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第17話 懐かしい男
17-2.思い出
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「あの、お子さんっていくつ? ろうそく入れておくから」
「あ、そうだよね。今日一歳になるんだ。ケーキなんかまだ食べれなくて、本人を目の前にして親が食べるんだけどね」
「ははは……」
笑うしかない。
「名前は?」
「ひらがなであんり」
「あんりちゃん。じゃあ、プレートにはそう入れるね」
「あ、うん。よろしく」
仕事の用件がすんでしまい、また気まずい沈黙が流れる。
「あのさ……」
困ったようにそわそわしていた井口くんがやがて口を開いた。
「ついさっきまで忘れてたくせに、こんなふうに言うのもおかしいけど、ずっと気になってたんだ。その、高校のときのこと……」
井口くんの馬鹿正直な物言いは、今の私の胸に柔らかく届いた。
「うん。そんなことあったね」
「ごめんな。おれ、何も言わずに行かなくなっちまって。おれから付き合おうって言ったくせに……」
おずおずと井口くんは私を見る。
「怒ったよな、きっと」
「正直言って、よく覚えてない」
本当のことだ。私だって思い出したのは最近のことだから。
「でも、どうして来なくなっちゃったのかは気になる」
少し意地悪な気持ちで言ってみる。
井口くんは目を瞬いてしっかりと私を見た。
「既婚者が何言ってんだって怒らない?」
「ええ? 怒るようなこと? 聞いてみないとわからないよ」
「うん。あのさ、まあ……子供だったんだよね」
「うん」
「田島のこと好きすぎて、怖かった」
他の誰かに言われていたら、何言ってんだって鼻で笑ったと思う。それくらいには私は性格が悪いし、大人にもなってしまった。
でも他ならない井口くんが言うから、素直に受け止めることができた。
「怖くて付き合おうって言うのがようやくで、思い出してみたら好きとも言ってなかったと思うんだ、おれ」
「そうかもね」
それを言ったら私だって。
「こっそり眺めてるくらいでちょうど良かったんだよな。へたに欲を出したばっかりに自分でもぐちゃぐちゃになっちまって、それで逃げた」
「そういうことも話してくれれば良かったのに」
「バカ、思春期男子のぐちゃぐちゃだぞ。口に出すのもおぞましいぞ」
そうなのか? それは、あの露出狂の方々の行動よりも恥ずかしいことなんだろうか。思春期男子の思考など思いもよらない私にはわからない。
「でもさ、あの時間はいい思い出っていうか、忘れてたくせに何言ってんだって感じだけど」
「わかるよ」
思い出は、普段は胸の引き出しに仕舞われて、毎日取り出して眺めるようなものじゃない。こうやって不意に思い出して心がいっぱいになる。
「あ、そうだよね。今日一歳になるんだ。ケーキなんかまだ食べれなくて、本人を目の前にして親が食べるんだけどね」
「ははは……」
笑うしかない。
「名前は?」
「ひらがなであんり」
「あんりちゃん。じゃあ、プレートにはそう入れるね」
「あ、うん。よろしく」
仕事の用件がすんでしまい、また気まずい沈黙が流れる。
「あのさ……」
困ったようにそわそわしていた井口くんがやがて口を開いた。
「ついさっきまで忘れてたくせに、こんなふうに言うのもおかしいけど、ずっと気になってたんだ。その、高校のときのこと……」
井口くんの馬鹿正直な物言いは、今の私の胸に柔らかく届いた。
「うん。そんなことあったね」
「ごめんな。おれ、何も言わずに行かなくなっちまって。おれから付き合おうって言ったくせに……」
おずおずと井口くんは私を見る。
「怒ったよな、きっと」
「正直言って、よく覚えてない」
本当のことだ。私だって思い出したのは最近のことだから。
「でも、どうして来なくなっちゃったのかは気になる」
少し意地悪な気持ちで言ってみる。
井口くんは目を瞬いてしっかりと私を見た。
「既婚者が何言ってんだって怒らない?」
「ええ? 怒るようなこと? 聞いてみないとわからないよ」
「うん。あのさ、まあ……子供だったんだよね」
「うん」
「田島のこと好きすぎて、怖かった」
他の誰かに言われていたら、何言ってんだって鼻で笑ったと思う。それくらいには私は性格が悪いし、大人にもなってしまった。
でも他ならない井口くんが言うから、素直に受け止めることができた。
「怖くて付き合おうって言うのがようやくで、思い出してみたら好きとも言ってなかったと思うんだ、おれ」
「そうかもね」
それを言ったら私だって。
「こっそり眺めてるくらいでちょうど良かったんだよな。へたに欲を出したばっかりに自分でもぐちゃぐちゃになっちまって、それで逃げた」
「そういうことも話してくれれば良かったのに」
「バカ、思春期男子のぐちゃぐちゃだぞ。口に出すのもおぞましいぞ」
そうなのか? それは、あの露出狂の方々の行動よりも恥ずかしいことなんだろうか。思春期男子の思考など思いもよらない私にはわからない。
「でもさ、あの時間はいい思い出っていうか、忘れてたくせに何言ってんだって感じだけど」
「わかるよ」
思い出は、普段は胸の引き出しに仕舞われて、毎日取り出して眺めるようなものじゃない。こうやって不意に思い出して心がいっぱいになる。
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