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しょや【初夜】

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しょや【初夜】初めての夜。〔狭義では、結婚式当日の夜を指す〕



 目が覚めたらすでに外が薄明るくなっていました。私は布団の上で亀のように丸まって眠っていたようでした。顔を上げると、肇様は縁側へ出る障子に背中を当てる格好で布団にくるまって眠っていました。昨夜は肇様が部屋に入ってきたあたりを最後に記憶が曖昧になっていて、なぜ普通とは言えない就寝の状況に至ったのか、とんと見当がつきませんでした。そうこうしているうちに肇様が目を覚ましました。肇様は唸りながら身体を起こすと、こちらを見て顔をしかめました。そして、低く少し掠れた声で『君は一体何のために篠花に嫁いできたのだ。僕が長男である以上、子を成すことは一等大事な君の役目だろう。あまつさえショヤがうまくこなせなかったなど僕より女の君の方が外聞が悪くなるのだぞ。君を置いて部屋を出なかったことを褒めて欲しいくらいだ。嫌がる女性を組み敷くことに興奮を覚える下衆もいるだろうが、あいにくぼくはそういった趣味はない。しかし、けっきょく僕らはふうふになったいじょう、なにもせずにいるわけにはいかないのだ。あれほどのきょひはじんじょうではないきみはぼうかんにでもおそわれたことがあるのかそういったじじょうがあるならばさくやのきみのしゅうたいはいたしかたないこととのみこむしうちうちにてはいてきるいしやにこころあたりもあるのたいますくしつかにかえれなとときようりようなことをいうつもりも聞いているのか!』と言いました。私は頷きました。聞いていたからです。肇様はきりきりと目を吊り上げて『もういい。自分の部屋に戻れ』と言って私から顔を背けました。言われた通りに部屋から出て薄暗い廊下を歩きました。昨日、家の中を案内してくれた女の人が『奥様のお部屋は桜の見える座敷にしろと肇ぼっちゃんに言われてましてね』と言っていたので、縁側をぐるりと巡ると自分の部屋にたどり着けました。妙にふわふわとする足元のせいでたいした距離でもないのに幾度も転びました。部屋に入るとすぐに押し入れを開けて中を改めました。箪笥の引き出しをひとつずつ開けて、行李を引っ張り出して中身をあけ、布団の隙間全てに手を差し入れました。しかし、どこにもラジオがないのです。ラジオが聴きたいのにラジオがないのです。紗世様のための嫁入り道具しかないのです。そのうち諦めて身支度をすることにしました。昔富江さんに教わった手順を誦んじながら着付けて、散らばった荷物は押し入れに戻して、人様のご気分を損ねないよう部屋でじっとしているのです。
 じっとしているのは得意です。母と暮らしていた時も斎明寺家にいた時も私はずっとじっとしていたからです。日が高くなると女の人が部屋に来て『肇ぼっちゃんは好きに過ごせば良いとおっしゃっておりますからなにかごようがあればおもうしつけくださいどうぞきおちなさいませんよう』と言いました。私は言っていることが半分くらいはわかったので頷きました。
 結婚したとはいえ、斎明寺家から篠花家に居所が移っただけで私の生活に大きな変化はありませんでした。部屋に食事が運ばれてきたらそれを食べ、時折手洗いに立ち、暗くなったら風呂に入って床につきます。毎日それの繰り返しです。ただ私を引っ張ってどこかへ連れてゆく九条様がいないのと、お茶とお花の稽古がないので長い時間部屋の外に出ることは無くなりました。特にしなければならないことも無いので朝起きてから夜眠るまで部屋の障子を眺めていました。ラジオはまだ見つかりません。当たり前に篠花家に持ち込む荷物に入れてもらえていると思っていましたが、いつも着ていた着物二枚も見当たらないので私の使っていたものは全て捨てられてしまったのかもしれません。紗世様が私の私物を使うはずがありませんから、道理と言えば道理なのです。ただ早く身代わりという役目を終えたいと思うだけです。




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