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第二話 中華乱世の悪役令嬢
8.女子の栄達
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思わぬ言葉に私はちょっと反応が遅れてしまった。
「……予言とおっしゃると?」
「棕(そう)将軍が天子救出の出兵に迷っていたおり、老巫から得たという予言だ」
――ひとりの安寧を願うならば動かず、女子の栄達を願うならば今こそ世に出るべし。
あの予言については、昔語りで父上は私たちによく聞かせてくれたし、身内の宴席で酔った勢いで周囲に漏らしたりもしていた。父上の英雄的決断の背景が気になるのは人情だろうし、与太話のようにして兵士たちの口から口へ回っていたのも知っている。
曰く、将軍はお嬢様たちの将来を願って決断したのだ! と。棕家のおひざ元では、父上の子煩悩エピソードな扱いのそれが、どうして誘拐の理由になるのか。
「ちょっと待ってください」
私は思わず手を挙げて確認せずにはいられなかった。
「廷臣と自己紹介したからには、赬(てい)様の行動は煌(こう)王様もご承知おきのことと思ってよいのですよね?」
「ごまかしても無駄だろうから、そうだと言っておこう」
「煌王様があの予言をご存じだと? 予言の話をするために私たちをさらい、私たちをさらうために兵を動かし、彼らにも協力してもらったと?」
遊牧民たちへの協力要請については、彼らは非常にドライなので、見返り次第でどんな依頼も請け負う。彼らの強力な機動力欲しさに各国が物品を差し出すのはよくあることで、冬を前にした今、煌国は穀物を草原に輸送する約束をしたのに違いない。
「そうだ。腹を割って話すと決めたのだから言ってしまうが、我が煌(こう)にとって天子の継承問題は最大の関心事だ。壅(よう)王は兵力で天子の位を奪おうとしたが、煒(い)王家と同姓の煌(こう)王家には奪うまでもなく道理がある」
そう。都では今、天子の代替わりが始まろうとしているのだ。父上が都で要職に就くことになったのはそのためで。
「天子が譲位の意志を固めたことは諸国に伝わっている、諸侯が動き出す前に先手を打ちたいと? でもそれとあの予言になんの関係が?」
「大ありだろう」
赬耿(ていこう)は少し苛立っているようで声音が荒くなる。いや、そういわれても。
確かに。忠臣である父上に、次期天子の後ろ盾を任せようという意図があっての都への召還であることは明白で。と同時に、私たち姉妹を次期天子のお妃候補に、という流れも見え見えな都行きなのである、ぶっちゃけ。
――女子の栄達を願うならば……
女子の栄達といえば、それは王の妃となり次代の王を産んで国母となることだ。この世界では女子は王になれないのだから。王の中の王である天子の妃ともなれば、この世界では女性たちの頂点ということ。
つまりは私たち姉妹がお妃候補となることは予言によって決まっているのだ。なんというお約束感。引っかかるのは、私たち姉妹のうち誰が王后(おうごう)になるのか、という点なのだが、この問題は今は置いておく。
「私たちを、未来の王后とみなすと?」
「あの予言はそういうことだろう」
「ええ、まあ。ですけど、煌(こう)が注視しているのは次期天子の座でしょう? どなたが後継者なのか決まってもいないのに、さらにその妃候補であるらしい、という立場でしかない私たちを重視する意味がわからないのですが」
そうなのだ。譲位の意志があっても、天子には王太子がいないのだ。公子はたくさんいるのに肝心の王太子を立てていない。このあたりの天子の考えは私にはさっぱりわからないが、事実として後継者は決まっていない。
すると、赬耿は呆れの色を声に滲ませた。
「何を言ってる、次の天子を決めるのはそなたら姉妹なのだろう?」
…………は?
「……予言とおっしゃると?」
「棕(そう)将軍が天子救出の出兵に迷っていたおり、老巫から得たという予言だ」
――ひとりの安寧を願うならば動かず、女子の栄達を願うならば今こそ世に出るべし。
あの予言については、昔語りで父上は私たちによく聞かせてくれたし、身内の宴席で酔った勢いで周囲に漏らしたりもしていた。父上の英雄的決断の背景が気になるのは人情だろうし、与太話のようにして兵士たちの口から口へ回っていたのも知っている。
曰く、将軍はお嬢様たちの将来を願って決断したのだ! と。棕家のおひざ元では、父上の子煩悩エピソードな扱いのそれが、どうして誘拐の理由になるのか。
「ちょっと待ってください」
私は思わず手を挙げて確認せずにはいられなかった。
「廷臣と自己紹介したからには、赬(てい)様の行動は煌(こう)王様もご承知おきのことと思ってよいのですよね?」
「ごまかしても無駄だろうから、そうだと言っておこう」
「煌王様があの予言をご存じだと? 予言の話をするために私たちをさらい、私たちをさらうために兵を動かし、彼らにも協力してもらったと?」
遊牧民たちへの協力要請については、彼らは非常にドライなので、見返り次第でどんな依頼も請け負う。彼らの強力な機動力欲しさに各国が物品を差し出すのはよくあることで、冬を前にした今、煌国は穀物を草原に輸送する約束をしたのに違いない。
「そうだ。腹を割って話すと決めたのだから言ってしまうが、我が煌(こう)にとって天子の継承問題は最大の関心事だ。壅(よう)王は兵力で天子の位を奪おうとしたが、煒(い)王家と同姓の煌(こう)王家には奪うまでもなく道理がある」
そう。都では今、天子の代替わりが始まろうとしているのだ。父上が都で要職に就くことになったのはそのためで。
「天子が譲位の意志を固めたことは諸国に伝わっている、諸侯が動き出す前に先手を打ちたいと? でもそれとあの予言になんの関係が?」
「大ありだろう」
赬耿(ていこう)は少し苛立っているようで声音が荒くなる。いや、そういわれても。
確かに。忠臣である父上に、次期天子の後ろ盾を任せようという意図があっての都への召還であることは明白で。と同時に、私たち姉妹を次期天子のお妃候補に、という流れも見え見えな都行きなのである、ぶっちゃけ。
――女子の栄達を願うならば……
女子の栄達といえば、それは王の妃となり次代の王を産んで国母となることだ。この世界では女子は王になれないのだから。王の中の王である天子の妃ともなれば、この世界では女性たちの頂点ということ。
つまりは私たち姉妹がお妃候補となることは予言によって決まっているのだ。なんというお約束感。引っかかるのは、私たち姉妹のうち誰が王后(おうごう)になるのか、という点なのだが、この問題は今は置いておく。
「私たちを、未来の王后とみなすと?」
「あの予言はそういうことだろう」
「ええ、まあ。ですけど、煌(こう)が注視しているのは次期天子の座でしょう? どなたが後継者なのか決まってもいないのに、さらにその妃候補であるらしい、という立場でしかない私たちを重視する意味がわからないのですが」
そうなのだ。譲位の意志があっても、天子には王太子がいないのだ。公子はたくさんいるのに肝心の王太子を立てていない。このあたりの天子の考えは私にはさっぱりわからないが、事実として後継者は決まっていない。
すると、赬耿は呆れの色を声に滲ませた。
「何を言ってる、次の天子を決めるのはそなたら姉妹なのだろう?」
…………は?
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