天使と悪魔

奈月沙耶

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14.天ぷらと意地

14-5

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 琢磨がかかわるのなら荒っぽいことはないのかと正人は気を揉んでいたし、達彦はひたすら巽の動向を警戒していた。
 誠はといえば、妻に対して「放任主義」だと揶揄されても反論できないくらい、無関心を装っていた。

 ――あの子は僕のものだよ。
 義父から結婚の承諾をもらったあの日。優しく微笑みながら言い切った、巽のあの澄んだ眼差しが忘れられない。澄み切って、なのに底が見えないほどで昏くて怖かった。

 巽はずっと誠には(宮前にもだが)優しかった。子どもの頃には美登利と一緒に面倒を見てもらったことが多々あるし、恋人になってからも態度は変わらなかった。それは単に、幼馴染というアドバンテージで彼女の隣にいるにすぎない誠のことを歯牙にもかけていなかったのと、もっと憎むべき相手が他にもいたからなのだろう。
 牙を剥かれたのはあのときだけだ。そして一度で充分トラウマになった。正人もやられたことがあるのか、こと巽のこととなると諦めのような、悟ったような顔つきになる。巽に対抗できるのは達彦だけなのだ。

 そんなふうだったから、美登利の思いがけない発言は、巽が関係しているのではないかと勘繰ってしまったのは仕方ない。もちろん口に出してはいない。過去も今もこれからも。兄妹の関係について発言するつもりはない。誠には決して見せないよう、あれほど必死に彼女が隠した秘密をあばくつもりはない。
 すべてを知っていたいと思った。すべてを見ていると覚悟を決めた。そのことで彼女を追い詰めたいわけじゃない。もう傷つけ合いたくない。そうは思っても修業が足りず、ときおりは意地悪な気持ちにもなるが。

 だが、押し切られる形で始まった家族計画に基づく生活は、混じりけなしに幸せな気持ちになれた数年間だったといえる。
 いらぬ嫌疑をかけられるのがめんどうだったのだろう美登利は、子づくり宣言と共に自宅にひきこもり、便利屋を休業してロータスにさえ足を向けなくなった。限られた女友だち数人が訪ねてくるだけで、正人も達彦も完全に蚊帳の外に置かれた。

 彼女はいざとなればこうやって切り分ける。明日は我が身と思えば喜べはしないが、それでも、やっと夫婦になった実感を持てて幸せだった。
 家庭内でも美登利は相変わらずで嬉しいのか泣きたいのか怒っていいのか、でもそれも幸せだった。もう二度と、一生、料理はするなと、何度も懇願するはめにはなったが。
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