29 / 63
第三話 夫婦喧嘩は犬も食わない
1.遭遇
しおりを挟む
滝沢なるみは途方に暮れていた。
昨夜、八時をすぎてから帰宅した新婚二か月目の夫とケンカして財布もスマートフォンも持たずに部屋を飛び出し、玄関で靴を履きながらクセでクルマのキーを指に引っかけ、一連の流れのまま愛車のラパンに乗り込みマンションの駐車場を後にした。
国道に出てひたすら車を走らせ、隣接する市との境を越えたところで我に返った。自分でもどこへ向かえばいいのかわからない。
落ち着いてコーヒーでも飲もうと、通り沿いのコーヒーショップの駐車場へと入ってクルマを留めた。
そして気が付く。いつも持ち歩いているバッグがない。財布もスマホも持ってはいない。自宅に置いてきてしまった。
これでは何もできないとなるみは少し呆然となる。自宅に引き返すしかないのだが、今はまだ夫と顔を合わせたくない。
地元で最大手の自動車部品製造の会社で働く夫は、まだ入社二年目の若手らしく見た目さわやか、受け答えもハキハキしていて実務能力が高いので職場で期待されているらしい。
本人から話を聞いて、なるみも立派な夫の姿に鼻高々になっていたのだが、結婚して生活を共にするようになるとそうもいかなくなった。会社帰りの夫はひどく機嫌が悪いのだ。
どちらかといえばのんびりした性格のなるみは、始めはあまり気にしていなかった。が、事ここに至って深刻にならざるをえなかった。
――毎日家にいるくせに。
先ほど、夫が言い放った一言を思い出してまた胸が痛くなる。
――もっとできる子かと思った。
失望した様子の口振りとセリフに、なるみはなぜ彼がそんなことを言うのかわからなかった。ただ言われたことがショックで家を飛び出した。
深く考えなくたってわかる。なるみは夫の言葉に傷ついた。それがすべてだ。
運転席でうなだれたなるみは、うっかりおでこでクラクションを鳴らしてしまいびくりと上体を跳ね上げた。
なにをやってるんだろう。自分が滑稽でますます涙がこぼれてしまう。
そのとき、コン、コン、と真横で音がした。ぎくっとして俯きがちなまま目を向ける。誰かが身を屈めて車内を覗き込んでいる。駐車場内の乏しい灯りで女性だとわかるが、それでも怖い。その人の口がゆっくりと動く。
「ダイジョウブ?」
それでなるみは少し緊張を解いた。店舗から出てきたばかりの女性三人が近くを通りがかろうとしていたこともあり、何かされても助けを呼べると考え思い切ってドアを開けた。
昨夜、八時をすぎてから帰宅した新婚二か月目の夫とケンカして財布もスマートフォンも持たずに部屋を飛び出し、玄関で靴を履きながらクセでクルマのキーを指に引っかけ、一連の流れのまま愛車のラパンに乗り込みマンションの駐車場を後にした。
国道に出てひたすら車を走らせ、隣接する市との境を越えたところで我に返った。自分でもどこへ向かえばいいのかわからない。
落ち着いてコーヒーでも飲もうと、通り沿いのコーヒーショップの駐車場へと入ってクルマを留めた。
そして気が付く。いつも持ち歩いているバッグがない。財布もスマホも持ってはいない。自宅に置いてきてしまった。
これでは何もできないとなるみは少し呆然となる。自宅に引き返すしかないのだが、今はまだ夫と顔を合わせたくない。
地元で最大手の自動車部品製造の会社で働く夫は、まだ入社二年目の若手らしく見た目さわやか、受け答えもハキハキしていて実務能力が高いので職場で期待されているらしい。
本人から話を聞いて、なるみも立派な夫の姿に鼻高々になっていたのだが、結婚して生活を共にするようになるとそうもいかなくなった。会社帰りの夫はひどく機嫌が悪いのだ。
どちらかといえばのんびりした性格のなるみは、始めはあまり気にしていなかった。が、事ここに至って深刻にならざるをえなかった。
――毎日家にいるくせに。
先ほど、夫が言い放った一言を思い出してまた胸が痛くなる。
――もっとできる子かと思った。
失望した様子の口振りとセリフに、なるみはなぜ彼がそんなことを言うのかわからなかった。ただ言われたことがショックで家を飛び出した。
深く考えなくたってわかる。なるみは夫の言葉に傷ついた。それがすべてだ。
運転席でうなだれたなるみは、うっかりおでこでクラクションを鳴らしてしまいびくりと上体を跳ね上げた。
なにをやってるんだろう。自分が滑稽でますます涙がこぼれてしまう。
そのとき、コン、コン、と真横で音がした。ぎくっとして俯きがちなまま目を向ける。誰かが身を屈めて車内を覗き込んでいる。駐車場内の乏しい灯りで女性だとわかるが、それでも怖い。その人の口がゆっくりと動く。
「ダイジョウブ?」
それでなるみは少し緊張を解いた。店舗から出てきたばかりの女性三人が近くを通りがかろうとしていたこともあり、何かされても助けを呼べると考え思い切ってドアを開けた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる