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2巻 寮長になったあとも2人のイケメン騎士に愛されてます

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 僕の案に僕の左隣でリアが思案顔で呟いた。
 今、リアは頭の中でものすごく色んな計算をしているんだろう。朝食の皿に視線を落としながら、ぶつぶつとつぶやいている。

「緊急の税として領民のみんなから取る方法もあると思うけど、こっちのほうが楽しめるんじゃないかなって」
「ふむ。ソウタは以前レオナードから聞いていると思うが、十五年前にレイル領は戦火に見舞われた」

 十五年前の火事の話はレオナードと一緒にご両親のお墓にご挨拶に行った時に聞いている。僕はリアに知っているよと頷いた。

「あのあと、マティス殿は城の財政のほぼ全てを投げ打って街を復活させた。あれから年月が経っているしマティス殿のお力もあって、財政はかなり持ち直していると聞いていたが、正直今回の出費は想定外だろう。なにしろレイル城を除いて最も重要かつ大きな建物が二つも被害にったのだから」

 リアはそう言うと、眉間にしわを寄せた。
 そうだよね、今回ザカリ族によって壊されたのはただの建物なんかじゃない。もしかして、ザカリ族はそれを分かっていてあの場所を壊したのかもしれない。
 僕と同じことを考えているのか、リアも、周りに集まってきたみんなも全身に悔しさをにじませている。
 とくにエルン橋はレイル領のシンボルとして長く領民に愛されてきた、大事なものだ。思い出の詰まった橋が破壊されたことで、みんなの心が少なからず傷ついているのは明らかだった。
 どうしよう、何か慰めの言葉をかけてあげたいけれど、なんて言ってあげればいいのか分からない。
 僕の気持ちに気づいたのか、リアがふっと表情をやわらげた。

「だけど、君のこの企画が成功したら少なくとも資金面での心配はしなくて済みそうだね」
「本当!?」
「ああ、とてもいい企画だと思うよ。レオナードもそう思うだろう?」

 リアが僕の右隣に座るレオナードに声をかけた。
 さっきからレオナードは考え事をしていて、僕とリアの会話に入ってくる気配がない。名前を呼ばれて顔を上げたレオナードが、僕に質問した。

「ああ、いいと思うぜ。ところでソウタ、この催し物の内容は考えてあるのか?」
「うっ……、それがまだ思いつかなくて。レイル領のみんなが好きなものがいいと思うんだけど」
「……それなら、俺たちで模擬試合でもするか」
「えっ! 模擬試合!?」
「ああ。中央広場で模擬試合をすれば、領民はこぞって見に来るんじゃないか?」

 レオナードの提案に、騎士団のみんなが一斉に声を上げる。

「模擬試合なんて今まで一回もやったことないじゃないですか、団長。いきなりは無茶ですって!」
「これ以上訓練の時間が増えたら俺たち死んじゃいますよ!」

 ものすごく必死にレオナードに訴えるみんなを見ながら、僕は模擬試合を頭の中で想像してみた。
 陽の光が降り注ぐ闘技場で、甲冑かっちゅうを身にまとった騎士団のみんなが剣を手に死闘を繰り広げる……

「か、かっこいい……!!」

 騎士の試合なんてそうそう見られるもんじゃない!
 僕、絶対見たい!
 みんなはギョッとした顔で僕を見ていたけど、今僕は格好いい騎士の戦う姿を想像するのに夢中だ。

「僕それ絶対に見たい!! はぁ、みんなが甲冑かっちゅうを着て真剣に剣を振るう姿、すっごくかっこいいだろうなぁ……!」
「りょ、寮長……! やべえ、今日も俺らの寮長が最高に可愛い」
「うっ、正直面倒すぎて模擬試合なんてやりたくねえけど、寮長にはいいとこ見せたい!」

 みんなは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、模擬試合を渋々了承してくれた。

「まあ、模擬試合のための練習は増えるが領民にいいところを見せるいい機会だぞ。しっかりやれよ」

 レオナードが嫌な顔を隠しきれない騎士のみんなを見渡すと、リアを見てニヤリと笑った。

「そうだ、マヌエルでも呼ぶか」
「ああ、それはいい案だな。マヌエル殿に模擬試合の特別訓練をお願いしよう」
「げえっ!!」

 レオナードとリアの会話に、食堂にいた騎士のみんながものすごい声をあげている。マヌエルさんって人がそんなに嫌なのかな……

「何だよ、お前らにとってもいい機会だろう? 第一騎士団の副団長から直接剣技を教われるんだぜ?」
「そ、それはそうですが……」
「でもそんなことしたら俺たち模擬試合の前に死んじゃいますよ!?」

 レオナードの提案にみんなは不満があるらしく、口々に文句を言い始めた。僕はそんなみんなを尻目に、先ほどのレオナードの言葉に食いつく。

「王立第一騎士団の副団長!? ということはマヌエルさんは相当強い人なんだね!」
「ああ、あいつは強いぞ。俺でも五回に一回は負けるかもしれねえな」
「へえ……レオナードでも負けることがあるんだ」
「まあな、相手は限られるけどな」

 あっさりと認めるところが何ともレオナードらしい。
 普通だったら絶対に誰にも負けないって言いそうなのに、彼はいつでも自分の実力を誇張したりしない。冷静に、公平に物事を見るレオナードの姿勢は僕も見習いたい。

「ねえ、その模擬試合ってレオナードも出場する? 僕、レオナードの試合も見てみたいな」
「面倒くせえが、お前が見たいって言うならいいぜ」
「やった! じゃあリアも出てくれるよね?」

 僕は横でにこにこと成り行きを見守っているリアに向き直る。

「え、私も? どうだろうな、私は裏方に回ったほうがいい気がするが……」
「裏方は僕がリアの分も頑張るから! リアが試合で戦う姿も見たいな」

 リアは少しの間考えていたが、しばらくして苦笑いをしながら承諾してくれた。

「君にそんな顔で懇願されては断れないな」
「やった! 嬉しい! 二人の甲冑かっちゅう姿、絶対見たいって思ってたんだよね!」

 僕が飛び跳ねんばかりに喜ぶと、後ろから僕たちの話を聞いていた騎馬部隊のジョシュアが静かに口を開いた。

「……ねえ団長、模擬試合って団員の総当たり? それともあらかじめ対戦相手を決めるの?」
「うん? まだ詳細は決めてないが部隊対抗でやったら面白いんじゃないか?」
「……勝ち残った部隊が団長と副団長の二人と戦うってこと? そうなったら僕たちは絶対勝てないから、つまらないんだけど」

 ジョシュアの言葉に、他の団員たちもそうだそうだと口々に文句を言い始めた。

「そうですよ! お二人に出てこられちゃ俺らの活躍がかすんじゃいます!」
「お二人は大人しく特等席で俺らの試合を見ててくださいよ!」

 必死にレオナードとリアに文句を言う団員のみんなを見るに、どうやらみんなは二人とは戦いたくないらしい。
 たしかに先日のレオナードとリアの戦いっぷりは凄まじかったから、二人とは戦いたくないっていうみんなの気持ちはわかる。
 二人の模擬試合を見たい気持ちはやまやまだけど、ここは僕が引くべきだなと思い直した。
 だってこれはチャリティーのための試合であって、僕の望みを叶えてもらうための試合じゃない。

「そっか、模擬試合がつまらなくなっちゃうのは駄目だよね。それじゃあレオナードとリアは僕と一緒に観覧席からみんなを応援しようよ!」

 ちょっとだけ残念な気持ちをなるべく言葉に出さないために満面の笑顔を作った。
 団員のみんなは喜んでいるけれど、レオナードとリアは微妙な顔でお互いに目配せをしていた。

「おい、誰が出場しないと言ったんだ。ぬか喜びはよせ」
「私たちは模擬試合には必ず出るよ」

 二人がみんなに向かってきっぱりと言い放つ。

「え、でもみんなは反対みたいだし……」
「ソウタ、お前は見たいんだろう? 俺とリアの模擬試合」
「それは、もちろん見たいけど……」

 レオナードにそう言われて僕は困惑しながらもこくりと頷いた。見たいかと言われたら、もちろん見たい。

「それなら結論は一つだな。そうだろ、リア?」
「当然だ。私もレオナードもソウタのそんな顔は見たくないよ」

 リアはどういうわけか悲しげに眉をひそめると、僕の頭を優しく撫でた。
 そんな顔って、僕どんな顔をしているんだろうか。ちゃんと笑顔を作ったはずだけど……

「それにしてもお前たちのその態度は何なんだ、情けねえな。俺たちと戦う前に負けを確信するんじゃねえよ」

 リアが僕の頭を撫でる中、レオナードは団員のみんなをぎろりと睨んでいた。珍しく怒っているようだ。

「そ、それは仕方ないじゃないですか。王国で五本の指に入る騎士を打ち負かす自信なんて、そうそう持ち合わせてませんよ」
「そんなことじゃ、戦場で真っ先に殺されるぞ」
「うっ……」
「お前らはどうにも平和ボケしてるようだな。いい機会だ、俺とリア、それに第一騎士団のマヌエルでもう一度鍛え上げてやるよ」

 眼光鋭く睨みをきかせていた瞳は、すぐにみんなをからかうように細められた。いつものレオナードだ。
 レオナードの迫力に緊張して体をこわばらせていた団員たちも、どこかホッとした様子でレオナードに不満の声をあげ始めた。

「そんなことされたら本当に死んじまいますって!」
「文句を言ってる暇があるならさっさと食って鍛錬しろ」

 その言葉で、周りを囲んでいたみんなはすごすごと自分の席に戻って食事の続きを始めている。明らかに意気消沈していて痛々しい。

「何だか、僕のせいでみんなに負担を強いちゃったみたいで申し訳ないな」

 そう呟くとレオナードとリアはなぜだかくすくすと笑っている。

「いや、そうじゃない。君はとても素晴らしい提案をしてくれた。今は皆肩を落としているが、食堂を出る頃にはやる気になっているさ」
「そうかな? そうだといいんだけど……」

 リアが笑いを堪えながら言うのに、僕はとりあえず頷いてみせた。

「あいつらは単純だからな、ソウタが心配する必要はねえよ。さて、俺はあいつらの鍛錬に付き合ってやるとするか」

 レオナードは笑いながら僕の頭を引き寄せてキスをすると、さっさと空のお皿を片付け始めた。

「ソウタ、模擬試合の開催を兄上に提案して承認を得る必要がある。お前に任せてもいいか?」
「うん! 頑張って承認してもらうよ!」
「俺とリアももちろん手を貸す。何かあったらちゃんと相談しろよ」
「分かった!」

 レオナードは僕の返事に満足そうに頷くと、小さな声で呟いた。

「あいつらをもう一度鍛え直すいい機会だ。……誰一人、死なせないためにな」
「誰一人死なせないため……? ひょっとして模擬試合って誰かが傷つくようなものなの!?」

 てっきり鍛錬の延長のようなものを想像していたんだけど、もしかしたら命をかけた真剣勝負なのだろうか。
 僕の声に、レオナードはびっくりしたような顔をした。
 多分今のは独り言のつもりだったのだろう。まさか僕に聞こえているとは思っていなかったようだった。

「ああ、模擬試合では練習用の武器を使うから誰も死なねえよ。安心しな」
「そっか。なら……」

 ――さっきの言葉は一体どういう意味なの?
 そう聞こうとしたけれど優しく笑うレオナードの表情はどこか迫力があって、これ以上この話ができる雰囲気ではなかった。
 ふと隣を見るとリアもまた同じような表情をして僕を見つめている。
 レオナードはそのまま食堂を出ていってしまい、僕はどことなく違和感を抱えたまま模擬試合の承認をもらうため奔走することになった。




   第二章 青髪の訪問者


 僕が提案した王立第二騎士団チャリティー模擬試合は、レイル領主であるマティスさんが快諾してくれたこともあって順調に準備が進んでいた。
 試合会場はレイル城内にある訓練場。
 ここは普段は領内を守るレイル領専任護衛団が使っている場所で、王立第二騎士団の寮にある訓練場よりも何倍も広い。
 時々各地の領主を招いて御前試合のようなこともしているらしく、訓練を見学できるように座席が備え付けられている。
 当日は訓練場への入場料をそのまま寄付に回すことと、試合に出ない団員たちが中央広場で簡単な演舞を披露して、市民のみんなからおひねりをもらうことになった。
 訓練場の準備は全てマティスさんとヴァンダリーフさんが受け持つと申し出てくれた。
 騎士じゃない僕は具体的に何を準備すればいいかわからないことが多いから、正直言ってすごく助かった。もちろん雑務は喜んで引き受けるつもりだけどね。
 僕は訓練場の準備をお二人に任せて、中央広場を中心に広がる市場へ向かった。
 実は、市場にいる商人のみんなから模擬試合当日に合わせてお祭りをしたいと言われていて、今日はその打ち合わせ。
 僕の横には、一人では心配だからとレオナードとリアがぴったりとくっついている。

「ねえ、二人とも模擬試合の訓練は大丈夫なの? 打ち合わせだけなら僕一人でも大丈夫だよ」

 そう言うと、二人は途端に険しい顔になって反論してきた。

「お前を一人で人通りの多い市場に放り込めってのか? そんなことできるわけないだろうが」
「この市場には各所から雑多な人間が出入りしている。君に万が一のことが起きたらと思うと、私は気が気ではないんだよ」
「相変わらず心配性だなあ、二人とも……」

 苦笑しながらそう答えたけど、実はこうやって三人で町を歩くのは嫌いじゃない。
 二人と手を繋ぎ、中央広場の人たちの賑やかな声に耳を澄ませる。
 威勢のいい声で呼び込みをする商人、買い物を楽しむ領民、道の脇で楽器を弾いている演奏家……みんなの声に混じって僕の声も市場の喧騒となっていく。
 この瞬間に、僕はこのレイル領の一員になれたのかなって最近思うんだ。
 ここに住んでここで働いて、笑って泣いて、そうやってこの場所で人生を送っていく。そして僕のそばにはいつも必ずレオナードとリアがいて、手を握ってくれる。
 こんな素晴らしい日々がやってくるなんて、少し前までは想像もしていなかった。
 レイル領に広がる雲ひとつない青空を仰ぎながら、僕はふふふと笑った。

「なんだ、今日は偉くご機嫌じゃねえか」
「そんなに打ち合わせに行くのを楽しみにしていたのかい?」

 両側から怪訝けげんな顔をして覗き込んでくる二人の伴侶が、愛おしくて仕方がない。

「ふふ、違うよ、幸せだなって思ってたんだ。僕ね、今すっごく幸せ!」

 レオナードとリアはお互いに顔を合わせたあとで、僕の頭にキスをした。

「お前がそばで幸せでいてくれるのが、俺たちの何よりの幸せだ」
「ソウタ、ありがとう。私たちの隣にいてくれて」

 三人で顔を突き合わせて笑いあう。
 僕はこの幸せがずっと続くように寮長として、そしてもちろん二人の伴侶としても頑張っていこう。両手に二人の大きな手の温もりを感じながら、改めて決心した。
 肝心の打ち合わせは何の問題もなく終わった。
 お祭りでは売上の一部を寄付に回すことを約束してもらったから、想像以上にお金が集まるかもしれない。僕のちょっとした提案がレイル領のためになりそうですごく嬉しい。
 そろそろ打ち合わせも終わろうかという時に、一人の商人がおずおずと声をかけてきた。

「実は御三方にどうしても許可をいただきたいものがありまして」

 レオナードとリアの顔色をちらちらとうかがいながら、商人は机の上に幾つかの商品を並べ始めた。
 どうしてそんなに遠慮がちなんだろうといぶかしみながらも、僕は興味を惹かれて商品を覗き込んだ。

「え……!? もしかしてこれって」
「はい、ソウタ寮長様の肖像画をあしらった商品でございます!」
「ぼ、僕の肖像画!?」

 机の上に並べられていたのは、布でできたタペストリーに食事をよそう平皿、小さな肖像画が描かれたネックレスなどなど……
 その全てに王立第二騎士団の紋章と、なんと僕の肖像画が描かれていた。

「実は、以前から第二騎士団の肖像画を販売してほしいと、市民から要望をいただいていたのです。それにはレオナード様とリア様の許可をいただく必要があるからと断っていたのですが、この機会にどうしても商品化したく……」

 なるほど、僕の顔が描かれた商品を見て二人が怒るかもしれないと、ビクビクしていたんだね。僕はそっとレオナードとリアを見てみたけれど、二人とも目の前の商品に釘付けで怒っている雰囲気はない。
 二人がいいならいいのかもしれないけれど、僕としては、他に問題がある。

「あの、こんなことを言うのはとても失礼かもしれないんですが……これ、僕に全然似てなくないですか?」

 商品に描かれた僕は、艶々つやつやの黒髪にくりっとした瞳を潤ませていて、肌は陶器みたいに白いし唇は真っ赤だ。一言で言うと絶世の美少年かの如く描かれている。
 自分の顔が描かれているはずなのに、もはや恥ずかしくも思わない。笑っちゃうくらいの美化のされ方だ。
 本当の僕の顔を知っている人が見たら笑っちゃうかもしれない。僕は同意を求めようとレオナードに「ね?」と言った。

「いや、よくできてるじゃねえか」
「えっ!? 本気で言ってる?」
「ん? お前そっくりだぞ、これ」
「ちょっとこんなところで冗談はやめてよ。ねえ、リア! リアは正直に言ってくれるよね?」

 僕はレオナードを諦めてリアに助けを求めた。
 レオナードはいっつも僕をからかうんだから。ここは真面目なリアに聞くのが正解だ。

「店主、これは非常に良くできている。こちらの商品は私とレオナードが買い取ってもいいだろうか?」

 真面目な顔でリアがよくわからない行動に出始めた。
 待って、何で買うの!?

「ちょ、ちょっと待ってよリア!」
「見てくれ、ソウタ。本物の君には及ばないがよく描けているね。寝室に飾ろう」
「嘘でしょ……、僕もっと地味だよ? こんなに可愛い顔してないじゃん!」

 僕の必死の主張に、リアは何を言っているのかさっぱりわからないみたいな顔をしていた。
 本気で言ってるのか、この人たちは……
 というか、二人には僕がこんなふうに見えてるってこと? 今度眼科に連れていかなくちゃだめだ! 眼科がこの世界にあるのかは知らないけど!

「もちろんでございます! お代はいただきません、どうかお持ち帰りくださいませ! ……それでその、いかがでしょうか。今度の祭りで販売してもよろしいですか……?」

 僕の動揺を見なかったことにした商人がぐいぐい話を進める。まずい、このままだと美化されまくりの肖像画が世間に流通してしまう!

「あの! 僕の肖像画じゃなくて、レオナードとリアの肖像画のほうが売れるんじゃないでしょうか!」

 僕は起死回生の提案を試みた。
 僕なんかより絶対に二人の肖像画のほうが売れるに決まってるもんね。
 ところが商人は僕なんかより何枚も上手だった。

「さすがは寮長様、素晴らしいご提案ですな! ぜひお三方の肖像画を使って商品を作らせていただきたい!」
「いやそうじゃなくて僕以外の二人で……」
「王立第二騎士団にようやく現れた待望の寮長様と、領民の憧れであるレオナード様とリア様が描かれた商品であれば確実に売れます! ぜひ今回の寄付集めに貢献したいのです!」

 完全に商人は僕の話を聞く気がないようだ。
 まずいな、話がどんどん意図しない方向に進んでいく……
 肝心のレオナードとリアは商人の提案を少し考え、大きく頷いた。

「本来ならばソウタの肖像画など到底許さないが……。今回は寄付金集めのためだ、特別に許可しよう」
「見本ができたら改めて確認しに寄らせてもらおうか」

 あ、二人とも承諾してしまった。
 最悪だ、僕の謎に美化された肖像画が領民の人たちの家に飾られるなんて……

「どうしよう、この肖像画を見た人が僕を見て幻滅しちゃったら……。王立第二騎士団の顔に泥を塗ることになるんじゃ……」

 思わぬ結末に僕は顔面蒼白の状態だというのに、二人の伴侶は早速見本の商品を手にとってご満悦のようだ。

「見てみろよ、リア。この装飾品のソウタはかなりうまく描けていると思わねえか。潤んだ瞳がそっくりだぜ」
「本当だな。それにこの平皿の黒髪の表現も見事だ」

 呑気なやつらめ……!
 二人は生まれつき美形に生まれたから気にしないんだろうけど、僕はこんな風に描かれちゃってすっごく恥ずかしいんだからね!
 思いっきりふくれっつらをしながら黙っていたら、レオナードとリアは僕の不満をすぐさま察知したようだった。

「どうした、何がそんなに気に食わねえんだよ?」
「よく描けていると思うが……」

 二人のキョトンとした顔がなおさら憎らしい。
 そういうことじゃありません、と僕が言ったところ、話はさらにおかしな方向に進んでしまった。

「出来栄えが不満か? たしかに本物のソウタのほうが何倍も可愛いが、勘弁してやれよ」
「ソウタ、君の愛らしさをそのまま表現するのはさすがに職人といえども難しい。これが限界だと思うよ」
「そ、そうじゃないよ! もう、いいです……」

 僕は白旗を揚げた。この人たちには何度言っても多分伝わらない……
 僕が了承したことで、僕とレオナード、リアの肖像画は商品として中央市場に並ぶことになってしまった。
 商人もレオナードとリアの二人も満足げな顔で商談成立を喜んでいる。
 僕はといえば、もう諦めました……
 打ち合わせを無事に終えて寮に帰った僕たちは、夕食の後で三人揃って寝具の上に寝転んだ。商人からもらった僕の肖像画は早速部屋に飾られていて、壁掛けも寝具の上の壁で額縁に入っている。寝ようとするとどうしても自分の肖像画が目に入ってきちゃってめちゃくちゃ恥ずかしい。

「ねえ、そういえば今日の肖像画だけどさ。よく二人とも承諾したね」

 僕は布団に潜り込みながら、ずっと気になっていたことを質問した。

「何でだ? いい出来だったじゃねえか」
「出来は、まあちょっとアレなんだけど……。いつもだったら二人とも僕の肖像画が自分たち以外の人の手に渡るの嫌がりそうだなと思ってさ」

 心身ともに伴侶になってから、二人の僕に対する執着は一層拍車がかかっている。
 相変わらず一人で外出は絶対にさせてもらえないし、町で声をかけてくれる人がいても、ちょっと僕に触ろうものなら、二人はものすごい形相で威嚇する。
 似てないとはいえ僕の肖像画をばら撒くなんて、普段だったら反対するんじゃないかなと思ってたんだ。

「まあ、胸糞悪い気持ちもあるにはあるが」
「あ、やっぱりあるんだ。じゃあどうして……?」
「私たちはね、ソウタ。君を自慢したいんだ。みんなに肖像画を配って私たちの伴侶の愛らしさを自慢したい」
「……えっ!?」

 リアの答えに僕は恥ずかしくて顔から火が出そうになる。僕を自慢したいなんていう理由だなんて思いもしなかった。

「それに、あれでお前の顔を知らせりゃ声をかけてくる輩への牽制になるからな。ソウタが誰のものか、一目瞭然だろ?」
「そ、そう……。それって……」
「ひどい独占欲と執着心だと、笑ってくれても構わないよ。私たちはそれほど君に夢中だし、誰にも渡すつもりはない」

 二人がどうして肖像画を承諾したのか、理由がわかって腑に落ちた。
 嬉しくて同時に恥ずかしくて、二人の顔をまともに見られそうもない。これは聞かないほうが良かったかもしれない。

「ぼ、僕もう寝る!」

 真っ赤になった顔を見られないように布団を頭までかぶって「おやすみ!」と言った。二人がくすくす笑いながら布団ごと両側からぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。

「そうやって可愛いことするから、離してやれなくなるんだよなぁ」
「君は本当に、なんて愛らしいんだろう」

 布団越しに甘い言葉をいくつもかけられて、僕は茹蛸ゆでだこみたいに顔を熱くさせながら、眠れない夜を過ごすことになった。


 商人から僕とレオナード、リアの肖像画が出来上がったと連絡がきたのはそれから一週間後のことだった。
 この間と同じように三人で手を繋ぎながら商人の店に向かう。
 道中、どうか僕の肖像画が下方修正されていますようにと、最後の悪あがきとばかりに心の中でお祈りしたけれど、やっぱり僕の願いは届かなかった。

「う、わ……。これは……」

 商人の店は雑貨屋だ。
 店の扉を開けるとすぐにある長机にはすでに僕たちの商品が飾ってある。店の外からも眺めることができるその商品たちは、たくさんの人たちの注目を集めていた。
 商品はこの間から随分と増えていて、三人一緒に描かれた巨大な装飾品からポケットに入りそうな小さな紙に描かれた肖像画まで、さまざまだ。
 それよりも僕が唖然としたのは前回よりも僕の顔がさらにキラキラしたものになっていたことだった。

「絶対似てない……。最悪だ……」

 さすがに一生懸命作ってくれた商人にこんなことを言うつもりはない。
 だから僕は一人でぶつぶつと呟いていたんだけど、みんなはどうやら僕がこの出来に満足したと思ったようだ。

「お気に召していただけたようで何よりです! 実は前回初めてお近くで寮長様にお目にかかり、その愛らしさを忠実に表現できるように職人たちと試行錯誤したのです」
「あ、あはは……。とっても嬉しいです……」

 顔が引きっているのを必死に隠しながら、僕は何とか笑顔で商人にお礼を言った。
 でも、僕のはさておきレオナードとリアの肖像画はそれはもう本当に素晴らしくって、僕のお礼は全然嘘じゃない。

「このレオナードとリアの肖像画、すっごくかっこいい!! 僕もこれ欲しいなぁ!」

 僕は二人が描かれた掌サイズの肖像画に釘付けになった。レオナードの燃えるような赤髪に澄んだ灰色の瞳がすごく綺麗だし、リアの太陽みたいな金髪と暖かな熱を帯びる紫の瞳が本当に美しい。

「もちろん一通りお渡しいたしますよ」

 商人の言葉に僕はウキウキしながらお礼を言った。
 奥の机では、レオナードとリアが契約の話を始めている。僕は二人と離れて、もう一度肖像画を眺めた。

「レオナードとリアの肖像画やっぱりいいなぁ。この小さいのだったら肌身離さず持ち歩けそうだし、お守り代わりにしようかな」
「へえ、案外良い出来じゃねえか」

 突然、僕の背後から声がしたかと思うと、にゅっと手が伸びて僕の肖像画を取っていった。
 慌てて振り返ると、背の高いがっしりした体つきの青年が、ニカッと笑顔で立っている。
 つややかな褐色の肌に、明るめの茶髪は短く刈り込まれている。
 左の耳には小さな羽のついた耳飾りが揺れていた。

「ああっ!! あの嵐の時の!」
「よう、久しぶりだな。寮長さん」

 目の前にいたのは、先日の嵐の夜に突然現れた傷を負った男の人。
 彼を寮に招き入れたところ黒ずくめの賊が追ってきて戦闘になり、この男の人はさらなる深手を負ったのだ。
 たしか賊が僕を襲っている間に、いつの間にか寮から消えていたはず。


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