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第五話 鶏口となるも牛後となるなかれ
1.我慢
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杉本ここなは困っていた。さっきまですぐそばの遊具で遊んでいた弟がこつぜんと姿を消してしまったからだ。
ここなが手をかけているベビーカーでは双子の妹たちが並んですやすやと眠っている。目の前のベンチでは母親が首をほぼ直角に曲げてうたた寝している。
ここなたち四人の子どもの世話と仕事で、お母さんは座る暇もないほど毎日忙しそうだ。少し落ち着いたとたんにこうして居眠りするのはいつものことだ。
そういうとき、お母さんを休ませてあげたくて、ここなはなるべく静かにするようにしている。まだ小さな弟にも静かにしようねって言い聞かせる。言葉の通じない妹たちにはわかってもらえないが。
妹たちも今は静かに寝入っている。母親はゆらゆら頭を揺らしながらも目を開ける気配がない。ここなは決心して、すっくと立ちあがった。今動けるのは自分だけ、弟をさがしに行こう。
お父さんがいなくなったとき、お母さんは泣きながら「お母さん頑張るから」ってここなと弟を抱きしめた。ほどなく、ここなたちの家に知らないおにいさんが遊びにくるようになって、お母さんは「妹か弟が増えるよ」って教えてくれた。
この人が新しいお父さんになるのかなって思っていたのに、でもすぐにおにいさんも来なくなった。「お母さん頑張るから、ここなもお手伝いしてね」って、お母さんはまたひきつった笑顔で言った。
頑張るってどういうこと? 頑張るって疲れること? お母さんはいつも疲れた顔をして、疲れた顔のお母さんは、にこにこしているときのお母さんと別の人みたい。ここなはにこにこしているときのお母さんが好きだから、そうでなくなるのならば頑張ってもらいたくなんかない。
でも、お母さんが頑張らないと、ここなたちは暮らしていけないからってお母さんは言う。暮らしていけないって? 住むところや食べるものがなくなるってこと? でも、住むところだったら公園で段ボールのおうちに住んでいる人たちもいることをここなは知っているし、食べるものだって少しくらいお腹が減っても我慢できると思う。
「お母さん、ここなたちのために我慢するから」
そう言って、お母さんはお父さんに殴られても我慢していた。どうして? どうして我慢することがここなたちのためになるの? 我慢しているお母さんを見ていたくないのに。
だから、お父さんとお別れすることになって、ここなは本当に嬉しかった。お手伝いしてねって言われて嬉しかった。それなのに……。
ここなは物思いを振り切り、弟の名前を呼びながら公園内を走り始めた。
ここなが手をかけているベビーカーでは双子の妹たちが並んですやすやと眠っている。目の前のベンチでは母親が首をほぼ直角に曲げてうたた寝している。
ここなたち四人の子どもの世話と仕事で、お母さんは座る暇もないほど毎日忙しそうだ。少し落ち着いたとたんにこうして居眠りするのはいつものことだ。
そういうとき、お母さんを休ませてあげたくて、ここなはなるべく静かにするようにしている。まだ小さな弟にも静かにしようねって言い聞かせる。言葉の通じない妹たちにはわかってもらえないが。
妹たちも今は静かに寝入っている。母親はゆらゆら頭を揺らしながらも目を開ける気配がない。ここなは決心して、すっくと立ちあがった。今動けるのは自分だけ、弟をさがしに行こう。
お父さんがいなくなったとき、お母さんは泣きながら「お母さん頑張るから」ってここなと弟を抱きしめた。ほどなく、ここなたちの家に知らないおにいさんが遊びにくるようになって、お母さんは「妹か弟が増えるよ」って教えてくれた。
この人が新しいお父さんになるのかなって思っていたのに、でもすぐにおにいさんも来なくなった。「お母さん頑張るから、ここなもお手伝いしてね」って、お母さんはまたひきつった笑顔で言った。
頑張るってどういうこと? 頑張るって疲れること? お母さんはいつも疲れた顔をして、疲れた顔のお母さんは、にこにこしているときのお母さんと別の人みたい。ここなはにこにこしているときのお母さんが好きだから、そうでなくなるのならば頑張ってもらいたくなんかない。
でも、お母さんが頑張らないと、ここなたちは暮らしていけないからってお母さんは言う。暮らしていけないって? 住むところや食べるものがなくなるってこと? でも、住むところだったら公園で段ボールのおうちに住んでいる人たちもいることをここなは知っているし、食べるものだって少しくらいお腹が減っても我慢できると思う。
「お母さん、ここなたちのために我慢するから」
そう言って、お母さんはお父さんに殴られても我慢していた。どうして? どうして我慢することがここなたちのためになるの? 我慢しているお母さんを見ていたくないのに。
だから、お父さんとお別れすることになって、ここなは本当に嬉しかった。お手伝いしてねって言われて嬉しかった。それなのに……。
ここなは物思いを振り切り、弟の名前を呼びながら公園内を走り始めた。
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