達彦は絶対にそうは言わないことを知っているから彼女はこうして弱音を吐くのだ。正人や誠にはこんな姿は見せない。達彦にだけだ。
意味もなく嫌がるのにかまわず無理やり鎮痛剤を飲ませると、しばらくぐずっていた美登利はやがて大人しくなった。
「かける……」
ふとクッションから頭を上げて、泣き濡れた瞳のままつぶやく。
「駈は?」
「もう寝てる」
美登利は無言で立ち上がり、ふらふらと駈の部屋へと入っていった。はぁっと息をついて達彦はソファに座る。
こんなふうに彼女が不調を訴えるようになったのはここ数年のことだ。そのときどきで、お腹が痛いと泣いたり頭が痛いと泣いたりする。
子どもみたいに泣きじゃくる姿に最初はうろたえもしたけれど、だいぶ慣れた。彼女なりのガス抜きなのだとすれば、こうしているうちはまだ大丈夫なのだろうと思える。
「まだ」。自分の思考に達彦は舌打ちする。
榊亜紀子から聞き出した話によると、三十歳を越えたころから巽も体調を崩すことが多くなったという。それまではまったくの健康体だったのに。
『みどちゃんに来てもらいましょうか?』
苦しむ彼を気遣ってそう亜紀子が(余計な)提案をしても、今はまだいい、と巽は微笑むのだそうだ。
何が「まだ」だ。待ったところでその時は訪れない。未来永劫あいつにだけは渡さない。強く強く達彦は念じる。
かつては嫉妬と執着ゆえに手放せなかったその想いを、今では別の執念でより強固な決意へと変えている。彼女を得てから、息子を得たから。
息子のために苦労することで愛情を証明するような、母親の献身をそう受け止めて成長した達彦だから、子ども自身にとって親の愛は毒にも薬にもなることをよく知っている。
自分自身、愛していると言い切れる美登利に対するそれだって、歪んでいる自覚はある。ただの執着だと詰問されれば否定はできないし、美登利だって苦笑いするだけだろう。
愛のなんたるかがわからない人間が、愛情を必要不可欠とする子どもを持てるわけがない。達彦はそう考えていたし、巽もだから自分の子どもをつくらないことにしているのだろう。そういうところは似た者同士だと揶揄されるくらいだ。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる