傷つきたくない私たちは

奈月沙耶

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第18話 好きな人

3.ときどき不安になる

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「そっちこそどうなの? 彼氏いないの?」
 祖母のつぶやきは聞こえなかったことにして由梨は姉妹に話を振る。
「いないいない」
「でもあたし、気になってる人はいるよ」
 従妹たちの耳にも入っていただろうに空気を読む優等生な彼女たちは、話を合わせてきてくれた。



 夕食を食べていけと言われたが断った。従妹たちがのんびりしているということは後から叔母がやって来るのかもしれない。捕まったら面倒だ。バスがなくなってしまうからと理由をつけて、由梨は祖母の家から逃げ出した。

 夏の日はまだ高い。まだ暑い。夕方になって風が出てきた分、来たときよりも楽だったが。
 駅に向かうバスに乗る。坂道を下る。小田の家の酒屋が目に飛び込んでくる。本人はまだ会社にいるはずだ。今日もパソコンの前で四苦八苦しているだろう。それを睦子が助けているのだろう。

「……」
 自分には何があるんだろう。不意に思って、由梨は頭がくらりとしてしまう。さっきの祖母の言葉に悪意はない。わかってる。祖母の感覚で思ったことを口に出しただけだ。由梨を否定したわけじゃない。だけど悲しい。
 自分はちっぽけで何も持っていない。親は頼りにならず親戚とも距離ができてしまった。だからといって自分一人で何ができるわけでもない。工場でアリのように働いて、自分一人の生活を支えるだけで精いっぱいだ。
 仕事がある。友だちがいる。母親だってあんなだけど、病気したりしないだけ儲けものというものだ。それだけで充分だと思ってる。だけどときどき不安になる。

 涙が出そうになって由梨は堪える。震える口元を押さえる。バスが駅に着いて電車に乗り込むときには、なんとか平常心に戻った。
 一駅で電車を降りて、駅前の駐輪所から自転車を引き出す。大通りを自宅に向かって走り出す。

 大きな交差点の角のフライドチキンのお店ののぼりが目についた。ちょうど信号待ちになったから凝視する。
 実は行きにも気になった。フライドチキンのボリュームパックが、三十パーセントオフのセール中らしい。普段だったら迷わず飛びつくところだが、今の気分では迷ってしまう。

「食わないっすか?」
 突然話しかけられ、自転車ごと飛び上がりそうになった。
「あ、おつかれ……」
「食べないの? また分けましょうよ」
 白井がもう一度尋ねてくる。
「……そうだね」
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