天使と悪魔

奈月沙耶

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15.天女の羽衣

15-4

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「もうやだ」
 そんなふうに愚痴をこぼして、それなら巽のところへ行けばいい、とでも言ってほしいのか。
 だが、達彦は絶対にそうは言わないことを知っているから彼女はこうして弱音を吐くのだ。正人や誠にはこんな姿は見せない。達彦にだけだ。

 意味もなく嫌がるのにかまわず無理やり鎮痛剤を飲ませると、しばらくぐずっていた美登利はやがて大人しくなった。
「かける……」
 ふとクッションから頭を上げて、泣き濡れた瞳のままつぶやく。
「駈は?」
「もう寝てる」
 美登利は無言で立ち上がり、ふらふらと駈の部屋へと入っていった。はぁっと息をついて達彦はソファに座る。

 こんなふうに彼女が不調を訴えるようになったのはここ数年のことだ。そのときどきで、お腹が痛いと泣いたり頭が痛いと泣いたりする。
 子どもみたいに泣きじゃくる姿に最初はうろたえもしたけれど、だいぶ慣れた。彼女なりのガス抜きなのだとすれば、こうしているうちはまだ大丈夫なのだろうと思える。

「まだ」。自分の思考に達彦は舌打ちする。
 榊亜紀子から聞き出した話によると、三十歳を越えたころから巽も体調を崩すことが多くなったという。それまではまったくの健康体だったのに。
『みどちゃんに来てもらいましょうか?』
 苦しむ彼を気遣ってそう亜紀子が(余計な)提案をしても、今はまだいい、と巽は微笑むのだそうだ。

 何が「まだ」だ。待ったところでその時は訪れない。未来永劫あいつにだけは渡さない。強く強く達彦は念じる。
 かつては嫉妬と執着ゆえに手放せなかったその想いを、今では別の執念でより強固な決意へと変えている。彼女を得てから、息子を得たから。

 息子のために苦労することで愛情を証明するような、母親の献身をそう受け止めて成長した達彦だから、子ども自身にとって親の愛は毒にも薬にもなることをよく知っている。
 自分自身、愛していると言い切れる美登利に対するそれだって、歪んでいる自覚はある。ただの執着だと詰問されれば否定はできないし、美登利だって苦笑いするだけだろう。

 愛のなんたるかがわからない人間が、愛情を必要不可欠とする子どもを持てるわけがない。達彦はそう考えていたし、巽もだから自分の子どもをつくらないことにしているのだろう。そういうところは似た者同士だと揶揄されるくらいだ。
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