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2巻 寮長になったあとも2人のイケメン騎士に愛されてます

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 そうなんだよ、偵察・斥候部隊は一度感動スイッチが入ると人の話を聞いてくれないっていう大きな欠点がある。
 普段はチャラチャラした印象の歩兵部隊のほうが、まだ僕の話をちゃんと聞いてくれて律儀に泥を落としてくれるんだ。こんなところで彼らがモテる理由がわかった気がする。

「ああ……、また玄関を掃除しなきゃ」

 悪気がないのはわかっているので、僕はこれ以上言うのをやめて彼らのあとに続いて玄関に入った。せめて被害は最小限に抑えなくっちゃ。
 でも僕が玄関に足を踏み入れたときには、時すでに遅し。床には泥と砂がこれでもかと散らばっていた。
 訓練場は砂地な上に、砂埃すなぼこりを防ぐために絶えず湿らせてある。だからどうしても訓練終わりには大量の汚れが足裏にくっついてしまう。
 汚れた玄関を見て僕は頭を抱えたけど、今は床掃除をしている場合ではない。今日の訓練結果を聞き取りしてノートに記録するという寮長としての仕事が待っている。
 僕はすぐに玄関奥にある自分の仕事机に向かうと、記録用のノートと羽ペンを用意した。
 部隊のみんなが口頭で訓練内容を報告してくれるので、それを全部ノートに書き記すのが寮長の仕事の一つ、というわけだ。
 このノートを後で団長と副団長であるレオナードとリアに読んでもらって、明日以降の訓練内容を決める段取りになっている。
 寮長になってすぐの頃は、寮長っていうのは雑用係なんだと勝手に思っていた。
 でも本当はそんなに軽い仕事なんかじゃない。
 団長や副団長の補佐や備品の管理から始まって、団員の生活を支えたり相談にのったりと、みんなのお母さん役を務める必要もある。
 僕でいいのかなと不安に思うこともあったが、今では誇りを持って寮長として責任を果たしていきたいという気持ちが芽生えていた。
 それも全部、この王立第二騎士団のみんなが優しくて素敵な人たちばかりだからだ。
 僕は騎士じゃないけれど、騎士団の寮長になったことで彼らの仲間になれたんじゃないかなって思っている。
 彼らの役に立ちたい。
 僕ができることは全部やって、みんなが騎士の仕事に集中できるようにしてあげたい。
 だから玄関の泥掃除くらい、どうってことない……どうってことないけど、やっぱり綺麗な玄関を保つ努力はしてほしいんです!
 僕は訓練報告を終えてぞろぞろと食堂へ向かう偵察・斥候部隊のみんなに「ご苦労さま」と声をかけてから玄関の掃除に取り掛かることにした。

「よし、さっき絞った精油を使って玄関を綺麗にしつつ、いい香りにしよう!」

 机の脇にある掃除道具を引っ張り出して、まずは軽く泥を掃く。案の定、泥も砂も壁や床にこびりついてて掃くだけでは綺麗にならない。
 僕は水拭き用の雑巾とバケツの水を用意してから、香水用の小瓶を取り出した。
 この中には、マルムから抽出した精油が入っている。それを床にシュッと吹くと、途端に玄関は爽やかな香りに包まれた。
 この香りなら寮を出入りする団員のみんなや、時折寮を訪れる来客に清々しい気持ちになってもらえるだろう。もしかしたら爽やかな香りの玄関に違和感を持つ人もいるかもしれないが、ほこりっぽい玄関よりはずっとマシなはずだ。

「なんだかいい香りがするね」

 僕が無心で玄関の泥と格闘していると、正面階段からリアが玄関に降りてきた。おそらく三階の執務室で事務仕事をしていたのだろう、手には厚みのある紙を持っている。

「リア、おつかれさま。事務仕事してたの?」
「備品の確認と予算の策定だよ。一応君も目を通しておきたいだろうと思って持ってきたんだ」

 リアは僕の机の上に書類を置くと、床を拭いている僕のそばまで来てしゃがんだ。
 バケツのそばの香水瓶に目をやって、なるほど、と目を細めた。

「爽やかな香りの正体はこれか。控えめな香りだが不思議と気分が良くなるね」
「柑橘系の香りには気持ちを落ち着かせる効果があるんだよ。最近は団員のみんなも玄関のソファでくつろいでいることが多いし、いいかなと思って」
「君はさすがだな。……これを床に吹きかければいいのだろうか」

 リアは僕に微笑みかけながら香水瓶を吹きかけると、バケツにかけておいた雑巾で床を拭いた。どうやら玄関掃除を手伝ってくれるつもりらしい。

「待って、リアは事務作業で疲れてるでしょ? ソファに座って休んでいいんだよ?」
「しばらく椅子に座っていたから身体が凝り固まってしまってね。少し動かしたい気分なんだ」

 リアにウインクしながらそう言われてしまっては、もう断れない。
 僕は火が出るんじゃないかというくらい熱くなった顔をうつむけて、ありがとうとつぶやいた。
 リアの不意打ちウインクは何回見ても格好良すぎて慣れない。
 彼は楽しそうにふふ、と笑うと僕の頭にキスを落とした後、床を綺麗に掃除してくれた。
 助っ人が現れたおかげで、玄関の床はすっかりピカピカだ。それにほのかにただよういい香りで気分も爽快。
 僕はずっとしゃがみっぱなしだった腰を伸ばそうと、立ち上がって伸びをした。
 ふと見上げると、玄関扉の上にあるちょっとした段差にほこりが溜まっているのが見えた。
 脚立きゃたつに乗ればすぐに手が届く場所なんだけど、レオナードとリアから「危ないから自分たちのいないところで一人で脚立きゃたつに乗るな」と言われているので、あまり頻繁に掃除ができない。
 でも、今日はちょうど隣にリアがいることだし、掃除をするチャンスだ。

「ねえリア、脚立きゃたつに乗って玄関扉の上を掃除したいんだけど。いいかな?」
脚立きゃたつに?」

 リアは途端に心配そうに眉をひそめた。
 ちょっと大袈裟じゃないかと思うけど、これは僕がこの世界に来た時、レオナードに何もするなと言われていたのに、窓掃除をしようとちょっと無茶して窓枠に飛び乗ったのが原因だ。
 それ以来レオナードとリアの過保護ぶりに拍車がかかってしまった。

「私がいるから構わないが、それなら私が掃除をするよ」

 たしかにリアなら難なく手が届く。
 ……でも、さっきも床掃除を手伝ってもらったばっかりだしなぁ。
 僕が返事に困っていると、リアにおでこをちょんとつつかれた。

「君は遠慮しすぎだよ。私は君の伴侶なんだから、もっと我儘を言っていいんだよ」
「そ、それじゃあ……、そこの拭き掃除をお願いしてもいい?」
「もちろんだ」

 リアはそう言うと、雑巾を持って扉の上に手を伸ばした。僕は脚立きゃたつに乗らないと届かないが、僕よりも頭一つ以上大きいリアは余裕で手が届いてしまう。

「リアは大きいなぁ、僕もそのくらい身長があればよかったんだけど」
「君が大きかったら、高いところのものを取るのに甘えてくれなかっただろうな。そう思うと、私は今のままのソウタでいてほしい」
「そういうことさらっと言わないでよ……。恥ずかしくなっちゃう」
「あはは、君はいつまでも愛らしいね」

 リアは僕を見下ろしながら、愛おしそうに熱烈な視線を送ってくる。
 熱い視線を浴びるとおかしな気持ちになってしまう。こればかりは、いつまで経っても慣れることはなさそうだ。

「そんなところで何やってんだお前ら」

 急に声がしたので振り返ると、レオナードが大きなあくびをしながらやってきた。おそらくどこかで昼寝でもしていたのだろう、両目がまだ眠たそうにとろりとしている。

「掃除か?」
「うん。玄関扉の上をリアに掃除してもらってたんだ」

 レオナードは気だるげな足取りで僕とリアのそばまでくると、リアに向かってニヤリと口角を上げた。

「へえ、リアが掃除をねえ。お前、自分の執務室を掃除したほうがいいんじゃねえか。机の上に積まれた紙の山が崩れ落ちそうだったぜ」
「お前がその山の一部でも自分で処理してくれれば、ずいぶん片付くんだがな」
「団長様は忙しいんでね。俺の補佐をするのが副団長の務めだろ」
「どこまで面倒臭がりなんだか、まったく団長様は手がかかる」

 こういう軽口を聞いていると、二人は本当に仲がいいんだなと改めて思う。
 楽しそうに言い合っている二人を見ながら、僕の心は愛おしさでいっぱいになった。
 まさか、自分がこんなに人を好きになるなんて思ってもいなかった。それも同性の男の人を、二人同時に、だ。
 いつか三人で白髪のおじいさんになっても、きっとこの気持ちは変わらないと思う。
 レオナードとリアはおじいさんになっても格好いいままなんだろうなぁ。僕は真っ白な髪としわのある二人を想像して、くすくすと笑った。

「なに笑ってんだ」

 レオナードが怪訝けげんな顔をしたので、僕は照れ隠しをするように、なんでもない、と言いながら首を横に振った。
 二人は一瞬顔を見合わせて、それから優しく微笑んでくれる。なんだか僕の思いが二人にも伝わったような気がして幸せだ。
 すると、レオナードがいきなりかがんだかと思うと、僕を右腕ひとつで抱き上げた。

「うわっ! ちょっと、いきなりなに!?」
「ほら、お前も掃除したかったんだろう。これなら手が届くぜ」

 たしかに、レオナードに抱っこされた状態で手を伸ばせば、玄関扉の上にも簡単に手が届く。

「はいソウタ。これで拭くといい」

 リアが僕に雑巾を渡してくれる。僕は笑顔でそれを受け取ると、溜まっていたほこりを拭き取って綺麗にした。
 僕のすぐそばにはレオナードの燃えるような赤色の髪と澄んだ湖のような灰色の瞳が、隣にはリアのピンクがかった金髪と紫陽花あじさいを思わせる薄紫の瞳が僕を見つめている。

「ふふ、抱っこしてもらうと二人の顔が近くに見えるね」
「可愛いやつ」

 そう言ってレオナードが僕の首筋に唇を這わせた。
 そっと口付けるように触れた唇がくすぐったい。
 僕がくすくすと笑いながら身をよじらせると、今度はリアが僕の頬にちゅっと音を立ててキスをした。リアのキスは頬だけでなく僕のおでこや鼻の頭に、幾度となく降り注いでくる。
 レオナードは僕の首筋に軽く歯を立てたかと思うと、舌でべろりと舐め上げた。彼の熱い舌の感触に、僕は思わず身体を震わせた。

「あ……、んむっ」

 僕が思わず吐息を漏らすと、すかさずリアが僕の口をキスで塞いでしまった。ひんやりと冷たい彼の唇が、角度を変えて押し当てられる。
 レオナードとリアの愛撫で、僕は嵐のあとに行方不明になったリアを連れ帰った夜のことを思い出した。
 レオナードとリアと僕の三人でベッドの上で愛しあったあの夜。
 右も左も分からない異世界で、男である彼らの伴侶になることへの不安は全てなくなった。
 二人にたくさん愛されて、僕も彼らに愛を返したいって心の底から思えたから。

「ん、はぁ……、二人とも大好き」

 二人の伴侶の頭を優しく撫でると、レオナードとリアは満足そうに微笑んで僕の頬にキスをした。くすぐったくて身をよじらせると、二人はさらに悪戯いたずらを仕掛けるように僕の顔中にキスをする。

「あはは、ちょっとやめてってばぁ」

 三人でくすくす笑いながらたわむれ合っていると、突然目の前の玄関扉が大きく開いた。

「失礼いたします。レイル城より団長殿宛の書簡をお持ちいたしま――」

 扉を開けて現れたのは、レイル城専任護衛団の兵士だった。
 兵士さんは僕たち三人が目の前にいたことに驚いたのか、封筒に入った書簡を抱えたまま目をまん丸にして固まっている。
 ……いや違う、僕たち三人が目の前でイチャイチャしてたから、びっくりしてるんだ!
 死ぬほど恥ずかしい!

「す、すみません、お見苦しいところを! ちょっとレオナード、もう降ろして」

 僕はレオナードにそう耳打ちしたのに、レオナードは一向に僕を降ろす気配がない。そればかりか僕を抱く腕に力を入れると、妙に不機嫌な顔で彼を一瞥してから、ふんと鼻を鳴らした。

「おい、見て分からねえか。今取り込み中だ」
「すまないが、そういう訳なので出直してもらえるだろうか」

 レオナードばかりか、僕の頬に唇を寄せたままのリアまでそう言い添えたものだから、完全に兵士さんは二人の圧に押されている。
 まずい、このままだと本当に帰りそうだ!
 僕はレオナードの腕に抱かれながらも、慌てて兵士さんを引き止めた。

「待ってください、行かないで! もう終わりましたから!」

 こんなところでイチャついていた事を肯定するようで恥ずかしい。
 恥をしのんで叫んだ僕の声に、兵士さんはきびすを返す足を止めてくれたけど、レオナードとリアは不満そうだ。

「終わってねえだろ、これからがお楽しみだってのに……」
「私もこのままでは欲求不満なんだが……」

 二人が平然と不満の声を上げたので、僕は必死で二人の口を両手で塞いだ。

「ちょっと、お願いだから人前で恥ずかしいこと言わないで! もう終わり、これ以上はなしです! レオナード、早くお城からの書簡を受け取って!」

 レオナードは盛大に舌打ちをすると、渋々と書簡を受け取ってくれた。兵士の人は用は済んだとばかりに、そそくさと寮を後にした。
 相当居心地が悪かったのだろう。せっかく届け物をしてくれたのに申し訳ないな。
 僕は彼の背中にありがとうとお礼を言うのが精一杯だったけど、ちゃんと振り返ってお辞儀をしてくれた。
 これでなんとか乗り切ったと思う。まあ、僕はレオナードに抱っこされたままという思い切り不格好な姿だったわけだけど……
 レオナードは僕を抱えたまま玄関脇のソファに座ると、早速お城からの手紙を開封した。
 僕は彼の横に座って、同じく隣に座ったリアと一緒に手紙を覗き込む。封筒の中には何通かの手紙と書類が入っていた。
 そして一通の手紙を読み始めたレオナードだったが、途端に眉間のしわを深くした。

「こんなもん寄越すなよ」

 不機嫌な声で唸ると手紙を僕に放り投げてきた。何事かと手紙に目を通すと、レオナードの叔父で王立第一騎士団団長のギヨームさんからのものだった。

「えっと……『日々鍛錬に励み三食栄養のあるものを食するように。睡眠も十分とり疲労を翌日に残さぬようにしなさい。書類作成をリアに任せきりにしないように』……ふふ、ギヨームさんはレオナードが心配で仕方ないんだね」
「ギヨーム殿らしい手紙だな」

 一緒に手紙を読んでいたリアと笑った。

「俺を子供扱いしすぎなんだよ、あいつは」
「それだけ大事に思ってるって事だよ」

 レオナードはやれやれといった表情で「うぜえんだよ」と呟いたけど、僕にはそれほど彼が嫌がっているようには見えなかった。
 多分、レオナードもこれがギヨームさんなりの愛情表現だと分かっているのだろう。
 どういうわけか、レオナードはギヨームさんには反抗的な態度をとっている。兄でレイル領主のマティスさんにはあんなに従順なのにな。
 多分過去に何かあったんだろうけど、その理由を僕は知らない。そのうちレオナードから話してくれたら嬉しいなと思う。

「リア、これはお前宛だ」

 レオナードはもうひとつの手紙をリアに渡した。
 それはリアの叔父でマティスさんの伴侶でもあるヴァンダリーフさんからのものだった。
 ヴァンダリーフさんは無口で、あまり感情を表に出さないタイプの人だ。
 それは手紙でも同じようで、彼の手紙はギヨームさんと比べて分厚くはない。それでもリアの体調を気遣う言葉がぎっしりと詰まっていて、深い愛情を感じられる内容だった。

「ヴァンダリーフさんもリアのことが心配なんだね」
「私はたった一人の血の繋がった親族だからね」
「そっか……」

 リアは幼い頃から教会にある孤児院で育ったと聞いている。けれど、本当はライン王国の王族の血を引いているらしい。
 なんで王族のリアが孤児院で育てられたのか、ヴァンダリーフさん以外の家族はどうしたのか。
 レオナード同様、リアにも聞きたいことはたくさんある。
 でもきっと楽しい話じゃないし、リアにも言うタイミングがあると思うから、今は無理には聞かない。
 いつか、話を聞ける時が来たらいいな。

「ほら、これはお前宛だ」
「えっ僕?」

 レオナードが僕にくれた手紙は他のものよりも一段と分厚くて、ずっしりと重い。
 さっきからレオナードやリアが家族からもらった手紙を読んでいるところを見て、寂しくなかったかといえば嘘になる。
 僕の唯一の家族だった母さんは元の世界で二年前に亡くなっているし、それ以降はずっと一人で生きてきた。
 もちろん仕事場やご近所といった周りの人たちが優しかったから、僕は特別苦労と呼べるものを経験せずに済んだ。
 でもやっぱり、家族とは違う。
 がむしゃらに生きてきたから気づかなかっただけで、本当は僕も家族の温かみが恋しかったんだと思う。
 だから、今僕の手にある手紙のずっしりとした重さが、なんだか無性に嬉しかった。

「誰が僕に手紙をくれたんだろう」

 封を切って中を取り出すと、便箋には達筆な文字がびっしりと並んでいた。

「『親愛なる、可愛い僕の義弟へ』……あ、これマティスさんからだ」
「……ちょっと待て、嫌な予感しかしない」

 レオナードが整った顔を僕にぐいっと近づけて、手紙を覗き込んできた。
 マティスさんの手紙の内容は季節の挨拶から始まり、僕を気遣う言葉が続いている。
 この間の一連の出来事について僕が寮を守ったことに感謝していること、しばらくゆっくり休むようにといった文のあとで、時間があったら城に遊びにおいで、と書いてあった。

「そういえば僕、ちゃんとレイル城に行ったことないかも」
「ああ、そうだったな、この前墓参りに行ったきりだったか。次の休みの時にでも行ってきたらどうだ」
「うん。レオナードも一緒に行く?」
「いや、俺はいい。面倒臭いことになるからな」

 ものすごく嫌そうな顔で、レオナードは僕宛の手紙を読み進める。
 いったい実家の何がそんなに嫌な顔をさせるんだろうか。レオナードの謎がまた一つ増えてしまった。

「それなら私が同行しよう。一人では気が詰まるだろう?」

 レオナードの反対隣からリアがそう言ってくれたので、僕は嬉しくなってうんと大きく頷いた。
 さすがに大した用もなく「ただ行ってみたい」というだけでお城に一人で行く勇気はないから、どうしようかと思っていたところだ。
 リアと一緒にレイル城へ行くという楽しみが増えたところで、僕は手紙を読み進めた。

「えっと……『お城に来たらレオナードが幼い頃に割った陶器の花瓶や、壁の落書きを見せてあげよう』。レオナード、小さい頃はヤンチャだったんだね」
「どっちも兄上にそそのかされたんだ。まったくあいつ、ろくなこと書いて寄越さねえな」

 その後も手紙にはレオナードの小さい頃の悪戯いたずらの数々が記されていて、僕とリアは笑いながら読み進めた。
 もちろんレオナードは隣で盛大にねながら悪態をついていたけれど。

「マティスさんはレオナードが大好きなんだね」
「どこがだよ、俺は昔から兄上のいいおもちゃさ」
「兄弟って感じがして微笑ましいよ」

 ぶすっとしたレオナードはマティスさんの悪口を呟きながら封筒に手を突っ込むと、書類の束を取り出す。
 こっちは私的な手紙じゃなくて、騎士団の仕事に関係するもののようだ。
 三人で書類を確認すると、中身は先日起きた嵐の報告書と寮に侵入してきた賊についてのものだった。
 嵐の夜の侵入者については実はすごく気になっていたものの、レオナードが捕まえてレイル城に引き渡して以降なんの音沙汰もなかった。
 結局あの男は一体誰だったんだ……

「ふむ……。なるほどな」

 レオナードは賊に関する資料に一通り目を通すとそれをリアに渡した。

「ソウタ、お前があの時襲われた賊について、詳細を聞きたいか? お前が不快なら無理に聞く必要はないが」
「ううん、聞きたい。ずっと気になってたから……」
「そうか……。あの男はヴァンダリーフ義兄上が直々に取り調べたそうだ。予想通りザカリ族だった」
「それじゃあ、あの人がエルン橋や西の関所を破壊したの?」
「西の関所の爆破に関わっていたところを、傭兵団の男に見つかり戦闘になったと言っているらしい」
「それで傭兵団の人から追いかけられて偶然この寮に来たってことかな?」
「……そのようだな、それ以上の話は聞けなかったそうだ」

 レオナードは深くため息をついて天井を見つめていたが、気を取り直したように次の資料に目を通し始めた。
 リアもレオナードから渡された賊に関する資料を閉じると、何も言わずにそれを仕舞う。どちらも無言で、何かを考えているようだった。
 本当は僕も賊について二人に聞きたかったけど、どうもそんな雰囲気ではない。
 まあ賊は無事に捕まったわけだし、今は思った以上にすんなりと自分のしたことを白状したみたいだから、良かったのだろう。
 そう自分自身を納得させて僕も気持ちを切り替えた。
 もう一つの資料には、この間の嵐によって生じた各地の被害状況と復興の進捗、避難している人々の数などが記されている。
 僕たちのいる中央部分はそれほど大規模な被害はなかったが、畑が広がる南部あたりはどうやらかなり被害が大きかったようだ。
 頑丈な建物が少なかったからか、家屋が飛ばされてしまった村も一つや二つではないと書かれていて、改めて嵐の恐ろしさを実感した。

「こいつは元に戻すのに少し時間がかかりそうだ」
「ああ、我々も南部の復興に直接手を貸すべきかもしれないな」

 レオナードとリアが真剣な面持ちで南部に派遣する部隊について検討し始めたけど、僕は二人とは別のところに引きつけられた。
 資料には今回の復興にかかる費用が計算されているのだけど、それがとんでもない金額だったからだ。広大な領地を元通りにするんだからお金はかかるんだろうけど、それにしても思っていたより高い。

「ねえ、ここに書いてある費用って、嵐のたびにこれくらいかかってるの?」

 僕に言われて資料を覗き込んだレオナードとリアが、即座に首を横に振った。

「いや、今回の嵐は特別だな。巨大だったし、進路も珍しく南部を直撃した。そのうえ橋や関所を爆破されたからな」
「この金額になるとはさすがにマティス殿も予想していなかっただろう。我々にできることがあればいいが……」

 予想外の金額にレオナードとリアも驚いていた。
 そうだ、今回は嵐だけの被害ではない。混乱に乗じて王国と敵対関係にある北方の民族・ザカリ族が、頑丈な煉瓦れんがで出来ていたエルン橋と貿易の要である東の関所を爆破したのだ。
 橋と関所の復旧は急務な上に橋や関所は頑丈なものを作る必要があるから、かなりの費用がかかることは想像に難くない。

「エルン橋と関所の復旧はもちろん急ぎだが、村民の衣食住の確保を後回しにはできない。人員も費用も同時に両方に割くというのは難しいかもな……」

 レオナードが真剣な面持ちで解決策がないか考えを巡らしている。
 こういう表情を見ていると、本人にその気はなくてもレイル領主の息子なんだなと思ってしまう。レオナードもリアもここに住む人々のことを大事にしていることが伝わってきた。
 こんな二人が団長と副団長だから、王立第二騎士団は温かい人ばかりが集まっているし、領民のみんなからの信頼も厚いんだと思う。
 領民の人たちって、いつもレオナードやリアたち騎士団の面々を見ると目を輝かせているもんね。何だかアイドルとかスターを見ているような眼差しで。

「僕も何かレイル領のみんなの力になれたらいいな」

 ふと漏らした僕の呟きに、レオナードとリアが微笑みながら頭を撫でてくれた。
 二人の温もりを感じながら、僕はつい漏らした言葉を心で噛み締める。
 僕も役に立ちたい。騎士団寮のみんなだけじゃなくてレイル領のことも同じくらい大切だから。僕はその日、レイル領のために何ができるのか悶々と考えていた。


「僕にできること、かぁ。自分で言うのも悲しいけど、これといってできることがないっていうのがなぁ」

 夜になってベッドに潜り込んでからも、僕の頭はそのことでいっぱいだ。すでに日付は変わって、窓の外に浮かぶ月の光が僕の両脇に寝ているレオナードとリアをおぼろげに浮かび上がらせる。

「僕にできることって一体なんだろ。えっと、とりあえず掃除と洗濯はできるかな。あとは料理と事務作業。……いや、これじゃ駄目だ」

 そんな特技なら僕以外にもできる人はごまんといる。
 僕だけができるような何かで、レイル領の人のためになりたい。そこまで考えて、僕はふと、元いた世界ではこういう時にどうしていたかなと考えた。
 正直言って、元の世界のことを思い出すのは久しぶりだ。
 忘れていたというより、あえて思い出さないようにしていた。一度思い出したら恋しくて不安になってしまうって思っていたから。
 でも今は東京の景色を思い浮かべても、懐かしいとは思うけど寂しさは全くない。

「きっと、この世界に僕の居場所があるから寂しくないのかもしれないな」

 そう、このレイル領はとっくに僕の第二の故郷になっていた。だから僕は自分にできることで恩返しをしたいんだ。

「こういう時って寄付を募ったりしたよね。あとはチャリティーイベント……、あ、そうだ! チャリティーイベントだ!」
「んー、どうしたソウタ……」

 僕が大きな声を出して飛び起きたから、レオナードが起きてしまった。

「あ、ごめんレオナード。起こしちゃったね」

 慌ててリアのほうを確認すると、彼はいつもの通り熟睡中だ。僕はベッドの中に再び潜り込むと声をひそめる。

「レイル領の復旧に必要なお金を集める方法を考えてたんだ」
「そうか。だが、あまり根をつめるな、夜はちゃんと寝ておけよ」

 眠たげな声でそう言うと、レオナードが僕を抱き寄せた。レオナードの体温が一気に僕を夢の世界へといざなう。

「うん……。いい案考えたから、明日聞いてくれる?」

 耳元でもちろんだとささやくレオナードの声を聞きながら、僕は眠りに落ちた。


「ちゃりてぃーいべんと?」
「それは一体何だい?」

 翌日、食堂でいつものように僕を真ん中に三人並んで朝食をとりながら、僕は昨夜考えついた案をレオナードとリアに話した。
 食堂に居合わせた他の騎士団のみんなも興味津々で僕たちの周りに集まってきた。

「えっとね、慈善活動のための催し物なんだ。催し物の会場の入場料だったり、中のお店で観客のみんなからお金をもらうでしょう? その収益を今回の修繕に充てるんだ」
「なるほど……」


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