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13.カシの木の下
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「おまえ、昔ここに閉じ込められたんだよな」
「うん」
高校卒業を前に進路のことで父親ともめたとき。そして巽の妹が来たのだ。こっそりと、正人を説得しに。それが一度目。
それから何年も経って二度目に彼女が来たときには、正人の子どもを身ごもっていた。勇人は事前に正人から事情を聞かされてはいたが、巽の妹と父親の対面の席では生きた心地がしなかった。豪胆さに自覚がある自分でさえ、だ。
「兄貴に、話しておきたいことがあるんだ」
ふらりと帰省してきた弟に、珍しく殊勝な様子で呼び出され、ほいほい主要駅まで出てきた勇人は、昼飯がてらにと入った駅ビルの中華料理店で弟の話を聞き、開いた口がふさがらなくなった。
「子どもができたんだ」
相手は中川巽の妹だという。勇人の記憶が確かならば、巽の妹は数年前に結婚して子どももいるはずだ。
「もちろん、認知しておれの戸籍に入れるし、おれが育てる。おれは……親父たちには黙ったままでいようって考えてた。でも、それは駄目だって先輩が言うから……」
「ちょ、ちょっと待て。ちょっと……」
蟹焼売を箸で摘まみ上げたまま、勇人はもう片方の手のひらを開いて正人の話を遮った。
「不倫てことか?」
「そうだよ」
いっそ傲然と正人は目を見開いた。逆ギレかよ、居直りかよ。勇人は信じられない思いで弟を凝視した。あの、曲がったことが大嫌いな弟が。真っ正直なことだけが取り柄だった弟が。
「でも先輩は悪くない。先輩は、おれのわがままを聞いてくれただけだ」
可愛い弟に敵を見るような眼で見られることに耐えられなくなって、勇人はとりあえずこくこく頷いた。
「わかった。それはわかったから」
途端に正人はしゅんとしおれて目を伏せた。その隙に勇人はとりあえず蟹焼売を口に入れてしまう。それでようやく口を閉じることができた。
「たくさん、話し合ったんだ。一ノ瀬さんからは、どうしてもって言うなら子どもは自分の実子にするって、さんざん脅されて。でも、それじゃあ意味がないから。おれがしたいのは、そういうことじゃなくて……」
まるで味を感じない点心を口の中に詰め込みながら、弟の要領を得ない話から勇人が悟ったことは、どうにもこうにもマトモではない、ということだ。不義の子をわざわざ欲しがる正人も、それを容認する巽の妹のダンナも。いや、マトモじゃない巽の妹をマトモに相手にしようとするからマトモでなくなったと言うべきか。
「うん」
高校卒業を前に進路のことで父親ともめたとき。そして巽の妹が来たのだ。こっそりと、正人を説得しに。それが一度目。
それから何年も経って二度目に彼女が来たときには、正人の子どもを身ごもっていた。勇人は事前に正人から事情を聞かされてはいたが、巽の妹と父親の対面の席では生きた心地がしなかった。豪胆さに自覚がある自分でさえ、だ。
「兄貴に、話しておきたいことがあるんだ」
ふらりと帰省してきた弟に、珍しく殊勝な様子で呼び出され、ほいほい主要駅まで出てきた勇人は、昼飯がてらにと入った駅ビルの中華料理店で弟の話を聞き、開いた口がふさがらなくなった。
「子どもができたんだ」
相手は中川巽の妹だという。勇人の記憶が確かならば、巽の妹は数年前に結婚して子どももいるはずだ。
「もちろん、認知しておれの戸籍に入れるし、おれが育てる。おれは……親父たちには黙ったままでいようって考えてた。でも、それは駄目だって先輩が言うから……」
「ちょ、ちょっと待て。ちょっと……」
蟹焼売を箸で摘まみ上げたまま、勇人はもう片方の手のひらを開いて正人の話を遮った。
「不倫てことか?」
「そうだよ」
いっそ傲然と正人は目を見開いた。逆ギレかよ、居直りかよ。勇人は信じられない思いで弟を凝視した。あの、曲がったことが大嫌いな弟が。真っ正直なことだけが取り柄だった弟が。
「でも先輩は悪くない。先輩は、おれのわがままを聞いてくれただけだ」
可愛い弟に敵を見るような眼で見られることに耐えられなくなって、勇人はとりあえずこくこく頷いた。
「わかった。それはわかったから」
途端に正人はしゅんとしおれて目を伏せた。その隙に勇人はとりあえず蟹焼売を口に入れてしまう。それでようやく口を閉じることができた。
「たくさん、話し合ったんだ。一ノ瀬さんからは、どうしてもって言うなら子どもは自分の実子にするって、さんざん脅されて。でも、それじゃあ意味がないから。おれがしたいのは、そういうことじゃなくて……」
まるで味を感じない点心を口の中に詰め込みながら、弟の要領を得ない話から勇人が悟ったことは、どうにもこうにもマトモではない、ということだ。不義の子をわざわざ欲しがる正人も、それを容認する巽の妹のダンナも。いや、マトモじゃない巽の妹をマトモに相手にしようとするからマトモでなくなったと言うべきか。
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