16 / 63
第二話 窮鼠猫を噛む
5.神明社
しおりを挟む
真正面に黒っぽいパーカー姿の男。フードを頭にすっぽり被っている。俯き加減で周りも薄暗くて顔つきはわからないけど男なのは間違いなさそう。
確認できたのはそれだけ。私が振り返るや否やそいつは傍らの家と家の隙間に飛び込んだ。え、と私は驚く。
駆け寄って見れば、二軒の住宅の間には境界のブロックだけでフェンスがなく、人が通り抜けられる幅くらいはあった。突き当りはトタンの波板の作業場みたいな建物が塞いでいて男は右か左へ抜けたのだろうか、姿がもう見えない。
それにしたって動きが素早くて静かだった。
ふうっと息をついて私はなんとなく上を見る。家と家の隙間の紺碧の夜空を見上げながらこれからの段取りを考えた。
数字の正誤は定かではないが、日本には七万社もの無人神社があるという。ひとりの神職者が複数の神社の宮司を兼任しているわけである。
住宅街にある小さな神社はむしろ無人なのがあたりまえ、そこが清浄に保たれているのならば地域住民の方々が維持管理してくれているということ。
大学のキャンパスがでんと広がる中腹から山の裾野の途中に位置する神明社も、そんな地域住民によって支えられた無人の社のひとつだった。
数年前の冬、そこへ「組織から派遣されて参りました」と一人の青年がやって来た。彼は社務所を補修し、居住空間を整え境内に住み着いた。
境内の清掃や設備の補修には気を配っていた住民たちも、本職の神主さんがいるといないとではこんなに変わるのかと目を瞠った。
寂れた社が、目には見えずとも、どんどん威光を取り戻していくのを肌で感じ取ったからだろう。彼が口にしていた「組織」というのも神社本庁かそれに類する何かなのだろうと納得した。
この辺りの警戒心のなさが田舎でもあり適度に現代化している土地ならではだと私なんかは思ってしまう。来歴ではなく、今その人が何をしているかで人を判断してくれる。みなさん人がよろしくていらっしゃるのだ。
「これからは何かあればわたしにおっしゃってくださいね」
人好きのする笑顔に魅了され、住民たちは素直に近隣の神社を頼るのをやめた。氏神の社にこんなにステキな神主さんが現われたのだから。
そして迎えたその年の春、神明社に更に住人が増えた。この上の大学に通うために親戚の家に居候する、というタテマエでやって来た女子大生。そう、それが私だ。
確認できたのはそれだけ。私が振り返るや否やそいつは傍らの家と家の隙間に飛び込んだ。え、と私は驚く。
駆け寄って見れば、二軒の住宅の間には境界のブロックだけでフェンスがなく、人が通り抜けられる幅くらいはあった。突き当りはトタンの波板の作業場みたいな建物が塞いでいて男は右か左へ抜けたのだろうか、姿がもう見えない。
それにしたって動きが素早くて静かだった。
ふうっと息をついて私はなんとなく上を見る。家と家の隙間の紺碧の夜空を見上げながらこれからの段取りを考えた。
数字の正誤は定かではないが、日本には七万社もの無人神社があるという。ひとりの神職者が複数の神社の宮司を兼任しているわけである。
住宅街にある小さな神社はむしろ無人なのがあたりまえ、そこが清浄に保たれているのならば地域住民の方々が維持管理してくれているということ。
大学のキャンパスがでんと広がる中腹から山の裾野の途中に位置する神明社も、そんな地域住民によって支えられた無人の社のひとつだった。
数年前の冬、そこへ「組織から派遣されて参りました」と一人の青年がやって来た。彼は社務所を補修し、居住空間を整え境内に住み着いた。
境内の清掃や設備の補修には気を配っていた住民たちも、本職の神主さんがいるといないとではこんなに変わるのかと目を瞠った。
寂れた社が、目には見えずとも、どんどん威光を取り戻していくのを肌で感じ取ったからだろう。彼が口にしていた「組織」というのも神社本庁かそれに類する何かなのだろうと納得した。
この辺りの警戒心のなさが田舎でもあり適度に現代化している土地ならではだと私なんかは思ってしまう。来歴ではなく、今その人が何をしているかで人を判断してくれる。みなさん人がよろしくていらっしゃるのだ。
「これからは何かあればわたしにおっしゃってくださいね」
人好きのする笑顔に魅了され、住民たちは素直に近隣の神社を頼るのをやめた。氏神の社にこんなにステキな神主さんが現われたのだから。
そして迎えたその年の春、神明社に更に住人が増えた。この上の大学に通うために親戚の家に居候する、というタテマエでやって来た女子大生。そう、それが私だ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる