天使と悪魔

奈月沙耶

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2.反抗期と観覧車

2-2

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 こぼれそうなほど目を見開いている花梨の隣で、駈が眉を顰める。
「よく蹴り殺されなかったね」
 まったくこいつは母さんにそっくりだな。思いながら和樹は暗く目を細める。
「あの人、泣き出しちゃってさ。ヒドイ、とか言っちゃって」
 びっくり仰天でさすがの駈も口ごもる。
「そしたら父さんがどす黒いオーラ全開でさ。お母さんに謝れって」
 ふっと口を歪めて和樹は俯く。
「父さんに殺されるかと思った」

「それはそれは……」
 口をぱくぱくさせてようやく言葉を押し出した花梨の横で、駈が再び眉を顰める。
「それ、ウソ泣きだよね」
「まあ、そうだよね」
「ええ?」
 思いもよらぬという顔をする花梨を、和樹は複雑な顔で眺める。まったくいいよな、こいつは。
「おかげでエライ目に合った」

「でもさ、でもさ。そもそもお母さんにそんなこと言った和樹が悪いんじゃん」
 これには駈もうんうんと同意する。
「なんでそんなこと言ったのさ?」
 ずけずけ訊いてくる妹を和樹はじとっと見やる。
「……教えない」
「ええー」

 それからは一切口をきかずに宿題を始める。やがて花梨も諦めて算数のプリントをやり始めた。駈はもとより静かに本を読んでいる。
「…………」
 妹弟たちの顔を眺めて和樹は心のうちでため息をつく。

 母親にそっくりな上にまだ幼い駈と、父親譲りの顔と明るく朗らかな性格の花梨と。どちらも自分なんかよりずっと母さんに愛されている。
 子ども心になんとなくそう感じていた頃、母親に言われた。和樹がお兄ちゃんだから安心だね。

 きっと、褒めるために言ってくれたのだと思う。だけどあまりに何もわかっていない口ぶりだったから、なんだかとても憎たらしくなってしまった。好きであなたの子どもなんかに生まれた訳じゃないのに。

 父親に脅されて半強制的に謝罪させられた後、部屋に閉じこもっていた和樹のところにそっと母親がやって来た。
「仲直りのお出かけしようか」
 打って変わった優しい微笑みにころりと騙され連れ出された。

 母親の運転するクルマで命からがら、昼下がりの遊園地に出かけた。目立つ容姿でありながら目立つことを嫌う母はめったに人の多い場所には出ない。ましてや二人きりで出歩くなんてとんでもなく貴重なことだ。
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