それはキッスで始まった

奈月沙耶

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第二話 窮鼠猫を噛む

8.神楽鈴

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 男が空地へ逃げ込む。そこで、慎也さんが張ってくれていた捕縛陣が発動した。地面から立ち上った光の柱の中に男が囚われる。
 直後、ナニモノかに操られていたにすぎない人間の男の体は地面に崩れ、ナニモノかの正体が柱の中に現れた。

 鼻先から吊るされているかのように短く小さな前足をばたばたさせ、後ろ足と長い尻尾を揺らしているのは……
「でけえよ! ネズミじゃねえだろ、ブタみたいだぞ」
「うん……」

 引きつったシモンの声を聞きながら、でも、と私は思う。これは間違いなく元は小さなネズミだったはずのモノだ。得体の知れないナニカで、ここまで大きく膨れ上がってしまったモノ。

「こいつはあの娘を嫁にでもしたかったのか?」
「それはわからないけど」
 私は言葉を濁しながら慎也さんを見る。
「慎也さん、あの男の人をお願いします。駅で取り憑かれたのだろうから駅前に」

 慎也さんはこっくり頷いてシモンとふたりで駐車してあるネイキッドに男性を運ぶと、自分も運転席に乗り込んだ。すっかり夜の闇が落ちた空き地の暗がりにヘッドライトが眩しい。

 クルマの音が遠ざかると、シモンがおい、と私を呼んだ。ネズミの抵抗が激しいのか捕縛の力が弱まっている。私はスウェットパンツのポケットから取り出した木製の指輪を右手の薬指に嵌めた。

「わが馬具わが武具、そは強靭にしてもれなく衆生を掬い上げ給う羂索(けんさく)たれ!」
 私の手の中で五色の糸をより合わせた縄が具現化し、大ネズミに絡みついてその全身を締め上げた。

〈ギ、ギギギギギィ……〉
 音は遮断されているのに、光の柱の中の大ネズミの悲鳴が聞こえた気がした。
「悪いね、すぐラクにしてあげる」
 私は薬指の指輪を左手で撫でてから、右手を振り上げる。シャアアアン! と玲瓏な鈴の音が夜気を震わせ波紋となって闇の中へと広がった。

 私の右手に具現化したのは、神楽鈴。十五個の鈴が三段に連なり短い柄に付いている。神社で巫女さんが持っているあれだ。

 清濁併せ吞む八百万の神々はそもそもコトバを持たない。そこで古代の人々は神様に美しい音を捧げた。ときに清らかに、ときに重々しく、ときに楽しく。きっと思い思いに音をかき鳴らし神懸かった人々は、浮かれ舞い踊ったのだろう。
 中でも鈴は、木の実やマメを振ると中で種子が鳴るのを模して縄文時代に作られたという。その頃の土鈴はさぞ素朴な音がしたのだろうなと想像する。
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