上 下
176 / 256
Episode 27 兄来る

27-6.馬鹿だ

しおりを挟む



「まったく、仕様がないなあ」
「ごめんなさい」
 菜園の脇の水道で足を洗ってもらいながら、美登利は肩をすぼめる。
「悪い癖だよ、ひとつのことしか見えなくなるの」
「そうだよね」

「さっきね、勇人とふたりで西城に行ってきたんだ」
「え……」
「苗子先生と、志岐さんからも、いろいろ聞いてさ。最近の千重子理事長は尋常じゃないだろう?」
「会えたの?」
「うん。でも」

 美登利の隣に座りながら巽は空を見上げた。
「苗子先生とは違った意味で、あの人も凄い人だから、僕には正直掴みきれない」
「うん」
「ただ、あの生徒会長の子さ」
「高田孝介」
「ああ、うん。高田くん。彼は千重子理事長の目論見に乗りやすいタイプなのだろうね。彼に良識と強い意志とがあれば、千重子理事長の暴走ももう少しましになるのだろうけど」
「……」
「まだ、おまえと結婚したいって?」
「どうかな」
 そう答えて黙り込むしかできない。

 巽はもう一度美登利の前にしゃがんで上靴を履かせてくれた。
「実はね。大事な話があって」
「うん?」
「紹介したい女性がいるんだ」
「……」
「大学卒業したら一緒に暮らそうと思ってる。だから家に連れてこようと思ったんだけど、いきなり親に挨拶はハードルが高いって彼女が、言うから」
「……」
「だからまず、おまえに会いたいって。夏休みにでも」

 なんだこれ。不意打ちもいいところだ。
 ハタチを超えて社会に出ようという男が恋人がいて、一緒に暮らしたいという。普通の話だ。
 なのにそんなこと想定すらしていなかった。馬鹿だ。

 無表情に凍りつきそうになる頬を意志の力でこらえる。わななく口元をなんとか抑えて笑みの形に持っていく。鼻先が熱い。泣いたら駄目だ、絶対に。

「そうなんだ」
 少し声が上ずっていた。大好きな兄に恋人がいることを知らされた妹としては許容範囲だろう。
「わかったよ、お兄ちゃん」
 胸が痛い。苦しい。なにも考えられない。それでも笑わなきゃ駄目だ。
 たくさん泣いて、たくさん考えて、思い続けた。
 絶対に、この気持ちは死ぬまで、秘密にするのだと。




 なんだかんだで兄たちは帰っていき、なんだかんだで文化祭は無事に幕を閉じた。
 後夕祭ではゲリラ演奏がまた行われて、ノリのいい生徒たちが躍りまわっていた。

 そこで正人は気づいた。美登利がいない。ずっと姿が見えない。
 戻ってきた巽は会えたとは言っていたが、美登利は一緒ではなかったから逃げていく背中を見たきりだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

忘れられない恋になる。

豆狸
恋愛
黄金の髪に黄金の瞳の王子様は嘘つきだったのです。

勇者の幼なじみに転生してしまった〜幼女並みのステータス?!絶対に生き抜いてやる!〜

白雲八鈴
恋愛
恋愛フラグより勇者に殺されるフラグが乱立している幼馴染み、それが私。 ステータスは幼女並み。スライムにも苦戦し、攻撃が全くかすりもしない最弱キャラって、私はこの世界を生き残れるの?  クソゲーと言われたRPGゲームの世界に転生してしまったんだけど、これが幼児並みのステータスのヒロインの一人に転生してしまった。もう、詰んでるよね。  幼馴染みのリアンは勇者として魔王を討伐するように神託がくだされ、幼馴染みを送り出す私。はぁ、ゲームのオープニングと同じ状況。  だけど、勇者の幼馴染みを見送った日に新たな出会いをした。それが私にとって最悪の結末を迎えることになるのか、それとも幸運をもたらすことになるのか。  勇者に殺されるか、幸運を掴んで生き残るか···。  何かと、カスだとかクズだとか自称しながらも、勇者のイベントフラグをバキバキ折っていくヒロインです。 *物語の表現を不快に感じられた読者様はそのまま閉じることをお勧めします。 *誤字脱字はいつもながら程々にあります。投稿する前に確認はしておりますが、漏れてしまっております。 *始めの数話以降、一話おおよそ2000文字前後です。 *他のサイトでは別のタイトルで投稿しています。 *タイトルを少し変更しました。(迷走中)

序盤で殺される悪役貴族に転生した俺、前世のスキルが残っているため、勇者よりも強くなってしまう〜主人公がキレてるけど気にしません

そらら
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ 大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役貴族に転生した俺。 貴族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な公爵家の令息。 序盤で王国から追放されてしまうざまぁ対象。 だがどうやら前世でプレイしていたスキルが引き継がれているようで、最強な件。 そんで王国の為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが? 「お前なんかにヒロインは渡さないぞ!?」 「俺は別に構わないぞ? 王国の為に暗躍中だ」 「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」 「すまないが、俺には勝てないぞ?」 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング40位入り。1300スター、3800フォロワーを達成!

処理中です...