私とラジオみたいな人

あおかりむん

文字の大きさ
上 下
29 / 29
番外編

しんねん【新年】

しおりを挟む


しんねん【新年】新しい年。



『年末年始なんだけどさ』年末も差し迫った冬のある日、肇様は帰ってくるなりとても嫌そうにそう言ってじっとりと私を見ました。年末年始とはお客様がたくさん来て皆さんとても忙しくなるので私は部屋からできるだけ出てはいけない日のことです。私が頷くと肇様は『さすがに本家に行かないといけないんだよ。不本意ながら長男だしな。お盆はなんやかんや誤魔化せたが正月はどうにもならなかった。すまない』と謝りました。年末年始に肇様がご実家で過ごすのならその間少し寂しくなるなと思いながら頷くと肇様は眉を顰めて私に近付き『念のため言っておくが、いつきも一緒だからな』と言いました。部屋から出てもいいどころかご実家に連れて行ってもらえるという二重の驚きに目を丸くしていると肇様は『いつきは僕の妻としての自覚が足りない。君はもう篠花家の人間なんだから一緒に行くに決まっているだろう』と少し拗ねたふうに言いました。
 肇様はご両親と弟さんとは別のお家に住んでいるので私も皆さんとお会いする機会は頻繁にはありません。ご家族の住む本家に月に一回ほど夕飯にお呼ばれするのと、お花の稽古で肇様のお母様と一緒になる事があるくらいです。肇様のご家族は肇様ほどではありませんが皆さんよく喋るのでその賑やかな場を私はこっそり楽しみにしているのです。『仕事があるから行くのは大晦日の昼くらいになると思う。年明けには親戚どもが集まって朝から晩まで大騒ぎだ。長男の僕とその妻の君は問答無用で社交辞令祭りだ。まあ普段本家から離れて楽をしている分、正月くらいは愛想笑い地獄に耐えねばな。そうそう、いつきのことを子猫よりも好奇心旺盛な親戚どもの目から遠ざけていた結果、今回の正月が実質君のお披露目になってしまった。祝言では形式的な挨拶しかさせなかったが、君がとびきりの美人だということはとっくに知られてしまっているからな、僕の実家とはいえくれぐれも一人にはならないようにしてくれ。両親も心得てくれてはいるが、僕より始末に負えん連中もいるからなあ。連れて行きたくないなあ。すっぽかして寝正月でもするか?』と捲し立てた肇様に私は首を横に振りました。今まであまり意識する機会はありませんでしたが私は篠花家の長男の嫁なのです。最初こそ紗世様の身代わりでしたが、今や肇様とずっと一緒にいると決めたのです。ならば嫁らしい仕事もきちんと頑張らなければいけないと思うのです。私はそういう考えをひっくるめて『頑張ります』と肇様に伝えました。肇様は驚いた顔をした後、みるみる表情を曇らせて『なんだか凄く気負っていないか? 僕の妻になってくれただけで両親的には大満足だし、その他の親戚なんて適当にあしらっておけばいいんだからな?』と言ったので私は深く頷いてもう一度『頑張ります』と繰り返しました。『心配だ』『本当に連れて行きたくない』とぶつぶつ言いながら私に抱きついてきた肇様を引き剥がしながら私はこれまでになくやる気に満ち溢れていました。

『紗世さん、よく来てくれたわね。お正月はちょっと大変だけれど、きちんと教えますから大丈夫よ。でも辛くなったらすぐに言ってちょうだい。初めてでうまくできなくても恥ずかしいことなんて無いんですからね』『そうだぞ。なんならもう帰りたいかい? 帰りたいよな。今日は泊まらずに帰ろう』『お黙りなさい肇さん。大切に仕舞い込んでよそに出さないのが優しさだとでも思っているんですか。あなたがお父様の跡を継いだら紗世様が家内を取り仕切らなければならないんですよ。そうなった時に何も知らないで一番苦労するのはあなたではなくて紗世さんなんですからね』『親戚付き合いなどやめてしまえばいいんだ。面倒事ばかりでほとんど役に立たない連中だろう。僕はこの子にいらん苦労をさせるのが嫌なだけだ』『またあなたはそんな子どもみたいなことを言って! 親戚の皆さんがいらっしゃるから篠花家はこうして困窮することもなく暮らせるのですよ。人との縁は目に見える利害関係だけで推し量れるものではありません!』『母さんの言いたい事はわかるが、僕は血の繋がりだけで重んじられて当然という態度を取る奴らを尊重しようという気をどこから起こしたら良いか見当がつかないだけだ。そもそも祝言の時に──』と本家を訪れるなり肇様と肇様のお母様──鞠子様が言い争いを始めたので私は肇様の上着の袖を引きました。ぱたりと喋るのをやめてこちらを見た肇様に向かって首を横に振ると肇様は顔を顰めて黙りました。鞠子様の方は肇様のお父様の憲次様が肩を抱いて宥めつつ『まあ、いずれにせよほどほどにやり過ごそう』と言いました。
 本家にはすでに昨日の内に到着されている方もいらっしゃるらしく、肇様と一緒にご挨拶をしました。祝言の時に紹介いただいていた方がほとんどでしたから、その時に聞いたお名前と続柄を言うと嬉しそうにしてくれたので挨拶する方全員にそうしました。挨拶が終わると鞠子様に篠花家の年末年始の用意について教えてもらいました。私は年末年始を部屋の外で過ごした事がないので、世間様はこんなにも色々と苦労をしていたのだと驚きました。肇様に恥をかかせてはいけないと事前にお正月について調べてはいたのですが、篠花家には篠花家の決め事が多くあるようで私は鞠子様の説明を聞き逃さないように随分と集中して話を聞いていました。時々肇様がふらりと様子を見に来ましたが、肇様は鞠子様のお話を遮ってばかりなので邪魔はしないでほしいと少し怒りました。大晦日はそうして日付が変わるくらいまでばたばたとしていて『明日からが本番ですから頑張りましょうね』と言う鞠子様に見送られてようやく床に就けました。肇様は寝ずに私のことを待っていてくれて『やっと解放されたか。母さんが張り切り過ぎてすまない。家中のことには僕もあまり口出しができなくて』と謝りました。私は首を横に振って鞠子様は優しいので大丈夫だと答えました。そして篠花家のことを教えてもらえるのがここにいても良いのだと言われているみたいに思えて嬉しいということを上手く言えませんでしたがなんとか伝えました。すると肇様はぐにっと口元を曲げてから私の手を引いて腰に手を回し身体を引き寄せました。肇様の膝の上に乗る格好になると顎を指先でそっと掬われてくちづけをされました。数度唇を食んでから顔を離した肇様は私をじっと見つめて『いつきがそう思えているならいいけど少しでも嫌な事があったらすぐに言って。僕は篠花の家よりいつきの方が遥かに大事だから』と言ってくれました。私は嬉しいやら恥ずかしいやらで顔が熱くなりながら何とか笑って頷きました。すると肇様は顔を顰めて呻きまたくちづけてきました。歯の隙間から肇様の舌が差し込まれて口の中をくすぐられると背中がぞくぞくと震えました。明日は早朝からお客様をお迎えする準備をしなくてはならないので、このまま睦事になだれ込むのは困ると思い、くちづけの合間に肇様の名前を呼びました。肇様は止まってくれましたがしばらく私の顔を見つめながら『かわいすぎる。親戚だろうと他の男に見られたくない。連れて帰りたい』と据わった目で呟くので私は肇様の肩を押して腕の中から抜け出るとそそくさと自分の布団に潜り込みました。肇様も早く寝るようにと布団を鼻先まで引き上げたまま睨むと『やっぱり寝正月がよかった』と文句を言いながらもご自分の布団に入ってくれました。ほっとして目を瞑るとあっという間に意識が落ちてしまいました。
 翌日、肇様のご家族に新年のご挨拶をし、お雑煮を食べてからいよいよ親戚の方々が次々にやって来ました。ご挨拶は昨日でやり方がわかっていましたし、肇様も隣にいてくれたので上手くできたと思います。大勢集まった親戚の皆さんは昼には大広間に全員集まって食事となりました。昼ではありますがお正月という事でお酒も振る舞われました。肇様はあっという間に親戚の男の人達に囲まれてずっと賑やかに話をしていたようでした。肇様は親戚の方々をあまり良く言いませんが、はたから見るにどうも好かれているようでした。私はたまに肇様のところに呼ばれて親戚の男の人の話に笑ったりしつつ、鞠子様と一緒にお酌をして回ったり親戚の女の人のお話を聞きながら少し食事をしたりしました。昼食の時間が何となく終わる雰囲気になるとあちこちで数人ずつ集まってお酒を飲んだりお正月にする遊びや習字をして皆さん楽しんでいる様子でした。私は鞠子様に夜の宴会の準備について教えてもらうなどしていました。ただ廊下や座敷を通りかかると必ず誰かに呼び止められて輪の中に入ることになるのでなかなか一休みする時間が取れず夜の宴会が始まる頃には随分とくたびれていました。夜にはいつの間にか昼間より人数が増えていてより賑やかな宴会になりました。肇様の『朝から晩まで大騒ぎ』という言葉の意味がここに来て分かった気がしました。昼を過ぎたあたりから肇様とは話をできていなくて大体一番賑やかなあたりの中心に姿を認めるのみでした。私はその輪に近づく勇気が出なかったので一通りお酌を終えると広間の隅に座って皆さんが楽しそうにしているのを聞いていました。以前は漏れ聞こえる楽しそうな声にじっと耳を澄ますばかりでしたが、今はこうしてその中に入れてもらえているのが嬉しくて多分ずっと締まりのない顔をしていたと思います。夜は一人でお酌に回っていたので、お酒を断れずいくらか飲んでいました。お酒を飲んだのは初めてで、苦くて喉が焼けつくみたいなのであまり美味しいとは思えませんでしたが、ふわふわとしてなんだか楽しい気分になっていました。
 皆さんのお話を聞きながら少しずつお節料理をつまんでいると、女の人が三人こちらに近づいて来ました。私と同じくらいの齢の方達だと思います。彼女達は私の目の前で内緒話をした後、真ん中の方が『肇さんの奥さんの紗世さんですよね?』と尋ねてきたので私は頷きました。問うたのは声から肇様のの方だと分かりましたが、他のお二人はおそらくまだ紹介されていない方でした。私はご挨拶をして名乗りましたが、よろしくとだけ言われて名前は教えてもらえませんでした。『わたしずっと紗世さんとお話してみたかったんです。ほら、お盆には本家にいらっしゃらなかったから、どんな人なんだろうってみんな噂してたんですよ。だって普通は嫁入りしたら親戚行事には参加するものではないですか』と言われたので、私はあらかじめ肇様に言われていた通り、肇様のお仕事の都合がつかなくて参加できなかったと答えました。すると彼女達はまた三人で顔を寄せ合ってくすくす笑ってから『肇さんにそう言えって言われたんですか? 肇さんったら相変わらずそういうところは優しいのね』と言いました。私もそう思ったので笑って頷くと、はとこの方は一瞬黙ってから『そうそう、肇さんはちゃんと旦那様をできていますか? 昔からちょうちょ以外は興味なくて適当だからわたしずっと心配で。もし紗世さんが困ってたらわたしから言ってあげましょうか?』と言いました。私ははとこの方の顔を見た後、後ろでくすくすと笑っているお二人をみて首を横に振りました。ふいに私を見ながら内緒話をする誠一郎様と香織様のことを思い出して胃の辺りがすっと冷たくなりました。はとこの方は私が首を振ったのを見て『そうですか? でもいつでも相談してくださいね。肇さんとは小さい頃からよく遊んでいて妹みたいなものなので遠慮なく何でも言えますから』と言って笑いました。『肇さんのお見合いがいつまでもうまくいかなかったら最後はこの子と結婚させようって話だったんですよ』と後ろにいた方が口を挟むと、はとこの方は『やだ、今はそれ関係ないでしょう』と戯れに怒るふりをしました。私は彼女達が私と話に来たのではなく、そのことを言いたかっただけだと思ったので膝に視線を落として俯きました。こういう時は変に口答えせずに黙っている方が早く済むと知っていたからです。『ちょっと、余計なこと言うから紗世さん落ち込んじゃったじゃない』『ええ? 済んだ話だから良いかと思って』と楽しそうに話す彼女達の声を聞きながら私はじっとしていました。すると突然『ねえ君たち』と肇様の声がしました。胃の辺りがずっしりと重たかったのが一気に吹き飛んだ気がして私はすぐに顔を上げました。しかし、そこにいたのは肇様ではなく全く知らない男の人でした。その男の人は子どもを二人背負い周りを三人の子どもに懐かれながら、はとこの方達に『もしかして嫁いびり?』と愉快そうに笑って聞きました。すると彼女達は『いやだわハルタダさん。私達そんなことしないですよ。ちょっと紗世さんとお話ししていただけだもの』と言ってすぐに立ち去りました。広間から出ていく彼女達の背中を見送ってから私はハルタダさんと呼ばれた男の人を見上げました。この人とも初対面だったので自己紹介をして彼女達との間に入ってくれたことにお礼を言いました。ハルタダさんは『どういたしまして。俺は春忠です。実の母は鞠子さんの妹だから肇とは従兄弟なんだけど、母の嫁ぎ先から養子として篠花に戻されて今は、ええと、祖父の兄弟の子どもだから、何で呼ぶかわかんないけどそんな感じ』と肇様と同じ声で肇様よりも柔らかくゆっくりとした口調でそう言いました。春忠さんはそのまま私の隣に腰掛けると子ども達に『春忠さん、さっきのもう一回やってください』『ねえ、座らないで。立ってください』と口々に言われるのを意に介さず『よし、春忠さんが似顔絵を描いてやろう』と言って懐から小さい帳面を取り出しました。子どもの一人を正面に座らせるとさらさらと鉛筆で何か書きつけてゆきました。ものの数分で『できた』と言うと子ども達と私に帳面を見せてくれました。そこには正座した子がそのまま描かれていました。うわあと歓声を上げる子ども達に混じって私も思わず声が出ました。春忠さんはそのページをちぎって子どもに渡すと一人ずつ順番に絵を描いていました。ひと通り子ども達を描き終えた春忠さんはおもむろにこちらを向いて『次は紗世さんね』と言いました。私は驚いて首を横に振ったのですが、春忠さんは『じっとしてるだけで良いよ』と言うし、子ども達も『描いてもらいましょうよ』と楽しそうなので私は仕方なくお節料理の乗ったお膳の縁に視線を合わせてじっとしていました。肇様以外の人にこんなに見つめられる経験がなくて居たたまれず目を瞑ってしまうと春忠さんは『そんなにカチコチにならなくても大丈夫だよ』と笑いました。そして独り言のように『紗世さん、絵になるなあ。俺も本気になっちゃいそう』と呟いたのでどういうことかと春忠さんの方に顔を向けると笑みを消してこちらを射抜く強い視線に晒されて思わず目を逸らしてしまいました。『春忠さんは画家の先生なんですよ』と私に教える子どもの声に春忠さんは『そんな大層なもんじゃないよ。ただのそこそこ売れてる絵描きです』と言っていました。軽い調子の口調とは裏腹にちりちりと肌に刺さるような強い視線を向けられて私はとても緊張してしまいました。そのせいかひどく喉が渇くのですが、飲み物がお酒しかないので仕方なく美味しくないお酒で喉を潤わせながら絵が描き終わるのを待っていました。そのうちただ座っているだけなのに段々と心臓がばくばくとし始め視界がふわふわとしてくるのを不思議に思っていると『できたよ』という春忠さんの声が聞こえました。私は畳に手をついて春忠さんの手元の帳面を覗き込んでから顔を上げてとても上手だと笑って褒めました。春忠さんは私の顔を見下ろしながら何度か瞬きをした後『紗世さんさ、俺の絵のモデルやってくんない? 肇はちゃんと説得するから』と言いました。私は『モデル』が何か分からなくて首を傾げました。心臓がばくばくして苦しいです。視界がぐるぐるとしながら徐々に暗転していき自分の上下が分からなくなったと思ったら誰かに抱き留められました。『うわ、大丈夫? 飲み過ぎ?』とすぐ近くで肇様の声がしました。それに安心して胸の前に回った腕に手を添えた時ぐいと強い力で肩を引かれて次は正面から抱き締められました。『春忠。人様の妻にまで手を出すな。節操のない』とまた肇様の声がしました。その言葉に『人聞きが悪いな。隅っこで一人でいたから声を掛けただけだよ』とまた肇様の声が返しました。胸に押し付けられている顔をもぞもぞと上げるとすぐそこに肇様がいたので、私は久しぶりの肇様だと思って首にぶら下がるように両手を回してしがみつきました。その後も肇様は何か色々と喋っていましたが、すぐに私を抱え上げて広間から連れ出してくれたようでした。徐々に宴会の賑やかさが遠ざかって周りが静かになったところで『春忠と何を話していたんだ?』と肇様にしては少ない言葉数で問われました。私はふわふわとする頭で記憶を遡って『ねえ君たち。もしかして嫁いびり?』から『隅っこで一人でいたから声を掛けただけ』までを肇様に言いました。すると肇様はその場で立ち止まって『いや待て。聞きたいことが山ほどあるぞ。ええと、まずモデルは駄目だ。絶対に駄目。春忠と二人きりになるのも駄目。あいつはテイソウカンネンがなっていないんだ。あと嫁いびりってなんだ? どこの馬鹿がそんなことをしでかしたんだ? 一体何を言われたんだ、春忠が君のことを助けたのか? 僕がいないところで?』と捲し立てました。春忠さんの言った『嫁いびり』は、はとこの方が私に言ったことを指しているのだと思うので、春忠さんの言葉と同じく言われたことを肇様にそのまま伝えようとしたのですが、なんだかうまく話せなくなってしまって私は黙り込みました。『い、言えないほど酷いことを言われたのか? わかった、じゃあ誰に言われたかだけ教えてくれ。僕の妻をいびるだなんてとんでもない愚行をした軽率さを絶対に後悔させる。名前がわからないならどんな見た目だったかだけでいいよ。男か? 女か? 歳は?』と廊下の真ん中で捲し立て始めてしまった肇様に私は急激に酔いが覚めていくのを感じました。肇様を見上げて弱い力で胸を押すとすんなりと降ろしてくれました。『大丈夫か? 歩ける? 無理しなくて良い。酒など飲んだのは初めてだろう? すまない、そばにいてやれなくて。春忠なんぞに触られて不快だったろう。おいで、抱えてあげるから』と物凄い早口で喋る肇様の腕を掴んで寝泊まりに使っている部屋へ引っ張っていきました。『あんなに酔いが回っていたのにもう動けるのか、結構酒は強いんだな。初めてなら一緒に飲みたかった。酔って赤くなったかわいい顔を最初に見られなかったなんて最悪だ、末代までの恥だ。だから正月なんて参加したくなかったのだ。せっかく仕事が休みなのにいつきと過ごせる時間は少ないし、いつきは僕がいない隙に嫁いびりになど、あっ! そうだ、いつきをいびったのはどこの誰なんだ。なんなら明日にでもクビジッケンをするか、どうせ正月は時間が有り余っているのだし余興にもちょうど良いだろう。僕は犯人を見つけられるし、犯人は己の愚かさを親戚中に知られるのだからな。良いことしかない。なあ、いつき』と息継ぎさえ少なに捲し立てるばかりか声を潜めもせずにいつきと呼ぶので私は内心ひやひやしながら歩調を早めました。ちらりと肇様を振り返って様子を窺うと顔だけでなく首まで赤くなっていて随分酔っ払っているのが見て取れました。喋り続ける肇様を引っ張って何とか部屋までたどり着くとすぐに肇様の背を押して中へ入れ自分も後に続いて部屋に入り後ろ手で襖を閉めました。早足で動いたせいでまた頭がくらくらとするのを感じながら、物騒なことをさらさらと言い続ける肇様を見上げました。ここで私がきちんと説明をしなければ、はとこの方が明日にも吊し上げられてしまいます。意地悪を言われたのは事実ですが吊し上げなんてして肇様が親戚の皆さんの顰蹙を買う方が嫌でした。なので私は、はとこの方はあくまで私を気遣ってくれたのだと肇様に言いました。私が困っていたら代わりに肇様に注意してくれる、妹みたいな存在で結婚の予定まであったから遠慮はいらない、と言われたことを繰り返している内に何だか泣きたくなってきてしまいました。私もまだ酔いが回っていたのかもしれません。考えていることがそのままぽろぽろと口から出て来てしまうのを止められませんでした。私なんて肇様とお会いしてまだ一年も経っていませんし、きちんと夫婦らしい間柄になれたのなんてつい最近のことですから、小さい頃から親しいというあの方のほうが私よりずっと肇様をご存じなんでしょう。私は俯いて自分のつま先を見つめながらぎゅっと唇を噛み締めました。出会う前の肇様を知ることは絶対にできません。けれど今は、そしてこれからも私は肇様の妻なのです。ああいうふうに私よりも肇様のことを知っているし仲も良いのだと言われるのは、とても嫌でした。しどろもどろにそう言ってから私は何も言わないでいる肇様に謝りました。肇様の誰に何を言われたかという質問にも答えられていませんし、はとこの方をきちんと庇うこともできていません。ただ自分の思ったことを垂れ流しただけの意味のない時間になってしまったと思ったからです。自分が恥ずかしくて俯いたままでいると肇様がぽつりと『やきもちを焼いたのか?』と言いました。私は思わず顔を上げて首を横に振りました。やきもちなんて焼いていません。ただ私が自分を情けなく思ったという話のはずです。しかし肇様はゆっくりと私と距離を詰めると大きな手を私の首筋に当てて『やきもちだよ』と声を潜めて言いました。肇様は親指で私の顎の線をなぞりながら続けます。『はとこが僕のことを馴れ馴れしく話すのが嫌だったんだろう? 彼女がいつきの知らない僕を知っているのが嫌だったんだろう? 自分が妻なのにと悔しかったんだろう? そんなのはまごうことなきやきもちだ』と先ほどまで早口で捲し立てていたのが嘘のように低く掠れた声でそう言うとそのまま私にくちづけました。そっと触れただけで離れてしまった唇を無意識に目で追ってから肇様がうすら笑ったのを見て私は頭が沸騰しそうになりました。やきもちなんて傲慢な気持ちが私の中にあったのだと気がついてどうしようもなく恥ずかしくなりました。私はくるりと振り返って後ろ手に押さえていた襖を開けました。とにかく少し冷静になる時間が欲しかったのです。そのためには肇様を視界から外さねばなりません。部屋から一歩出たその瞬間、後ろから腹と胸に腕が回り、また部屋に引き摺り込まれました。そのまま目の前で襖がゆっくりと閉じて薄暗い部屋に閉じ込められたのをまざまざと見せつけられました。私は反射的に逃れようと身体に回った腕を剥がそうとしましたがびくともしません。それどころか胸元を押さえていた腕が上がってきて顎を掴まれました。ぐいと横を向かされたかと思うと、がぶりと唇に噛みつかれました。歯の隙間からあっという間に熱い舌が口の中へと入り込み、私の舌を絡めとりました。熱くぬめる肇様の舌は私がどこをくすぐられるのが好きかよく知っていて、上顎を舌先で撫でては舌の付け根を掬われてしまえば一度は落ち着いたはずの心臓がまたばくばくと鼓動を始めました。私はそれでも肇様から逃げようとして手探りで襖に触れ前に踏ん張りましたが、ぐいっと身体を横に引きずられた次の瞬間には上半身がひんやりと固い壁に押し付けられました。肇様と襖横の壁に挟まれる格好になっていよいよ身動きが取れなくなってしまいました。どうやっても逃げられない状況になってしまったのにどうしてか恐怖ではなく身体の芯が熱をもつのを明確に感じました。顎を掴まれたまま口の中を好き勝手に動く肇様の舌の感触にぼうっとしていると、ばさりと音がして帯が落ちました。どきりとして少し思考を取り戻すと肇様が片手で帯の下の伊達締めを解こうとしているのに気が付きました。私は途端に我に返ってまだ宴会の真っ最中だとか、明日もあるのにとか考えてしまって必死で首を横に振りました。肇様は着物を脱がす手を緩めないまま一度くちづけをやめ、そのまま唇を私の耳にぴたりと当てて『いつき、したい』と吐息とともに吹き込みました。私はぞくぞくとした震えが耳から全身に伝わるのに耐えながらまた首を横に振りました。その間にも伊達締めを解かれて着物を剥がされました。なけなしの抵抗として襦袢の合わせをぎゅっと握っていると、肇様は私の手の甲を指先でなぞりながら『僕もやきもちを焼いたよ。いつきを春忠なんかに触らせたくなかった』と言いました。その言葉に私はどきりと心臓が大きく跳ねたのを感じました。肇様の顔を見たくて振り返ろうとしましたが肇様は私の肩口に擦り寄るように顔を埋めてしまいました。両腕で抱き竦められているせいで密着した背中からは肇様の身体の熱と大きな鼓動が伝わってきます。それは何よりも雄弁に肇様の気持ちを私に伝えているように思えて、胸がぺちゃんこになったかと錯覚するくらい痛くて切なくて息がうまく出来なくなりました。そんな私を全身で抱き締めたまま肇様はどこか苦しそうに言いました。『いつき、好きだよ。愛してる。いつきしか好きじゃない。僕の妻はいつき以外あり得ない。欲しくない。お願い、もっと触りたい。僕しか触れないいつきの一番深くに触らせて』そう懇願する肇様の声に私はつんと鼻が痛み、気付けば小さく頷いていました。襦袢の合わせを押さえていた手をゆっくりと解くと肇様の手が襦袢の下に潜り込み乳房に直接触れました。感触を確かめるようにゆっくりと肌を撫でられて鼻にかかった声を出してしまいながら震えそうになる身体を支えようと壁に両手をつきました。酔いのせいなのか、身体が酷く熱くてじっとしていられないくらい胸の奥がじんじんと痛む気がしました。肇様の手の動きに合わせて乳首が襦袢の内側に擦れる度に泣きそうな声が出て腰が動いてしまうのですが、ぴったり後ろにくっついている肇様にお尻を擦り付けるような格好になってしまいます。どうしようもない羞恥に襲われて額を壁につけて耐えようと唇を噛み締めたところでずっと触れられずにいた乳首をくりくりと摘ままれて思わず大きな声が出てしまいました。咄嗟に肇様が私の口を手で押さえ『すまない、外に聞こえるかもしれないから』と耳元で囁かれました。吐息交じりの肇様の声にさえもぞくぞくと快感が背骨を這うので、なんとかやり過ごそうと身体をよじろうとするのですが壁に押さえつけられていては中々思うように動けません。不自由さも相まって身体がごく弱い刺激さえも余すことなく快感として拾い上げてしまう感覚に段々と焦って来て私は乳房に触れる肇様の手を掴んで精一杯首を捻って振り返ろうとしました。肇様は私の動きに『ん?』と疑問符を吐きつつ顔を覗き込むと、あろうことか乳首をぎゅうと強くつねりました。突然の痛みと同時に襲い来る強い快感に私は口を塞がれて声も出せぬままぶるぶると全身を震わせました。私の胸をいじめながら肇様はとても楽しそうに『ちょっと痛いのがきもちいいな?』と言いました。カッと羞恥が駆け上って私は必死に首を横に振りましたが、肇様は『いつきは嘘つきだ』とくすくすと笑いながら胸元から手を離すと襦袢をかき分けて秘所へ直接触れました。指先が割れ目を這うと腰が後ろへ逃げますが、また肇様の腰にお尻を押し当ててしまうだけで頭が沸きそうになります。肇様は指を前後に動かして割れ目をやさしく撫でながら『ほらすごい濡れてる。自分でもわかるだろ?』と言われて私はもう訳がわからなくなって涙が出て来ました。膣の入口に浅く指先を埋めては溢れる愛液を纏わせて割れ目と陰核をゆっくりと撫で擦られました。汗が吹き出て肩で息をしながら肇様の手を挟み込むように太ももを擦り合わせていると指がつぷりと膣に突き立てられました。濡れそぼったそこは少しの抵抗もなく肇様の指を飲み込み、腹側の内壁を押し込まれると一気に強い快感が押し寄せて何も考えられなくなりそうでした。こんな立ったまま壁に押さえつけられて意地悪を言われてよがっている自分がとてつもなくはしたなく思えます。しかし夜毎私を慣らしている肇様の指はいとも簡単に私から深い快楽を引き出しあっという間に絶頂が迫って来ました。絶頂の予感にぐっとしなる身体を肇様は壁に押しつけて『早いな、もういくのか?』とわざとらしく問いました。私はがくがくと頷き、ぎゅっと目を瞑って絶頂を迎えました。ほとんど身動きが取れない状態で私は全身を何度か大きく跳ねさせながら快楽に飲み込まれました。口を肇様の大きな手で塞がれて酸欠気味の頭でただ身体を包むふわふわとした快楽に浸っていたのに、膣に埋められたままだった指が再び動き出しました。手のひら越しにくぐもった悲鳴を上げると肇様は『かわいい。もっと見たい』と恐ろしいことを言いながら耳孔に舌を差し入れて来ました。まだ絶頂の余韻にある中を容赦なく擦り続けられて足ががくがくと震えて立っているのが辛くなってきました。あまつさえ肇様は中で指を動かしながら手のひらで陰核を押し潰すのですぐに次の絶頂が近づいてきました。これほどまでに間を置かずに絶頂に追いやられた経験が無く、私は強すぎる快楽に恐怖さえ覚えました。しかし肇様は私の中を責め立てるのをやめず、それどころか耳孔に幾度も舌を抜き差ししてあられもない水音で頭蓋を満たすのでみるみる全身が強張り息が出来なくなってきました。そして肇様の手に秘所を押しつけるように腰を手前に出して再び絶頂しました。その瞬間かくんと足から力が抜けてその場に崩れ落ちそうになったのを肇様の両手が腹に回って支えられました。汗だくになってびくびくと震えることしかできない私は目の前の壁に縋りつきながら肩で荒く息をしていました。まだ震えがおさまらないうちに肇様が私の腰を支えて持ち上げ自分で立つように促されました。力の入らない足で壁を支えに何とか踏ん張ると襦袢をたくし上げられて足を開くように内腿に手が添えられました。足の間に熱く硬いものが触れて私は思わず振り返りました。立ったまま、しかも後ろからでなんてされると思ってもいなかったからです。肇様は真っ赤な顔で私を見つめ返しました。目をぎらぎらとさせて息を荒げ、何も言わずに私を見つめていました。待ってくれているのだと思いました。流された方が楽なのに、後で文句の一つでも言ってやれば私はそれで良いのに、肇様はいつも最後は私に判断を委ねるのです。──怖がりでずるい人。私はそう思いながらできるだけ腰を捻ると肇様の二の腕に内側から片手を絡めて引き寄せました。近くなった肇様の顔に自分の顔をくっつけて『声が出てしまうから口を塞いでいてください』とお願いしました。すぐに私の唇は肇様のそれに覆われて腹に回っていた腕が腰を掴みました。膣に肇様の陰茎が押し当てられ、ゆっくりと入って来ました。その焼けるような熱にざわざわと全身に鳥肌を立てながら私は肇様と舌を絡め合っていました。陰茎が私の内側を割り開き奥へと入り込んでくるのに従い押し出されるように出た声は全て肇様が飲み込んでしまいました。まだるい速度で埋められてゆく陰茎はいつもより奥へと進み、お尻に肇様の腰が当たった時には未だ触れられたことのないところまで押し入られていました。先端が腹の底を押す未知の感覚にくちづけの合間に浅く息をしていると、中に陰茎が馴染んだのを見計らった肇様が少しずつ腰を動かし始めました。ゆっくりと入り口近くまで抜いては、敏感な内壁を擦りながらまた一番奥まで突き入れらるのを幾度も繰り返されました。奥を押されるたびに全身を激しい快感が突き抜け、悲鳴を上げそうになってしまいます。次第に抜き差しが速まってくると、動きづらかったのか、肇様はずっと続けていたくちづけを解いてまた手で口を塞ぎました。深く挿入されたまま一番奥を一定の速さで小突かれて私は肇様の手の下でずっと音にならない悲鳴を上げ続けながら、訳も分からず首をぶんぶんと横に振りました。途方もない快感を受け止めきれず勝手に前に逃げる腰を肇様の手でぐいと引き戻されては陰茎を奥に押し付けられてしまいます。耳の後ろに感じる肇様の呼吸がどんどん荒くなるにつれて腰の速度も速くなっていきます。内腿が勝手にぶるぶると震え、全身に力が入ってゆくのが分かりました。もう自分の意思では声をとどめることが出来ず肇様に口を塞いでもらってよかったと思いました。呼吸が引き攣って腹の奥に重だるい快感が急激に膨らんでゆく感覚が恐ろしくて腰を掴む肇様の手に自分の手を重ねると、肇様は私の手を握りこんでそのままぎゅっと抱き締めてくれました。肇様がうわ言のように何度も私の名前を呼ぶたびに胸がぎりぎりと締め付けられ、もう死んでしまうと思った次の瞬間に腹の奥で重たい快感が弾けて私は頭が真っ白になりました。二、三度大きく身体がおののいた後、一気に力が抜けました。深い快感が腹の奥からじわじわと下半身に溢れていくのを感じ、頭がただただ心地よさだけに埋め尽くされてずっとこうしていて欲しいとしか考えられませんでした。ぼんやりとした意識の端で肇様が呻く声が聞こえて中から陰茎が抜き去られました。お尻に熱くて硬いままの陰茎が押し付けられ、びくびくと何度か痙攣したのが分かりました。肇様は脱力している私を抱えながら壁伝いにずり落ちると畳に二人して倒れ込みました。互いにぜいぜいと激しく呼吸をする中、肩を掴まれて身体を返されると肇様が私に覆い被さってくちづけをしてくれました。気持ちよさに伸ばした私の舌に肇様は吸い付きながら下腹部を撫でるのでまだ先ほどの余韻が抜けきらない身体は小刻みに震え、もっと強く撫でて欲しいと肇様の手に自分の手を重ねてねだりました。しかし肇様は唇を数度食んだ後、私から離れてしまいました。ずっとくっついていた肇様の体温がなくなって途端に身体が冷えてゆく心地がして泣きそうになっていると、どさりと何かが落ちる音がしてから肇様が戻ってきてくれました。肇様は正面から私の身体を抱きかかえるとすぐに柔らかい場所に降ろされました。背中に当たる感触からおそらく布団に寝かせてくれたのだと思いつつ、もう離れて欲しくなくて力の入らない手で肇様の腕に縋りつきました。肇様は私に覆いかぶさって様子を見るように汗で額や頬に貼り付いた髪をどけてくれていたので私はその手を両手で捕まえて何度も唇を押しつけました。もっと肇様に触って欲しかったのです。肇様は私に触りたいと言いますが、私だって本当は同じ気持ちなのです。いつも私を優しく甘やかす指先にちゅ、ちゅと音を立てて吸い付いていると、そのまま人差し指が口の中に入ってきました。口の中の感触を確かめるみたいに動く指に吸い付いて舌を絡ませていれば、肇様が笑った気配がして指が出て行ってしまいました。唾液でべたべたになった唇をそのままに肇様を見上げると『ふにゃふにゃだな。かわいい』と言いながら私の帯を解きはだけ切った襦袢は全て脱がされてしまいました。そのまま触れるだけのくちづけをした後『もっと気持ちよくなろうな』と目を細めて笑い両足をそろえて肩に担がれるように持たれました。すぐにまた膣に陰茎が突き立てられましたが、つい先ほどまで肇様を受け入れていたそこは抵抗どころか迎え入れるように締め付けてしまったのが自分でも分かるくらいでした。再び与えられる快感に何とか呼吸をしていると、肇様は布団を握りしめていた私の手を取って口の上に乗せるように置かれました。意図がわからず肇様を見上げると肇様は意地悪な笑みを作り『ほら、今度は自分で声を我慢してごらん。宴会を抜け出てこんなことをしていると知られるのは嫌だろう?』と言うので私は慌てて自分の口を両手で押さえました。それを確かめてから肇様は私の身体を折り曲げるように上体を倒しました。陰茎がまた奥深く入って来て背中がしなり声が押し出されます。先ほどまでの早い動きではなくて深く突き入れたままぐりぐりと腰を押しつけられました。激しく動かれているわけではないのに、先ほどよりもずっと頭が焼けつくような快感にすぐにまた自失するような深い絶頂を迎えました。顎が反って頭の後ろを布団に擦りつけながらびくびくと跳ねる私に構うことなく肇様は一番奥に先端を押し付ける動きをやめませんでした。絶頂の最中にどんどん快楽を与え続けられて絶頂が終わらず、次第に声も出せなくなっていきました。呼吸さえも止まりそうな快楽と勝手に動く身体と奥を苛み続ける肇様の動きに混乱しそうになって、私は助けを求めて焦点が合わない視界の中で必死に肇様を見上げました。肇様は私に覆いかぶさって小さく腰を動かしながらじっとこちらを見つめていました。ぎらぎらした目を細めて私を見下ろす肇様の表情は普段なら絶対に見ることない怖い顔だったのですが快楽に全身をだらせている私は心臓をぎゅっと縮み上がらせてしまいました。肇様は腰をびくっと震えさせて一度止まると眉根を寄せて細く息を吐きながら『ひどくされるのが好きか? 悪い子だな、いつきは』と言いました。そんなことを言われて恥ずかしいですし不本意なので本来であれば首を横に振るのですが、頭がぐずぐずに溶けていた私は何も考えられずに肇様を見つめて頷きました。肇様はもっと怖い顔になると私の足を抱えて直して一番奥を先端で強く押し潰しました。そのうえ指を揃えて下腹部をぐりぐりと押しながら『僕のがここまで入ってる』などと言いました。中と外から腹の奥を押し込まれてあまりの快感に勝手に涙が出てきて全身が震え出しました。ずっと絶頂から降りることが出来ず、許容量を超えた快楽に視界が時折不穏に暗転するなかでも肇様は私を責め立て続けました。息もろくに出来ない、声も出せない、強すぎる快楽に頭も馬鹿になっていましたが、肇様になら何をされてもいいと思って下腹部を押さえる大きな手に自分の手を重ねてできる限り強く握りました。

 私はまだ夜も明ける前に目を覚ましました。肇様が私を抱き締めるように寝ていたので、力が抜けて重たい腕をどかして起き上がりました。お腹の奥が変な感じがして頭が回らずしばらくそのままぼうっとしていました。今何時だろうと考えていると横から寝ぼけた声で『いつき、さむい』と聞こえて来ました。ゆっくりそちらを見やれば、何も着てない肇様がめくれた布団を手探りで手繰っていました。自分の身体を見下ろすと清潔な襦袢をきちんと着込んでいます。お腹の違和感以外は行為の名残はないのでまた肇様が後始末をしてくれたのだと思います。『いつきおいで、まだ起きなくて大丈夫だから』と目を瞑ったままで言う肇様に私は少し背中を屈めてお礼を言いました。壁際から布団に移された後の記憶が曖昧ですがご自分のことは後回しにして私の面倒を見てくださったと思ったからです。しかし肇様はカッと目を開くと視線だけで私を見上げたあと頭を抱えて深くため息をつきました。そして呻きながら起き上がると枕元に置いてあった襦袢を掴んでさっと纏いました。『ああ最悪だ、頭痛いな、くそ』とぼそぼそ悪態をつくので私はどきりとして身体を強張らせました。呑気に寝こけていたことを肇様に謝ろうとすると、それよりも早く肇様が畳の上で正座をして私に向かって深々と頭を下げました。ぎょっとして何も言えない私に肇様は『すまない、酒に酔っていたとはいえ君にとんでもない無体を働いた。途中からいつきの意識がはっきりしていないことには気付いていたのだが止まれなくて。いつもは中でいかせるのは二回までと決めているんだがどうにも上手くいかなかった。本当にすまなかった。頼む、嫌いにならないでくれ』と悲痛な声で言いました。また肇様の「いつきに嫌われたくない発作」が起きたと思い私は焦りました。確かにずっと離してもらえなかったのは曖昧な記憶でもなんとなく覚えていましたが、本当に嫌だったら合言葉くらい言えます。しかし発作を起こした時の肇様は私の言うことを信じてくれないのです。私はまだうまく回らない頭で肇様に近付いて肩に触れ、顔を見せてほしいと言いました。肇様はゆっくりと顔を上げると背中を丸めて私に目線を合わせてくれましたが、その表情は閻魔様の前に立たされた死人と見紛うくらい青ざめていました。私はじっと肇様と目を合わせて嫌じゃなかったことと必要な時は合言葉を使うと伝えましたが『君も酔っていて正常な判断力がなかった。そんな状態で性行為を始めたこと自体が間違いだったんだ。しかもいつきが朦朧としているのをいいことに自分が良いように動いて一人で気持ちよくなって、こんなのはただの暴力だ。僕は最低だ。最低だけど、き、嫌われたくない、ごめんいつき』と捲し立てました。私は許すと言っているし、そもそも怒っていないのですが肇様は聞く耳を持たず延々と謝り続けます。謝罪相手が許すと言っても聞き入れないとは立場が逆ではないかと思いつつ私は仕方なく肇様の手を握りました。ぴくりと震えた大きな手を引き寄せて違和感の残る下腹部──昨夜散々突かれて執拗にいじめられた場所に当てました。戸惑って私を呼ぶ肇様に恥ずかしさを我慢して『ここ、きもちよかったです』と言いました。こちらを見つめたまま硬直した肇様に羞恥に負けて顔を伏せながらも追い打ちとして『今度は酔っていない時にしてほしいです』と蚊の鳴くような声で何とか言ってやりました。肇様は『え、ああ、うん、わかった』と少し間の抜けた返事をしたきり黙り込みました。しばらく沈黙が続いたあと肇様は『あ、風呂、そう、風呂! 昨日入りそびれたから、準備するよう言ってくる。うん、いつきは待ってて。廊下に出たらだめだぞ』と物凄い早口で言いながら出ていきました。襖が乱暴に閉まりばたばたとした足音が聞こえなくなった後、私は両手で火が吹きそうなくらい熱い顔を覆って呻きました。肇様に納得してもらうには素直に本音を話すのが一番良いとは言えあんなはしたない事を言ってしまったことを今さら後悔しました。未だお腹の奥に残る昨夜の熱を持て余しながら早く湯を浴びて全て洗い流したいと思いました。

『悪いけど僕は力になれないよ。というかなりたくない。高代のおばさんの話に乗ったのはおじさんじゃないか。絶対に間違いなく儲かるうまい話なんてあるはずないだろう。もしあったとしても僕なら誰にも教えないで独り占めする。高すぎる勉強代だったと思うしか、え? 嫌だよ。どうしてもっていうなら父さんに話だけしてみるが、この期に及んで本家とか分家とか言わないでくださいよ。こういう知恵は僕より父さんの方が遥かに冴えているんだから。まあ期待はしないで待っていてください。はい次。うわ、深水のおじさんか。いやもう何を頼みに来たかわかるよ、おばさんと喧嘩したんだろう? やっぱり。いや、おばさんは僕の見てくれが好きなだけだよ。もしかして僕に顔を出させるために喧嘩しているんじゃないんですか? でなきゃそんなにしょっちゅう喧嘩になるもんか。うち? 喧嘩になることもあるが僕が平身低頭、誠心誠意、真摯に謝罪して事なきを得ているんだよ。え? 残念ながらまだ尻には敷いてくれていない。妻が尻に敷いてくれるなら僕からお願いしたいくらいだよ。君、僕は本気だからな』と勢いよくこちらに顔を向けた肇様に向かって私は首を横に振りました。『とまあこのように慎ましく控えめなできた妻なんです。あっ、あまり見ないでください。減ります。はい次』と肇様が言うと近くでお酒を飲んでいた人がそそくさと肇様の隣に来て困りごとを話し始めます。
 夜明け前に目覚めた肇様と私はささっとお風呂を済ませて新年二日目に臨みました。私は昨夜の行為のせいで少し足元がおぼつかなかったですし、油断をするとすぐに頭がぼうっとしてしまうので、昨日ほどうまく立ち回れるか心配でした。しかし肇様が『僕は今日ひどい二日酔いだから妻に四六時中介抱してもらわなければならない』と主張し、私は肇様の隣にずっと控えていることになりました。確かに頭が痛そうで顔色もあまり良くないものの、喋りはいつも通り達者なので私は必要ないのではないかとも思いましたが忙しく動き回るのも辛いものがあるので甘んじて肇様と親戚の皆さんの話に笑って頷いていることにしました。肇様は皆さんに囲まれては彼らの相談事を聞いていました。言葉自体はそっけないのですが、おおむねお願いを聞き入れているので肇様が大勢に囲まれる理由が少しわかったような気がしました。昼を過ぎてしばらくすると相談も落ち着いてきて広間も人がまばらになってきました。肇様に花札の遊び方を教えてもらっていたところで春忠さんがにこにこしながらやってきました。『げ、来るな春忠。呼んでいないぞ』としっしと手を払う肇様を意に介さず春忠さんは私の前に座りました。『そう邪険にしないでよ、従兄弟同士じゃないか』と春忠さんが言うと肇様は『邪険だ、とても邪険だ。人様の妻に手を出すなと言っただろうが。モデルだなんだは絶対に許可しないからな。あっちに行け』と返しました。随分乱暴な言い様に驚いていると春忠さんは『肇がどう思っているかは分かったけど、紗世さん自身はどうなの? モデルには興味ない?』と私に尋ねてきました。『妻に話しかけるな』と捲し立てている肇様は置いておいて、私はまず『モデル』が何か分からないと答えると『紗世さんを絵に描きたいんだ。ただ座ってじっとしていればいいだけ。難しい事なんかないよ』とにこやかに教えてくれました。それを聞いてから私は隣の肇様を見上げました。口をへの字にして首を振る肇様を見てから、私は春忠さんに『お話はありがたいですが、お断りします』と答えました。『やっぱり夫が言うことには従わないといけない? やだなあ、そういう前時代的な考え方』という春忠さんの言葉に私は肇様に従うとかは結婚したばかりの頃しか考えていなかったなあと思いながら『じっとしているのは退屈なので』と笑って答えました。少し驚いた顔の春忠さんに肇様は私を抱き締めて『もういいだろう。帰れ。二度と妻に近寄るな』と言っていました。春忠さんは肇様の子どものような言動に呆れた顔をして立ち上がろうとしましたが『そういえば』と動きを止めて肇様を見ました。そして『なんで肇は紗世さんを「いつき」って呼ぶんだ?』と言いました。『昨日、廊下でそう呼んでいたよな?』と続けて問われて私は全身から血の気が引きましたが、肇様は全く動揺する素振りもなく『あだ名。紗世よりいつきの方が似合ってる』と平然と返しました。春忠さんは納得した様子で『確かにそうかも。じゃあ俺もいつきさんって呼ぼうかな』と言いました。その言葉に一瞬で気色ばんだ肇様は私をさらに抱き込んでから『絶対に呼ぶな。絶対に許さない。そう呼んでいいのは僕だけだ。早くあっちに行け。いつきを見るな、話しかけるな、話題にもするな。このシキジョウマめ。しつこいとお前のところの爺に直接苦情を入れるからな』と捲し立てました。『はいはい、もう退散しますよ。またね、いつきさん』と私ににこりと笑いかけてから春忠さんは立ち去りました。その背中をしばらく睨んだ後、肇様は私の耳元で声を潜めて『いつき、春忠をいい人とか思ったらだめだからな。見た目や物腰は優男風だが本能に従順すぎるから人妻だろうと躊躇せず手を出すような奴なんだ』と早口で言いました。私は肇様の腕の中でもぞもぞと動いて辛うじて頷きましたが『ああ、心配だ。モデルなんて馬鹿な事言い出して、そこそこ売れているからって調子に乗っている。君をモデルにしたらそりゃ良い絵が描けるに決まっている。君はこれ以上なく美しく素晴らしいのだから当たり前だ。コウボウ筆を選ばずと言うだろうが。おかめとにらめっこして名作を生み出してこそ本物の画家だ。君もそう思うだろう』と止まらないので私は腕を肇様の背中に回してポンポンと叩きました。渋々私を離した肇様の手を握って私は肇様しか好きにならないから大丈夫だと伝えました。肇様は『そういう問題では、そういう問題、そう、そういう』とラジオが壊れた時みたいになった後、顔を真っ赤にして『僕もすき』と辛うじて聞き取れるくらいの声で答えてくれました。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...