それはキッスで始まった

奈月沙耶

文字の大きさ
上 下
35 / 63
第三話 夫婦喧嘩は犬も食わない

7.イヌとクマ

しおりを挟む
「でも。ダンナは散らかってる、汚いって言うんです」
 肩を落として俯くなるみはまたとても疲れているように見えた。
 私は私でもう一度リビングを眺めまわして首を傾げるしかない。どこが汚いっていうのだろう。
「ダンナさんってそんなに几帳面なの?」
「……わかりません。ちょっと、細かいことにうるさいなって思い始めたときは、仕事でいやなことがあってイライラしてるのかなって気にしないでいたけど、昨日、急にあんなにキレたから」

 カラーボードの上には、写真館で撮ったらしい新郎新婦の記念写真があった。ドレスではなく和モダンな着物姿のなるみとダンナさんが寄り添っている。ダンナさんは笑顔のつくりかたも上手いイマドキのイケメンだ。さわやかで優しそうな。

 写真の他には、やたらと犬のグッズが置いてあった。母子犬のモチーフが付いた熊手や犬の張り子が。
「これって子宝祈願?」
「あ、そうなんです。ふたりであちこちお参りに行ったりしてて」
「へーえ」
 なるみは子どもができにくい体とも言ってたし、新婚ほやほやで妊活するほどではないけれど自然に授かればって考えなのかな、なんて思いながら実は私はまったく別のことが気になっていた。

「この編みぐるみはクマなんだね。手作り?」
「それ、ダンナのイトコがくれたんです。中学生の。すごいじょうずですよね」
「へえ」
 白いクマと茶色いクマのペアで、それぞれピンク色と水色のリボンを首にまいている。結婚祝いの贈り物にありがちといえばそうかもしれない。

「ダンナのこと、おにいちゃんおにいちゃんてすごい懐いてて。一緒に遊園地に行ったことあるんですけど、カワイイ子ですよ」
「女の子?」
「そうですそうです」
「なるほどねー、触っていい?」
「どーぞー。あ、飲み物持ってきますね、コーラとアイスティーどっちがいいですか?」
「ありがと。アイスティーで」
「はーい」

 奥の仕切りの引き戸を開けてなるみがキッチンらしき方へと向かう。その隙に、私は茶色のクマの中から発見したモノを抜き取った。



 その後は外が薄暗くなるまでなるみと話し込んでしまった。悩み事だけでなく、まったく赤の他人のコイバナから好きな食べ物の話、なんてことない世間話まで。

 なるみは病気を抱えてはいても明るく快活な女の子で、ダンナさんもそういうところに惹かれたのだろうなっていうのがよくわかった。決してヒーロー気取りで彼女を選んだわけではないはずだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...