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8.愛のバロメーター
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「お兄ちゃん、おそーい」
ロータスに入るなり文句を言われた。今日は三年生と五年生とで下校の時間が違ったのだからしかたないだろうが。ランドセルを下ろしながら和樹は妹に反論しようかどうか迷ったが。
「寒かったね。ココア飲む?」
母親が優しく手を伸ばしてくれたからどうでもよくなった。暖かい手のひらで頬を包んでもらうのは、この年になると少し恥ずかしい。でも止めてくれとも言いたくない。複雑だ。
「ケーキ食べよう。ケーキ」
「わかったわかった」
花梨の呼び声に志岐卓磨がやれやれとホールのチョコケーキを兄弟たちが座るテーブル席に持ってきてくれた。恒例のバレンタインのケーキだ。母親がチョコレート好きなせいでこの時期には和樹のまわりは甘い匂いで包まれる。週末には母の実家で祖母がケーキをふるまってくれることになっている。
目の前で母親が切り分けてくれたケーキを花梨がさっそく頬張る。
「おいしい」
その隣でおとなしくしていた駈が、おもむろに母親に向かって手を突き出した。
「これ。お母さんに」
小さな手のひらの上に、粒包装のハート形のチョコレートがのっている。保育園のおやつで出たのを、食べずに持って帰ってきたらしい。
「ありがとう。駈は優しいね」
感極まった様子で母親は駈の頭を抱きしめたけれど。
「でもそれは、駈が先生からもらったのだからお母さんはもらえない。自分で食べないと」
優しく頭を撫でられ目をぱちくりさせた後、駈は素直にこっくり頷いた。まったくこいつは、お母さんの前ではかわいい顔を見せるのだから。
出鼻をくじかれたこともあって苦い表情をしている和樹を、お母さんが突然振り返った。
「和樹も、自分で食べなきゃね」
びっくりして、和樹はそっと手に持っていた袋を握る。駈と同じようにもらったチョコを差し出そうとしていたことはお見通しだったようだ。
「はい、はい! でもお母さん」
兄弟ふたりの行いをじっと見つめていた花梨がフォーク片手に挙手した。
「お父さんが持って帰ってくるチョコはもらっていいんだよね?」
「当然」
にっこり微笑んでお母さんは花梨と駈を順々に見つめる。
「ひとつ残らず回収しておいて」
「ラジャー」
略奪の許可を得た花梨は元気よく敬礼する。その隣で駈もこっくり頷いている。和樹は黙って椅子に座って母親が作ったケーキを食べ始めた。
「だ・し・て」
帰宅するなり玄関で両手を出した妻に、おとなしく紙袋を差し出す。今朝、自分にこの紙袋を持たせたのも妻だ。
「おお。役職が上がると義理チョコも豪華になるんだねえ」
ロータスに入るなり文句を言われた。今日は三年生と五年生とで下校の時間が違ったのだからしかたないだろうが。ランドセルを下ろしながら和樹は妹に反論しようかどうか迷ったが。
「寒かったね。ココア飲む?」
母親が優しく手を伸ばしてくれたからどうでもよくなった。暖かい手のひらで頬を包んでもらうのは、この年になると少し恥ずかしい。でも止めてくれとも言いたくない。複雑だ。
「ケーキ食べよう。ケーキ」
「わかったわかった」
花梨の呼び声に志岐卓磨がやれやれとホールのチョコケーキを兄弟たちが座るテーブル席に持ってきてくれた。恒例のバレンタインのケーキだ。母親がチョコレート好きなせいでこの時期には和樹のまわりは甘い匂いで包まれる。週末には母の実家で祖母がケーキをふるまってくれることになっている。
目の前で母親が切り分けてくれたケーキを花梨がさっそく頬張る。
「おいしい」
その隣でおとなしくしていた駈が、おもむろに母親に向かって手を突き出した。
「これ。お母さんに」
小さな手のひらの上に、粒包装のハート形のチョコレートがのっている。保育園のおやつで出たのを、食べずに持って帰ってきたらしい。
「ありがとう。駈は優しいね」
感極まった様子で母親は駈の頭を抱きしめたけれど。
「でもそれは、駈が先生からもらったのだからお母さんはもらえない。自分で食べないと」
優しく頭を撫でられ目をぱちくりさせた後、駈は素直にこっくり頷いた。まったくこいつは、お母さんの前ではかわいい顔を見せるのだから。
出鼻をくじかれたこともあって苦い表情をしている和樹を、お母さんが突然振り返った。
「和樹も、自分で食べなきゃね」
びっくりして、和樹はそっと手に持っていた袋を握る。駈と同じようにもらったチョコを差し出そうとしていたことはお見通しだったようだ。
「はい、はい! でもお母さん」
兄弟ふたりの行いをじっと見つめていた花梨がフォーク片手に挙手した。
「お父さんが持って帰ってくるチョコはもらっていいんだよね?」
「当然」
にっこり微笑んでお母さんは花梨と駈を順々に見つめる。
「ひとつ残らず回収しておいて」
「ラジャー」
略奪の許可を得た花梨は元気よく敬礼する。その隣で駈もこっくり頷いている。和樹は黙って椅子に座って母親が作ったケーキを食べ始めた。
「だ・し・て」
帰宅するなり玄関で両手を出した妻に、おとなしく紙袋を差し出す。今朝、自分にこの紙袋を持たせたのも妻だ。
「おお。役職が上がると義理チョコも豪華になるんだねえ」
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