41 / 54
13.カシの木の下
13-4
しおりを挟む
「駅まで送るよ」
車のキーを持って庭先まで追いかけていくと、巽の妹は勇人に向かって小さく微笑んだ。
「すみません」
数多のニュアンスが詰まっていそうな口ぶりだった。
駅までの車中、彼女と並んで後部座席に座った正人は、一言も声を発さないまま青ざめて震えていた。バックミラーで時々様子を確認していた勇人は気がつく。先ほど、あんなに彼女が責めらていても、正人は一切弁護しなかった。先んじて勇人に説明したときのように彼女を庇わなかった。
目線を流すと、鏡越しに巽の妹と目が合った。彼女はやっぱり、勇人に向かって微笑んだ。……つまり、前もってそう決めて来たのだろう。その証拠に別れ際、巽の妹は勇人にこっそりと言った。
「子どもが生まれたら折をみて、とりなしてもらえますか? 孫の顔を見れば気持ちも変わるだろうから」
「ああ。そのつもりだよ」
「すみません」
わざわざ挨拶などに来たのは、標的になって自分ひとりが悪役になるためだ。生まれてくる子どもと正人をいずれ受け入れてもらえるように。悪いのはあの女で、正人と子どもは悪くない、と言い訳ができるように。
そして今では、正人は花梨を連れて正月には里帰りする。愛くるしく人見知りしない花梨は親戚の中でも可愛がられている。
これだけ多くの親類縁者が集まれば、どの子が誰の子かなんて気にするのも面倒で、いちいち「お母さんは?」なんて確認されたりもしない。噂話で知られているかもしれないが、当の花梨はのびのびと池崎家ですごせているのだから良いのだろう。
あのときの自分は、そこまでのことを考えていなかったと正人は反省する。ひたすら我を通そうとする正人に対して、美登利も誠も冷静だった。冷静だったから見捨てないでいてくれた。今ならよくわかる、あのときの自分は切羽詰まっていた。
その数年前、誠との子作りを宣言され、正人は彼女と会えなくなった。その期間の村上達彦が妙に正人に親切だったのは、彼と比べて自分にまったく余裕がなかったからだ。不甲斐ない、そう自覚する余裕もなかった。だからこそ、あんな願望が出てきてしまったのかもしれない。
車のキーを持って庭先まで追いかけていくと、巽の妹は勇人に向かって小さく微笑んだ。
「すみません」
数多のニュアンスが詰まっていそうな口ぶりだった。
駅までの車中、彼女と並んで後部座席に座った正人は、一言も声を発さないまま青ざめて震えていた。バックミラーで時々様子を確認していた勇人は気がつく。先ほど、あんなに彼女が責めらていても、正人は一切弁護しなかった。先んじて勇人に説明したときのように彼女を庇わなかった。
目線を流すと、鏡越しに巽の妹と目が合った。彼女はやっぱり、勇人に向かって微笑んだ。……つまり、前もってそう決めて来たのだろう。その証拠に別れ際、巽の妹は勇人にこっそりと言った。
「子どもが生まれたら折をみて、とりなしてもらえますか? 孫の顔を見れば気持ちも変わるだろうから」
「ああ。そのつもりだよ」
「すみません」
わざわざ挨拶などに来たのは、標的になって自分ひとりが悪役になるためだ。生まれてくる子どもと正人をいずれ受け入れてもらえるように。悪いのはあの女で、正人と子どもは悪くない、と言い訳ができるように。
そして今では、正人は花梨を連れて正月には里帰りする。愛くるしく人見知りしない花梨は親戚の中でも可愛がられている。
これだけ多くの親類縁者が集まれば、どの子が誰の子かなんて気にするのも面倒で、いちいち「お母さんは?」なんて確認されたりもしない。噂話で知られているかもしれないが、当の花梨はのびのびと池崎家ですごせているのだから良いのだろう。
あのときの自分は、そこまでのことを考えていなかったと正人は反省する。ひたすら我を通そうとする正人に対して、美登利も誠も冷静だった。冷静だったから見捨てないでいてくれた。今ならよくわかる、あのときの自分は切羽詰まっていた。
その数年前、誠との子作りを宣言され、正人は彼女と会えなくなった。その期間の村上達彦が妙に正人に親切だったのは、彼と比べて自分にまったく余裕がなかったからだ。不甲斐ない、そう自覚する余裕もなかった。だからこそ、あんな願望が出てきてしまったのかもしれない。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる