88 / 91
22
2.優しい手
しおりを挟む
聡が郁子の手を握る。荷物を抱えて郁子の手を引きながら、行きかう人の隙間を縫って中央廊下を進んでいく。中庭へ行くのにいつも使っていた通用口の手前の角を正面玄関の方向へと曲がるとき、気遣うように郁子を振り返った。
ときに強引になる修司の手とは違う。子どもの頃から知っている、いつでも郁子を気遣ってくれる優しい手だ。この手に引かれてついて行けば間違いない。それがよくわかる。
同じように人の多い総合窓口の前を通りすぎて正面玄関から表に出ると、今日もすっきりしない天気で空は白かった。湿度が高くてジメジメする。くちなしの花の香りが今日も強いことだろう。
「おばさん、まだだな」
「うん……」
降車口の庇の下で待つことにする。
「郁子はすごいとこ、たくさんあるよ」
さっきの話の続きなのか、聡がもう一度言う。
「そうかな……」
「しょうもないとこもあるけどな」
「だよね」
「でも、俺は本気で尊敬してるぞ。おまえの、物の本質を見るところ。すごいと思ってる」
「……」
そうだろうか。自分にそんな力があるのなら、こんなにくよくよすることもないだろうに。
確かに、以前はもっとすっきり物事を考えられた気がする。執着がなかったから。良いか悪いかでしか判断しなかったから。
それが修司を好きになってからすっかり変わってしまった。それが良いことなのか悪いことなのかも今の郁子にはわからない。わからないから、また変わらなければならないのだと思った。
――自己憐憫で殻に閉じこもって。
本当にそうだと思った。誰もわかってくれないなんて、ただの傲慢だった。
――こうなりたいって憧れを持つこと。
おおらかな、優しい自分になりたいと思った。それこそ聡みたいに気遣える人に。
母親のクルマを待ちながら、そこから見える中庭の木立へと視線を投げる。
――なんだか郁子ちゃん、顔が明るくなったくわねえ。
そんふうに言ってもらえたのも、あの中庭ですごした時間のおかげだ。
思い返していた郁子は、ふと頭をよぎった考えに目を瞠った。
ときに強引になる修司の手とは違う。子どもの頃から知っている、いつでも郁子を気遣ってくれる優しい手だ。この手に引かれてついて行けば間違いない。それがよくわかる。
同じように人の多い総合窓口の前を通りすぎて正面玄関から表に出ると、今日もすっきりしない天気で空は白かった。湿度が高くてジメジメする。くちなしの花の香りが今日も強いことだろう。
「おばさん、まだだな」
「うん……」
降車口の庇の下で待つことにする。
「郁子はすごいとこ、たくさんあるよ」
さっきの話の続きなのか、聡がもう一度言う。
「そうかな……」
「しょうもないとこもあるけどな」
「だよね」
「でも、俺は本気で尊敬してるぞ。おまえの、物の本質を見るところ。すごいと思ってる」
「……」
そうだろうか。自分にそんな力があるのなら、こんなにくよくよすることもないだろうに。
確かに、以前はもっとすっきり物事を考えられた気がする。執着がなかったから。良いか悪いかでしか判断しなかったから。
それが修司を好きになってからすっかり変わってしまった。それが良いことなのか悪いことなのかも今の郁子にはわからない。わからないから、また変わらなければならないのだと思った。
――自己憐憫で殻に閉じこもって。
本当にそうだと思った。誰もわかってくれないなんて、ただの傲慢だった。
――こうなりたいって憧れを持つこと。
おおらかな、優しい自分になりたいと思った。それこそ聡みたいに気遣える人に。
母親のクルマを待ちながら、そこから見える中庭の木立へと視線を投げる。
――なんだか郁子ちゃん、顔が明るくなったくわねえ。
そんふうに言ってもらえたのも、あの中庭ですごした時間のおかげだ。
思い返していた郁子は、ふと頭をよぎった考えに目を瞠った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
鍵盤上の踊り場の上で
紗由紀
青春
あることがきっかけでピアノを弾くことをやめた少年、相原湊斗。そんな彼はピアノを弾きたくないにも関わらず、合唱祭で伴奏を担当することになった。その練習を音楽室でしていると、そこにある少女が現れて…?
【ショートショート】雨のおはなし
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
PictureScroll 昼下がりのガンマン
薔薇美
青春
舞台は日本の温泉地にある西部開拓時代を模したテーマパーク『ウェスタン・タウン』。そこで催されるウェスタン・ショウのパフォーマーとタウンのキャストの群像劇。※人物紹介は飛ばして本編からでも大丈夫です。
想い出と君の狭間で
九条蓮@㊗再重版㊗書籍発売中
青春
約一年前、当時付き合っていた恋人・久瀬玲華から唐突に別れを告げられた相沢翔。玲華から逃げるように東京から引っ越した彼は、田舎町で怠惰な高校生活を送っていた。
夏のある朝、失踪中の有名モデル・雨宮凛(RIN)と偶然出会った事で、彼の日常は一変する。
凛と仲良くなるにつれて蘇ってくる玲華との想い出、彼女の口から度々出てくる『レイカ』という名前、そして唐突にメディアに現れた芸能人REIKA──捨てたはずの想い出が今と交錯し始めて、再び過去と対峙する。
凛と玲華の狭間で揺れ動く翔の想いは⋯⋯?
高校2年の夏休みの最後、白いワンピースを着た天使と出会ってから「俺」の過去と今が動きだす⋯⋯。元カノと今カノの狭間で苦しむ切な系ラブコメディ。
【おしかの】後輩ちゃんは先輩と付き合ってます!!?
夕姫
青春
『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄のようだ……。
主人公の神原秋人(かんばらあきと)は高校2年生。叔父が経営しているアパートで一人暮らしをして、東京の私立高校に通っている。
部活をやるわけでもなく、バイトをするわけでもなく。本当に平凡にその日その日を過ごしていた。
ただ秋人の平凡な生活は今年の春に突然、終わりを告げた。隣の部屋に引っ越してきた白石夏帆(しらいしかほ)によって……。
「先輩。素直に私をもっと推していいですよ?」
「なんでオレがお前を推すんだよ!」
「え?私と先輩って付き合ってますよね?」
「付き合ってねぇって言ってんだろ!」
この物語は、なんだかんだ最後には許しちゃう主人公で先輩の秋人と、なぜかそんな秋人のことが好きな後輩の夏帆との『推し』ならぬ『押し』な、ちょっぴりエッチなウザカワショートラブコメです
ラムネは溶けた、頭の中に
卵男
青春
「実母を殺害」
そのニュースの犯人は、とある男の同級生であった。男はこの事件をきっかけに、犯人と過ごした少年時代を邂逅しはじめる。
その思い出は、かつての少年二人を簡単に壊してしまうような、痛々しいものばかりであった——。
◆筆者多忙の為、更新は遅めになると思いますがよろしくお願い致します。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする
織姫ゆん
青春
普通の高校生黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする。
朝は幼馴染に起こされたり、ちびっこ優等生にぐふふと笑われたり、ポンコツ担任がやらかしたり、許嫁を名乗る転入生が現れたり。何か起きそうで何も起きない。
そんな日常。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる