39 / 63
第三話 夫婦喧嘩は犬も食わない
11.お守り
しおりを挟む
「こんにちは」
暑いですね、と微笑むなるみに、足元のクーラーボックスからパックの緑茶を出す。
「今、下のドラッグストアに面接に行ってきたんです。朝だけの、商品陳列のバイトで、短時間だからそれならできるかなって。病気のことちゃんと話して、やる気があるならいいよって採用してもらえそうです」
「良かったじゃん。ダンナさんもいいって?」
「はい。ちょっといろいろ、急ぎ過ぎじゃないかなって話したんです。わたしもよくわからないから、そういうものかなって思っちゃってたけど。ダンナはデキる人だから余計に焦っちゃうのかなって。子作りもそうだし、マイホームのことも考えないとって前から言ってて。みんなそうなのかなってわたしも流されちゃってたけど、そんなに焦らなくていいんじゃないかなって」
「そうだね、まだ若いんだし」
「ですよね! だから、いったん落ち着こうって。わたしも一緒にちゃんと考えたいからって。そしたらダンナは最初、文句あるのかって怖い顔だったけど、なんか、だんだん気が抜けたっていうか、ほっとしたみたいっていうか」
「そっか」
人と比べて豊かさを競うことで幸福度をはかるのは愚かなことだとみんながもう知っているのに、実際には競争からなかなか抜け出せない。競争に負けると損をするかもって心配を拭い去れないから。
損とか得とか関係ない。自分だけのものさしを持つのはとても難しい。でも難しいからってあきらめて与えられることを待っているだけじゃ何も変わらない。なるみは少なくとも、自分で努力を始めた。偉い。
「そーだ。これあげようと思ってたんだ」
神明社特性の一家和楽のお守り。子宝祈願もばっちりだ。
「もらっちゃっていいんですか?」
「うん。それ、中見てごらんよ」
「え、お守りって開けちゃってもいいんですか!?」
なるみはびっくりしていたけど、私が平気な顔をしているとおそるおそる巾着型のお守り袋の口を開いた。中には厚紙の四角い包みがある。
「広げて広げて」
なるみの指が折ってある紙を広げていく。中には金ぴかのちいさなものがふたつ転がっていた。円いものと、細長いもの。
「これって……」
きょとんとした顔で金箔で光っているそれをつついたなるみは、それが女性器と男性器を模ったものだとすぐに気づいたらしく、上目遣いで私を見た。
「エッチだなあ」
堪えきれずに私はげらげら笑ってしまう。一家和楽だの家内安全だの、要は夫婦が仲良くしてねってことだもんね。
雨があがることに夏へと近づくむせるような空に、なるみのかわいらしい澄んだ笑い声が響いた。
暑いですね、と微笑むなるみに、足元のクーラーボックスからパックの緑茶を出す。
「今、下のドラッグストアに面接に行ってきたんです。朝だけの、商品陳列のバイトで、短時間だからそれならできるかなって。病気のことちゃんと話して、やる気があるならいいよって採用してもらえそうです」
「良かったじゃん。ダンナさんもいいって?」
「はい。ちょっといろいろ、急ぎ過ぎじゃないかなって話したんです。わたしもよくわからないから、そういうものかなって思っちゃってたけど。ダンナはデキる人だから余計に焦っちゃうのかなって。子作りもそうだし、マイホームのことも考えないとって前から言ってて。みんなそうなのかなってわたしも流されちゃってたけど、そんなに焦らなくていいんじゃないかなって」
「そうだね、まだ若いんだし」
「ですよね! だから、いったん落ち着こうって。わたしも一緒にちゃんと考えたいからって。そしたらダンナは最初、文句あるのかって怖い顔だったけど、なんか、だんだん気が抜けたっていうか、ほっとしたみたいっていうか」
「そっか」
人と比べて豊かさを競うことで幸福度をはかるのは愚かなことだとみんながもう知っているのに、実際には競争からなかなか抜け出せない。競争に負けると損をするかもって心配を拭い去れないから。
損とか得とか関係ない。自分だけのものさしを持つのはとても難しい。でも難しいからってあきらめて与えられることを待っているだけじゃ何も変わらない。なるみは少なくとも、自分で努力を始めた。偉い。
「そーだ。これあげようと思ってたんだ」
神明社特性の一家和楽のお守り。子宝祈願もばっちりだ。
「もらっちゃっていいんですか?」
「うん。それ、中見てごらんよ」
「え、お守りって開けちゃってもいいんですか!?」
なるみはびっくりしていたけど、私が平気な顔をしているとおそるおそる巾着型のお守り袋の口を開いた。中には厚紙の四角い包みがある。
「広げて広げて」
なるみの指が折ってある紙を広げていく。中には金ぴかのちいさなものがふたつ転がっていた。円いものと、細長いもの。
「これって……」
きょとんとした顔で金箔で光っているそれをつついたなるみは、それが女性器と男性器を模ったものだとすぐに気づいたらしく、上目遣いで私を見た。
「エッチだなあ」
堪えきれずに私はげらげら笑ってしまう。一家和楽だの家内安全だの、要は夫婦が仲良くしてねってことだもんね。
雨があがることに夏へと近づくむせるような空に、なるみのかわいらしい澄んだ笑い声が響いた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる