思うこと

奈月沙耶

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 自分が歩いて来た道こそが何より正しいのだと、これ以外の幸福などないのだと。みんなそう思いたいのだ。自分の人生を後悔したくないから。自分を誇りたいから。だから口にする。
 こうするのがいちばんいいことなの。あたりまえの、それが幸福ってものなのよ。それが、別の何かを目指そうとする者たちにとって暴力となり得ることすら知らずに。

「数の論理よね。みんながそうだから、あたりまえだから。子どもを産む気もないのに結婚した私はとんでもなく不遜に見えるのでしょうね」
 彼女が寂しそうに微笑んだのはきっとダンナへの罪悪感からだろう。自分一人の気持ちならいくらでも整理を付けられるけど相手の思いはそうはいかない。いつもこうして相手を思い合う夫婦だから、私は口を挟まないようにしている。悔しいけど。




 女のしあわせ。口の中でつぶやいてみる。女は即物的で打算的だから男の何倍も頭を使って計算する。自分がしあわせになるために。そこに男に対してのナサケなど差し挟むことなく非情を通し、そして理想に目をつぶり気が遠くなるような忍耐を重ねた女こそが、誰もが羨む生活を手に入れることができるのだろう。世間の大多数が認める女のしあわせというやつを。
 ひねくれ者の私には望むべくもない。ただ、思うのは。

「私、しくじったなって、思わなくもないんだ」
「え?」
「若い頃にもっと恋しとくんだった」
 今の私にとって恋は不要のものだった。男の子とやりとりするのはとても面倒だった。これじゃいかんと強いて付き合ったりもしたけれど、気持ちがなければ苦痛なことがわかっただけだった。

 子どもの頃、私が好きになろうとした男の子たちはみんな、将来私を養ってくれる人、結婚して贅沢をさせてくれる人、その候補だったから私は彼らを好きになった。本当に好きだったわけじゃなかった。
 女は男に頼らないと生きていけない。そんな母親を見ていたから、お金持ちの男と結婚して裕福に暮らすことが幸福なのだと思っていた。

 成長して、母親を一人の人間として見ることができるようになったとき、私は心の底から母を嫌悪した。あんなふうには絶対になりたくない。
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