それはキッスで始まった

奈月沙耶

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第一話 馬の耳に念仏

6.再訪

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 シモンはずりずりと巻き戻し映像のように雨戸を閉めて外光を遮断してある奥の間へと戻っていく。長めの前髪が乱れて顔を覆っているからサダコみたいだ。美形が台無し。

 たん、とふすまが閉まったのを見届けて慎也さんは立ち上がった。
「それでは、わたしは着替えて夕飯の支度をしちゃいますね」
 まだ神職のあさぎ色の袴姿だった慎也さんは着替えに自室へ行ってしまう。

 あーあ。せっかく似合ってるのに、いつも社務所の業務が終わるなり着替えてしまうので少しもったいなく感じる。
 動きにくいのはわかるし、ずっと着ていてほしいなーなんてアホらしいワガママを言うつもりはないけれど。だって、慎也さんてば、私が言えばホントにそうしてくれちゃいそうだから。

 グラスに残った麦茶を飲み干して私は立ち上がる。さて、私もトレーニングに励まねば。




 グーグル地図で現場を確認すると、石碑がある墓地に近い踏切を渡った少し先にコンビニエンスストアがあるのがわかって、そこまで慎也さんにクルマで送ってもらった。
「気をつけてくださいね」
 カーキのネイキッドの運転席で声を潜めて囁く慎也さんに手を振り、私はシモンを連れてくだんの小径へと昼間とは反対方向から向かった。

 コンビニの南側の踏切を渡ると線路沿いに砂利道が続いていた。少し歩いてクランクを曲がると、すぐそこがあの墓地だった。なるほどね。

 深夜0時すぎの住宅街は静かだ。昼間だって閑静ではあったけど夜の闇が音を吸収するようなこの静けさは種類が違う。
 空模様は相変わらず雲が多いようで街路の光に照らされて低い位置にある雲が白く見えた。踏切の水銀灯や点在している防犯灯の明かりでこの場所も真っ暗闇というわけではないのだが。

「臭すぎだろ、これ」
 聴覚と同じく嗅覚も鋭いシモンはすぐさまあの家屋の方へと視線を投げた。やっぱりそうだよね。
「中に人はいる?」
「わからん」
 シモンは長い前髪の間から私を睨んで口をへの字に曲げた。
「知りたきゃよこすもんよこせ」

 私は、はあっと息をついて腰に両手をあてる。織り込み済みではあるけれど、それでももったいぶって見せないと。

「いつも通りでいいよね?」
「怪物か神が相手でもなければ十分だ」
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