女はそれを我慢できない

奈月沙耶

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第15話 帰ってきた男

15-8.泣いたっていい

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 笑える。そんなこと言われたって全然カッコよくないんだけど。強張っていた頬がほぐれて笑いが浮かぶ。
 それでもまだ泣き続ける私に、ヤツはずっと添い寝してくれた。


 目が醒めてもしばらくは瞼が重くて上がらなかった。くっつけたおでこからヤツの寝息を感じる。
 今日って何曜日だっけ? 土日祝日関係のないサービス業のシフトに入ると、曜日感覚が薄れる。
 日曜日だったか? だからこいつは余裕なのか。

 そうっと起き上がってベッドを下りる。
 鞄を漁ってスマホを出して時間を確認する。もう朝の六時だった。
 泣きながら寝入って、たくさん眠ってしまった。こんなことは高校生のとき以来だ。

 洗面台に行って鏡を覗くとヒドイ顔。
 クレンジングと洗顔フォームを使って丁寧に顔を洗うと、それでようやくさっぱりした。
 鼻の頭と目の周りが赤い。思春期の頃を思い出す。

 社会人になって、始めは仕事のことで悔し泣きすることはあったけど、やがてそれもなくなった。
 大人は泣かない。どこかにそういう頭があって、泣きたいときにもそう思って抑え込んだ。

 大人は泣いたらダメだなんて誰からも禁止されたわけじゃないのに、なんで我慢してたんだろう。
 大人だって泣いたっていい。泣くのは悪いことじゃない。涙には浄化作用がある。
 思春期の頃当たり前にわかっていたことを忘れてしまっていた。だからあんなに濁ってたのかな、私。

 ふう、と一息ついて戻るとヤツは寝息を立てて眠っている。
 大きなテレビの前のローテーブルの上にメモ用紙を見つけ、私は一枚破り取る。
 一緒に置いてあったボールペンを持って少し考えてから一言書き記す。

 なんだかんだ嵌めっぱなしだった指輪と一緒にわかりやすい場所にそれを置いた。
 こっちも迷惑かけたかもしれないけど、もとはといえばヤツが悪いんだから買ってもらった洋服は頂戴しておくことにする。手切れ金変わりだよ、ちょうどいいじゃん。

 それにしたってヤツはまるで起きる気配がない。
 呑気なものだよ。自分勝手でやりたい放題。好き勝手な理屈をつけて有無を言わせない。
 もういいよ。そうやって生きていけばいいんだ。きっと死んでも治らない。
 それならもう勝手にしろ。私はやっぱり我慢できない。

 しばらく寝顔を見つめてから覚悟を決める。
 もうこいつのことは引きずらない。振り返らない。心に誓って部屋を出る。
 じゃあな、あばよ。
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