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第二話 中華乱世の悪役令嬢
37.父の思い
しおりを挟む予言は所詮は予言だ。あらかじめ告げられた物事が実現しなければ戯言で終わる。けれどそのときが来るまでは確認のしようはなく、信じる信じないはそれぞれの自由だ。
また、予言は信じる者がいるから予言で、とどのつまり人は信じたい事柄しか信じない。相反する内容の予言を並べられたとき、どちらを信じるかは心のあり方によるだろう。それほど不確かなものが予言。
本当に、馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しいことに、宮中の能無し共は、清蓉(せいよう)が示した予言を信じた。
それまでさんざん、棕(そう)家の予言に頼ってよりどころとして、父上の実績と手腕と、私たち姉妹の決断とに全部全部、責任を押し付けてきたくせに。
『棕家の姉妹の予言は偽物である』
追及されれば痛いところではある。本来の予言は「女子の栄達を願うならば今こそ世に出るべし」という、姉妹のうち誰かが国母になる、という内容だった。
それを淑華(しゅくか)姉上が「棕家の娘を娶る者が天子となる」という解釈に捩じ曲げて広めたのだ。
半分は本物で半分はやらせ、こういうのがいちばんタチが悪い――清蓉に向けた非難がブーメランとなってしまった。
とはいえ、宮中の占術官だって「〈棕家の女子〉に王太子を選ばせるべし」と発表していたくせに、その事実はすっかりなかったことにされ、棕(そう)家ばかりが悪者のように扱われた。
まさしく、家族みんなで断罪まっしぐらだ。
『棕将軍家を廃し、あらたに后を立てれば国を守護する神力が増すであろう』
大地の女神から言付かったと称して披露された清蓉の予言は、棕家を邪魔に思っていた廷臣たちが待ち望んでいたものだった。
今にも命運が尽きそうなこの国でまだ権力に執着できるのだからすさまじい欲だ。いえ、だからこそか。滅びる前に吸い取るだけ吸い取って逃亡する気なのだろう。
父上を失脚させるため、水に流したはずの密通事件を持ち出し、将軍職を解いたうえで都への帰還命令が出された。
これには毅(き)公子が猛反対した。あたりまえだ、国そのものの武装を自ら脱いで丸裸になるようなものなのに。
だが、その毅公子が父上と入れ替わりに防衛の最前線に出ざるを得ず、宮廷で棕家に味方する者はいなくなった。
都に戻って数日、宮中に呼び出されるまでのあいだ屋敷で謹慎していた父上が、私を書斎に呼びつけた。
「子豫(しよ)」
穏やかなその顔を見て、父上がしようとしていることを私は悟った。
「おまえには悪いことをした」
「なんのことですか?」
いつものように天真爛漫な笑顔をこころがけながら、私は父上の膝に手を置いて膝をついた。
「おまえはずっと、私が望む娘でいてくれた」
「まあ、本当になんのことやら」
「……今は乱世だ。人の身分も命も、一歩踏み出す道を間違えただけであっけなく散り行く。物事の善悪さえ定まらない。こんな世の中では、人は天の意思にでも頼らなければ何も決めることができない。私も弱い人間のひとりだった」
「そんな、父上が弱いだなんて」
「みんなそうなんだ。だが、子豫。おまえは違うのだろう?」
初めて対する相手のように、父上はそっと眼を細めて私を見つめた。
「おまえはいつも、私や姉たちの決断に従ってきた。棕家の予言に基づく判断に。だが本当は、おまえは自分で考えて、ひとりで決めることができるのだろう? おまえならば予言に振り回されず、もっと違った道を選べたはずだ」
「お父様、そんなことはありません、子豫はお父様や姉上たちがいなければ何もできない娘です」
「もう、いいんだ」
父上は筋張った大きな手を広げて私の頭を撫でた。
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