傷つきたくない私たちは

奈月沙耶

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第13話 世知辛い

2.雨

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 話が終わって睦子とふたりで階段を上がっていく。居室から検査係の色黒の係長が出てきた。手振りで合図して睦子と喫煙ルームに向かう。
 由梨は退社の挨拶をしてひとりで更衣室に入った。

 着替えを終えて廊下に出る。上履きを脱いでいると、突然雨音が響いてきてびっくりした。靴を履きながら玄関扉から覗いてみる。
 外は土砂降りの雨だ。ついてない、傘を持っていない。待っていれば止むだろうか。

 どうするか考えあぐねていたところに、男子更衣室から小田が出てきた。
「まだいたんだ」
「うん」
「雨?」
「そうだね……」
 上の空で返事を返す。ぽんと肩を叩かれた。

「由梨ちゃん自転車なんだよね。送っていこうか?」
「う……」
「自転車置いてくと困る?」
「……歩ける距離だから大丈夫だけど」
「止まなさそうだよ。乗ってきなよ」
「……」
「あ。少し弱まったよ、今のうち」

 急かされて外階段を駆け下りてそのまま走る。ゲート前の守衛室の軒下にいったん入ってICカードを翳した後、再び雨脚が強くなった雨の中を駐車場に向かって走った。
「乗って乗って」
 見覚えのある紺色の中型自動車の中に押し込まれる。しまった、助手席に乗ってしまった。バーベキューの日にこのシートに座っていた女の子の顔を思い出す。

「由梨ちゃんちって白井くんちの近くなんでしょ」
「うん……」
 またどこから漏れた情報やら。エンジンをかけてサイドブレーキを外しながら小田は少し笑った。
「こないだ白井くんのマンションに行ったときむっちゃんが言ってた」
 そんなことだろうと思った。シートベルトをかけて由梨は大型スーパーのある通りをまっすぐ行ってくれるよう頼んだ。

 緊張気味に黙り込んだまま由梨は前方を見つめる。小田も無駄口はきかなかった。十分程度で由梨のアパートのある路地に着く。
「近いね」
「うん」
「明日朝平気? 良かったら拾いに来てあげようか」
 シートベルトを外してお礼を言おうとしていた由梨に向かって、小田が身を乗り出す。
「朝も雨がひどかったら大変じゃない?」
 茶色の瞳が近い。たいした顔でもないのに目がキレイなのだ、この人は。

「……通勤に困るときにはむっちゃんが連絡してって言ってくれてるから」
「そっか」
 小田はいたずらっぽい顔のまま顎を引いて笑った。
「でも、むっちゃんちは方向が逆でしょ。僕なら通り道だから……」
「大丈夫。ありがとう」
 きっぱり言って由梨がドアに手をかけると、一瞬唇を引き結んだ後で小田はにこりと笑った。
「お疲れ」
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