天使と悪魔

奈月沙耶

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12.ホーリーナイト

12-3

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 商店街のアーケードを出て、近くの自宅まで歩いて帰る途中、また白い息を吐き出しながら達彦は考える。今夜、駈が眠るのを待ってその枕もとにプレゼントを置いておかなければならない。明日の早朝でも良いのだが、駈は妙に朝早く起きることがあるから夜のうちの方が確実だ。

『駈が欲しいもの』
 丁寧な字で「サンタさんへ」と宛名を書かれた手紙をこっそり渡されたのは一か月前。
『間違えないでね。サンタさん』
 いたずらっぽく笑った美登利も、小学生の頃にはサンタクロースの存在を信じていた。

『お兄ちゃん、今頃サンタさんは大忙しだね』
 真顔で巽と会話しているのを聞いたときにはなんの芝居かと思った。刃物みたいに鋭い少女がサンタクロースを信じてる、なんてアンバランスもいいところだった。

『サンタさんはもう来ないの?』
 ずっと後になって子どもの頃のことをからかうと、ムシケラを見るような目つきで鼻で笑われた。
『サンタは大人のところには来てくれないんだよ』

「ねえ、お父さん」
 冴えつく夜空を見上げていた達彦は、駈に呼ばれて視線を落とす。自分の背丈の半分ほどもある長靴を両腕で抱えた駈も黒い瞳で頭上を見上げていた。
「サンタクロースは今どの国にいるんだろう? オーストラリアかな、ニュージーランドかな」

 子どもにサンタクロースの存在を信じさせるなんて滑稽だと達彦は思う。いずれバレる嘘なのに。

「お父さんはサンタさんに何を頼んだの?」
「知らないのか。サンタは大人のところには来てくれない」
「そうだけど」
 駈はじっと達彦を見上げる。誰もが駈は美登利によく似ていると言う。達彦は駈は巽にも似ていると思う。美登利と巽は、顔はあまり似ていないのに。

「お母さんが、ボクは特別だって言ってくれる」
「そうか」
「和樹にも花梨にも言ってるけど」
「そうか」
「だから、お父さんのことも特別だって」
「……」
 本当に? 彼女がそんなことを言うだろうか。

「大人でも、お父さんは特別だから、サンタさんが来てくれるかも」
「そうかなあ」
 応えたとき、駈の瞳が動いた。逸れた視線が中空に注がれる。
「雪」
「は? 予報ではそんなこと……」

 疑ってかかる達彦の視界にも白いものが飛び込んできた。ひとつ、ふたつと数えられそうな程度の粉雪が周囲に舞っている。観測もされなさそうな程度のものだ。それでも気分を高揚させるには十分だった。

「いいことあったね。お父さん」
 珍しく駈は彼に手をのばす。小さなその手を握って歩きながら達彦は考える。いくらかは。サンタクロースがやって来る特別な夜の意味を――。
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