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1巻 寮長になったつもりが2人のイケメン騎士の伴侶になってしまいました

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    ◇◇◇


 まぶたに柔らかな光が差し込んできて、僕の意識は次第に覚醒していった。
 ひょっとしてもう朝だろうか。寝台の上で飲み物を用意しに行ったリアを待ちながら、いつの間にか寝てしまったらしい。起きなくちゃいけないのは分かっていても、疲れているせいか、なかなか目を開くことができない。夢と現実の間で漂っているような心地がする。
 いろんなことがありすぎて、さすがに疲れた。もう少しだけ布団にくるまっていたい。ふかふかの寝台の中はとっても暖かくて、なんだか僕の身体の両側に湯たんぽがあるみたいだ。気持ちがよくって目を開けるのが惜しいな。

「うーん」

 まぶたを閉じたまま、もぞり、と身体を動かした。と、何かお腹のあたりに重みを感じる。

「ううんっ?」

 ずっしりとした何かが、僕のお腹に乗っかっている。なんだろうと思っていたら、コツン、と鼻を突かれた。別に痛くはないが、ボールペンの先っぽみたいに鋭いものでつつかれている。

「んー、な、に……ひいっ」

 なんと僕の目の前、顔面から十センチくらいのところに鳥がいた。しかもたぶん僕より大きい!!
 目の前の鳥はギギと小さく鳴きながら口を大きく開けたかと思うと、何を思ったか僕の顔をがぶんとくちばしで挟んできた。

「……ぎ、ぎゃぁぁっ!!」

 と、とと、鳥が僕を食べようとしてるー!! 朝から大ピンチなんですけどーっ!

「んぁ、朝からうるせえ。何事だよ」
「んー、ぐぅ」

 鳥にガブガブされながら涙目で左を見ると、なぜだかレオナードが僕の横で寝ていた。え、なんでここにいるの?

「なんだ、ミュカじゃねえか」

 レオナードが身体を少し起こして、ミュカと呼んだ鳥の頭を撫でている。

「ソウタ、こいつは大鷲おおわしのミュカ。甘噛みするのは親愛の印だ。怖くねえよ」

 ふああ、と大きなあくびをしながらミュカを撫でるレオナードは上半身裸だった。
 ……なんで裸?

「な、なん、レオナード、寝台に、はだ、はだか……」
「ははっ、何言ってんのか全然分かんねえ。おい、リア起きろ」
「え、リア……?」

 ミュカが僕の頭を放してくれたのでそっと右を確認すると、そっち側にはリアが寝ている。うつ伏せになっているため、布団からたくましい背中が覗いていた。


「なんでレオナードとリアが僕と一緒に寝てるの!? なんで二人は裸なの!? なんで鳥がいるの!?」
「おいおい、朝っぱらから質問攻めだなぁ。ソウタ、とりあえずリアを起こしてくれ。朝の訓練に遅れる」

 僕の質問を笑って流したレオナードが、寝台から出て洗面室に消えていく。下半身はかろうじて下着を穿いているようだ。まあ、男同士だから別に裸でもいいけども、素っ裸はさすがに目のやり場に困るから助かる。
 洗面室に向かうレオナードの身体は完璧に鍛え上げられていて、男の僕でも見惚れるほどだった。
 いいなあ、あの腕の筋肉の盛り上がり。腹筋はバキバキに割れてるし、太腿も筋が見えていてかっこいい。身長だって百九十センチ近くありそうだし、加えて容姿端麗でしょう? ハイスペックとはまさにこのこと。うらやましい。
 ギギ、と僕の横でミュカが鳴いた。見ると、僕のお腹から移動して、今度はリアの背中に乗って頭をツンツンとつついている。こうして見ると案外大人しくていい子なのかもしれない。

「リア寝ちゃってるね、ミュカ」
「ギュ」
「あ、僕ソウタ。よろしくね」
「ギギッ」

 言葉が通じてるとは思ってないけれど、とりあえず自己紹介をしておいた。この世界ではミュカのほうが先輩だからね。
 ミュカは僕のほうを向いて一声鳴くと、窓際に飛んでいってしまった。部屋の中で翼を広げて低空飛行するミュカは、やっぱり大きい。二メートル以上はあるんじゃないだろうか。僕が背中に乗っても大丈夫なくらいの大きさだ。
 さて、ミュカに自己紹介も済んだことだし、次は目の前のリアを起こさなくっちゃいけない。さっき僕が大声を出したのに、リアは穏やかな寝息を立てて熟睡している。

「リア、起きてください。朝ですよ」
「……」
「リア!」

 すごい。耳元で名前を呼んでも身体を揺り動かしても、全然起きない。僕はちょっと強めにリアの肩を揺すった。リアの肩もレオナード同様、筋肉質だった。やっぱり騎士は日々鍛えているんだろうな。

「それにしても」

 僕はリアを起こす手を止めて、リアの顔をまじまじと見てしまった。こっちを向いて寝ているリアの顔の美しいことといったらない。美術の教科書に載っていた西洋の彫刻みたいだ。僕もこんな男らしい鼻筋だったらいいのにな。そう思ってリアの顔を覗き込みながらちょん、とリアの綺麗な鼻筋に触れてみた。

「んー」

 しかめっ面をしたリアの目がやっと開いた。少し垂れ目の、優しい瞳。彫りが深くて、どこまでも吸い込まれそうなその瞳が、僕を見て小さく笑う。

「やあ、おはよう」

 朝のしゃがれた声でささやかれて、僕の心臓がどきんと跳ねた。相手は男。僕も男。今まで同性を恋愛の対象として見たことはない。それでも、かっこいい男というのは心臓に悪い。

「お、おはようございます。あの、レオナードが朝の訓練に遅れるよって」
「そうだね、そろそろ起きないと」

 うーん、と伸びをして寝台から出るリアを眺めていると、レオナードが洗面室から出てきた。

「よう、今日はやけに素直に起きたじゃねえか」
「まあね、ソウタが可愛く起こしてくれたから」

 リアは僕を見ながら自分の鼻をチョン、とつっついた。
 あ、さっき僕がリアのこと触ったのバレてたんだ。恥ずかしい……。
 別に起こそうと思ってやったつもりはなかったんだけど、顔に見惚れてましたと言うわけにもいかないし。よし、真実は闇に葬ろう。僕は話題を変えるために、さっきの疑問を聞くことにした。

「ところで、なんで二人がここに……」
「なんでって、普段俺たちがここで寝てるからだ。リア、昨日説明したんじゃなかったのか」
「いや、お茶でも飲みながらゆっくり話をしようとしたんだが、ソウタが寝てしまっていたから何も伝えられていないんだ。びっくりさせてしまったかな」

 はい、色々びっくりしました……
 つまり、二人はもともと一緒の寝台に寝ていたと。
 大の男が二人して半裸で同じ寝台に……もしかして、二人は恋人同士なのかな。
 いや、昨日リアが『伴侶探しは慎重になる』って言っていたから恋人同士じゃなさそうだ。
 たしか二人は『盟友の誓い』をしたって言っていた。その誓いをすると同じ寝台で寝るのかな。

「二人とも仲良しなんだね……」

 とりあえず当たり障りのない返事をすることにした。レオナードとリアは目を見合わせて笑ってばかりで、僕の質問には答えてくれなかった。
 リアはそのまま洗面室へ行ってしまい、レオナードは窓際で大人しくしている大鷲おおわしのミュカのそばに寄る。どうやら、ミュカの足のあたりに手をやっているようだ。
 よく見ると足のところに、何かがくっついている。僕が不思議そうに見ているのが分かったのか、レオナードが手招きしてくれた。急いで寝台から下りてレオナードとミュカのそばに行く。ミュカは僕が近づいても暴れることなくレオナードのそばでじっとしていた。

「ミュカはな、遠方にいる俺の部下に指令書を届ける役目を担っているんだ。第二騎士団の大事な仲間さ」

 ほら、と言われてミュカの足元を見ると、木でできた小さな筒状のものが足にくくりつけてあった。蓋がしてあって、中にメモが入っている。レオナードは筒の中のメモを取り出すと、一読してから僕にそれを渡してくれた。

『任務完了。四日後帰還予定。問題なし』

 なぜか僕はこの文字が読める。本当に不思議だ。
 そういえばこの騎士団の人たちってどんな任務についてるのかな。

「今、北方で特別部隊が任務にあたっている。ミュカは隊長からの文書を運んできたのさ」

 任務について聞こうかどうか迷っていたら、レオナードのほうから教えてくれた。

「北方……。北に何かあるの」
「ライン王国の北方に生息している雪鹿ゆきじかの角を密輸する連中がいてな。今回は違法に狩猟している連中を捕らえに行っているんだ。どうやら任務は成功したようだな」
「騎士団っていろんな任務があるんだね。僕、レイルの街を守るだけかと思ってた」
「お前も寮長になるなら、騎士団の編成と任務をしっかり把握しておかないとな」
「うん、覚えることがいっぱいだ」
「これから忙しくなるぞ、ソウタ。よし、ミュカご苦労だったな。今日はゆっくり休んでていいぞ」

 レオナードがそういうと、ミュカは自分のくちばしで器用に窓を開けて空へと飛び立った。

「さて、ミュカも飯を食いに行ったみたいだし、俺らも食堂へ行こう。顔を洗ってこい」

 リアが洗面室から出てきたのを見て、レオナードが僕の頭を撫でながら言った。

「うん。あ、ねえ……結局、なんで二人って一緒の寝台に寝てるの?」
「んー? なんでだろうなぁ」

 レオナードはニヤニヤするばかりで教えてくれない。なぜだか嫌な予感がするんですが……
 リアは朝の訓練があるので食堂の前で別れ、僕はレオナードと二人で食堂で朝ご飯を食べることになった。と言っても、僕は普段朝ご飯は食べないから、お茶を一杯もらうつもりだった。なんだけど、周りに集まった団員さんたちに懇願されて、果物とパンを食べることになってしまった。
 団員さんたち曰く、僕が少食のままだと栄養失調で倒れないか心配らしい。彼らの熱意に押されてなんとかリンゴみたいな果物を口の中に押し込む。
 お、お腹がいっぱいではちきれちゃいそう。団員さんたちはそれでも隙あらば僕に何か食べさせようとしてくる。
 助けてもらおうとレオナードに視線を送ったけれど、彼らの態度に呆れながらも横で黙々とご飯を食べているだけだ。団員さんたちを止めるつもりはないみたい。
 それにしても、レオナードが食べてる姿ってすごく綺麗だ。他の団員さんは結構豪快に食べているけど、彼だけは背筋をちゃんと伸ばして、ナイフとフォークで優雅に食べ物を口にしている。
 レオナードって昨日はかなり雑な印象だったんだけど、テーブルマナーは完璧なんだね。失礼だけど、すごく意外だ。

「ソウタ、俺は今から仕事で出る。お前の世話はダグに頼んであるからなんでも聞くといい」

 レオナードは背後に立っている青年に目配せすると、席を立つ。

「ダグ、あとは頼んだぞ」

 夕方までには戻る、と言い、レオナードは食堂を後にした。ダグと呼ばれた青年がレオナードの座っていたところに代わりに座った。
 ダグさんは鼻先にそばかすのある、金髪の巻き毛が魅力的な青年だった。目元は常に笑みをたたえていて、物腰の柔らかそうな印象だ。所属は補給部隊らしい。年もなんとなく近そうだし、仲良くなれそうな気がする。

「ダグさん、よろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしくね。僕のことは呼び捨てでいいよ。さてと、昨日団長と副団長から今日の君の予定表をもらったんだけど……」

 ダグが机の上に広げてくれた予定表を二人で覗き込んだ。

「えーと、まず寮の各部屋の案内ね。それから騎士団の編成と任務について。あとは、ライン王国の地理の説明。生活習慣と社会通念。王国での貨幣価値。貴族制度について……。ちょっと、なんだよこの予定表!」

 ダグが天を仰ぎながら悔しそうに叫ぶと、巻き毛をかきむしった。

「あの人たち、面倒な説明、全部僕に押し付けやがったな!」

 たしかに説明が面倒そうなことばっかりリストアップされてる……

「いつものことながら、お気の毒様」

 周りにいた団員たちが苦笑気味にダグの肩を叩きながら食堂を去っていく。話しぶりからすると、ダグは貧乏くじを引きやすい人のようだ。

「な、なんかすみません……」
「いや、ソウタが謝ることじゃないから! あの二人は昔から人使いが荒いんだよなぁ」

 ダグはぶつぶつと文句を言いつつ、まずは僕を連れて寮内を案内してくれた。
 昨日リアから聞いてはいたけど、改めて歩くと敷地はかなり広い。掃除は何日かに分けてやらないと無理そうだな。
 寮内を歩きながら、ライン王国のことについて話してくれた。
 ライン王国は古くから王政を敷いていて、王国としての歴史は古く千年前まで遡れるらしい。
 北方には高い山脈、南方には海洋都市。西方は織物で栄えていて東方には鉱山がある。そうした東西南北の品物が集まるのが、王国の中央部分に位置するこのレイルっていう街なんだって。

「レイルって、本当に重要な街なんだね。市場とかがあるの?」
「うん、ライン王国一、いや世界でも有数の大きさを誇る市場が中心街にあるんだ。城は見たかな? あれはレイル領主様の城なんだけど、あの城の周りが市場なんだよ」
「へえ! 僕もそのうち見に行けるかなぁ」
「もちろんさ! というか君ならいずれあの城に住む可能性だって……」
「え?」
「あーごめんごめん、時期尚早だった。なんでもないから気にしないで」

 ダグが口ごもっている。何か言いかけたみたいだったけど、怪しいなぁ。

「あ、ほら訓練場に着いたよ、ソウタ!」

 明らかにはぐらかしてるし、ダグって嘘がつけないタイプなんだね。僕はダグに詰め寄るのを後回しにして、訓練場に向かって歩いた。
 表の門からは見えていなかった寮の裏側が、団員の訓練場になっていた。団員の声に交じってカキン、カキン、と金属が打ち合う音が聞こえてくる。

「ここが訓練場。危ないからこれ以上近づいちゃだめだよ。毎日ここで鍛錬に励んでいるんだ」
「わあ、すごい、本物の騎士だぁ!」

 訓練場のみんなは鎧をつけて剣で打ち合っていた。訓練ということだけど、僕から見たら実戦に見える。交わる剣から火花が散って大きな音を立てていた。そんな中に一人だけ、鎧をつけずに指導している人がいる。ピンクがかった金色の短髪が、日の光に照らされてキラキラと反射している。

「あっ、リアだ」
「うん、歩兵部隊の訓練だね。この隊は戦闘時に最前線で剣を交える部隊なんだ。毎朝の訓練で副団長にしごかれてるんだよ」

 リアは鎧もつけていないのに、団員に交じって剣を振るっている。振り下ろされる剣を巧みに避けて、突いてくるそれを自身の剣で跳ねのけつつ反撃の一打を繰り出す。
 大きな身体に反して、身のこなしは恐ろしく速くてしなやかだ。素人の僕から見ても、リアと団員たちにはかなりの実力差があるのが分かる。

「リアって剣が得意なの?」
「もちろんさ。団長と副団長は飛び抜けて強い。王国でも五本の指に入る剣士だよ」
「二人ともすごいんだなぁ」
「本来なら雲の上の存在なんだよ。でもほら、二人とも気さくな性格だからさ。だらしないところとか平気で僕たちに見せてくるし。一緒に生活してお世話してるうちに、なんて言うか、離れがたくなるっていうか」
「ふふ、ダグは二人のこと、大好きなんだね」
「えっうん、まあ。あっ、でもあれだよ! 恋愛的な意味じゃないからね!」
「あははっ」

 慌てふためくダグが面白くて笑ってしまった。

「僕と騎馬部隊のジョシュアは孤児でね、副団長と同じ教会で育ったんだ。レオナード団長もしょっちゅう教会に遊びに来ていたから、僕らにとって二人は兄みたいな存在なんだよ」

 ダグがレオナードとリアのことを慕っているのが伝わってきて、心がじんわり温かくなる。僕にはそういう経験はなかったから、憧れの先輩がいるダグがちょっとだけうらやましい。
 それから、王立第二騎士団の編成についてもダグに教えてもらった。
〝王立〟って付いているので国王の直属の部下なのかと思いきや、第二騎士団だけはちょっと特殊で、レイルの守護を担う特別任務のために、国王じゃなくてレイル領主様の直属の部下ってことになっているらしい。
 とはいえ、国王から任命されているから便宜上は〝王立〟第二騎士団。ややこしいけど、上司はレイル領主様で、上司の上司は国王様ってことになる。
 第二騎士団は団長のレオナードと副団長のリアの下に、六つの部隊がある。
 騎馬部隊、歩兵部隊、偵察・斥候部隊、補給部隊、衛生部隊、そして特別部隊。
 それぞれ十人の小隊を組んでいて、それが三隊ずつ。ということは、騎士団員さんは全部で百八十人いることになる。思っていたより少数精鋭のようだ。
 でも、全員を覚えるとなると結構時間がかかりそうな人数ではある。

「僕、騎士団員さんの顔と名前を全員覚えたほうがいいよね……」
「まあ、そうだろうねえ。みんな寮に頻繁に出入りするからね。でも、全員が寮で寝泊まりしてるわけじゃないよ。結婚している人と、隊歴が長い人は街に家を持っているんだ。寮にいるのは若い奴らだけで、全部で六十人くらいかな。まずはそこからでいいと思うよ」
「六十人かあ。それならすぐに覚えられるかも!」
「うんうん、仕事はいっぱいあるんだから、あんまり気負わないようにね」

 僕とダグは訓練場のそばにある芝生の上に座りながら、騎士たちの訓練を眺めた。
 今は歩兵部隊に所属している三十人が重い鎧をつけながら鍛錬に励んでいる。たくさん打撃を受けてアザや傷だって作っているかもしれない。これからは、寮長の僕がみんなのケアをしてあげよう。
 この寮をリラックスできるような場所にしたいな。
 いつかみんなが僕に心配事を打ち明けてくれるような、親密な関係が築けたら嬉しい。ダグに色々教えてもらったおかげで、昨日よりも明確な目標ができたような気がする。
 そんなことを考えていると、訓練場にレオナードが現れた。訓練の様子を見に来たようだ。
 レオナードもリアと同じく鎧はつけていなかった。赤い髪がさらさらと風に揺れている。本人はふらりと現れただけだというのに、遠目に見ている僕にもレオナードの全身から威風堂々とした雰囲気を感じた。あれがオーラってやつなのかもしれない。
 レオナードの登場に、明らかに団員さんたちの士気が上がった。さっきよりもさらに気合いの入った大きな声が訓練場に響き渡って、みんなの動きがよくなった。そのうちに「やめ」の掛け声がかかると、みんなが次々とレオナードの前に群がって何かを喋っている。

「ああやって、みんな団長に今日の訓練の成果を報告しているんだよ」

 僕の疑問にダグが答えてくれた。

「今日は突きの練習をしましたって言うと、よく頑張ったなって褒めてくれるんだ。次はこんな練習をしてみろよって指示も出してくれる。否定しないんだよね、どんなに失敗しても。次は頑張れって言ってくれるもんだから、みんなその気になって頑張っちゃう」
「レオナードって、のんびりしてるばっかりでちゃんと団長の仕事してるのかなって思ってたんだけど……。ちゃんと団長さんだね」
「あはは、誤解されやすいからなあ、あの人は。ちょっと異色だけど立派な団長だと僕は思うよ」

 今もレオナードは、甲冑を脱いで何かを告げる団員の頭をよしよしと撫でてあげていた。団員さんは嬉しそうだ。
 分かるよ、その気持ち! レオナードってよく頭撫でてくれるよね。ちょっとだけくすぐったくって、不思議と嬉しいんだ。ダグもレオナードに撫でられた時のことを思い出したのか、はにかんだように笑いながら彼らの様子を眺めていた。
 とってもいい雰囲気の騎士団だ。僕はまだ来たばかりだけど、みんながいい人だっていうのが伝わってくる。

「……正直な話さ」

 ダグがぽつん、と呟いた。

「君がこんなに愛らしくって性格のいい子で本当によかったよ」
「え、僕?」
「そう。僕は団長と副団長を昔から近くで見てきたから、正直心配してたんだ。寮長って騎士団のみんなにとってはすごく大事な役職だろう? 団長と副団長をちゃんと理解してくれるかどうかも分からなかったし、冷ややかで嫌な性格の奴だったらどうしようって思ってた」
「そう、なんだ……」

 ダグの心の内を聞いてびっくりした。だってそんなに重要な仕事だって知らずに引き受けちゃったから。そうだよね、寮長っていわば寮の顔だ。みんなのお母さん代わりみたいなところもあるんだろうし。僕に寮長がちゃんと務まるだろうか。

「あのさダグ。僕、寮長やりますって軽い気持ちで言っちゃったんだ。お手伝いさんみたいなものだと思ってて。けど、今の話を聞くと……。本当に僕でよかったのかな」
「もちろんさ! だってこんなに可愛らしい人が来てくれるなんて想像もしてなかった。君がいると寮内が明るくなるし、団長も副団長もご機嫌だし。君は完璧だよ! あの二人を相手にするのは大変だとは思うけど、なんだかんだ言っていい人たちだからさ。二人と、それから僕たち騎士団員のことを面倒見てくれると嬉しいよ」
「はい! 寮長として精一杯頑張ります」
「うん。あーあ、団長も副団長もいいなぁ。こんな可愛い子が伴侶で。君が寮長じゃなければ速攻で口説くどいてるんだけどなぁ」
「……伴侶?」
「うん、伴侶。ソウタ、団長と副団長のお嫁さんになるんでしょ?」

 んーーっっ!? な、なんだってーっ!?



   第二章 お仕事開始


 お嫁さん……ダグ今お嫁さんって言った?
 お嫁さんって言ったらあれだよ、健やかなる時も病める時も人生を共にするアレだよね。いや僕、男なんですけど!?

「ソ、ソウタ大丈夫? 僕何か変なこと言っちゃったかなぁ」
「何か変っていうか、全部変っていうか……いや、待って」

 ここで僕は重大なことに気がついてしまった。ここ、異世界なんだった。
 みんなが変なんじゃなくて、僕が変なんだよ。僕の常識はこの世界の常識とは限らないってことだ。
 その考え方でいくと、ダグの言う『お嫁さん』がイコールそのまま僕の考えている『お嫁さん』とも限らないんじゃないだろうか。
 さっきのダグの言い方だと、寮長になることが団長たちの『お嫁さん』になることに繋がるみたいだったし。何か寮長にしかできない秘密の任務があるとか……!

「ねえ、ダグが言ってた『お嫁さん』って、この世界では何を意味してる? 僕のことレオナードとリアの『伴侶』で『お嫁さん』だって言ってたけど、それって具体的に何をするの?」
「具体的に? ええっと、それ僕の口から言うのはちょっと……」
「言えないようなことなの?」
「というか、具体的に君に伝えるのは僕じゃなくて団長と副団長のほうがいいんじゃ……。三人の問題なんだし。それに僕、まだ死にたくないっていうか……」

 ダグってば本当に嘘が下手だ。あからさまに目が泳いでいる。きっと僕に言えないような重要な任務なんだ。

「分かった、じゃあ二人に直接聞く。ダグ、一緒に来て!」
「え、ちょっとソウタ!」

 僕はダグの腕を強引に引っ張って、訓練場で団員と話しているレオナードとリアのもとに急いだ。

「レオナード! リア!」
「おう、寮内は全部見られたか?」
「やあソウタ、血相変えてどうしたんだい?」
「お話があります!」

 二人は何事かと顔を見合わせていたが、なんだ、と聞く態勢をとってくれた。
 いや、ありがたいんだけど、ここではちょっと。さっきまで訓練していた歩兵部隊さんたちも興味津々で横にいるし……

「あの、できればどこかで座ってゆっくり話したいんだけど」
「ああ」
「なるほど」

 二人はその場にどかりと座り込んでしまった。いや、できれば会議室みたいなところで話を……
 ああもう、歩兵部隊のみなさんまで一緒に聞く気満々で座り込んじゃった!
 ええい、こうなったら仕方ない! 

「あのね、教えてほしいんだけど、寮長になるってことは二人の『伴侶』になるってことなの?」
「そうだ」
「そうだよ」

 レオナードとリアは、それがどうした、みたいな顔をしている。

「え、もしかしてこれは常識?」

 レオナードがリアと顔を見合わせながら、訝しげに片眉を上げた。

「むしろ、お前の世界の騎士団では団長と寮長は伴侶じゃないのか?」
「僕の世界には、そもそも騎士団がないんだ」
「へえ、そいつは驚きだ」

 レオナードだけじゃなくて、リアやダグ、歩兵部隊のみんなもざわざわと驚きの声を上げている。そうだよね、みんなには騎士団がない世界なんて考えられないだろうな。

「それじゃあ誰が国を守っている?」
「僕の国では警察とか自衛隊っていう組織の人たちが守ってる。警察も自衛隊も独身寮はあると思うけど、寮長と伴侶になる規則はないんだ」
「へえ……。そいつは文化の違いってやつだな」

 なるほど、文化の違いね。まさにレオナードの言う通りだ。
 僕たちの間にはもっといろんな文化の違いがあるんだろうな。早くその溝を埋めないと振り回されちゃいそう。そのためにはコミュニケーションが大事だよね! 気後れしないでなんでも聞いて吸収しよう。とりあえず『寮長は団長の〝伴侶〟である』。一つ勉強になった!


「あれ……? 寮長が団長の『伴侶』になるっていうのは分かったんだけど、リアは副団長だよね? どうしてリアも『伴侶』になるの?」
「それは私たちが『盟友の誓い』を結んだからだよ」

 そういえば昨日リアが言っていた。レオナードとリアは誓いを結んだから伴侶選びが大変だって。

「ソウタの世界には『盟友の誓い』は存在しないんだったね」
「うん、少なくとも僕は聞いたことがない」
「二人の騎士が義兄弟の契りを結ぶことを『盟友の誓い』と呼ぶんだ。司教が特別な呪文を唱える前で互いの血を混ぜるんだ。そうすると二人は共に生き、共に死ぬ存在になるんだ」
「共に生きて共に死ぬ? 文字通りの意味で?」
「そう。どちらかが死んだらもう一方も同じ瞬間に死ぬ。だけど一心同体になることでより強固な絆を結ぶことができる。いにしえの時代から脈々と引き継がれる騎士のまじないの儀式なんだよ」
「二人は一心同体だから、本当は別々に選ぶ『伴侶』も一緒になるってこと?」
「そういうこと。レオナードの『伴侶』は私の『伴侶』だ。逆もまた然り」
「な、なるほど。複雑……」
「それほど複雑じゃないさ。君には二人の『伴侶』がいる。それだけのことだよ」

 そうね、今はそれだけ理解できていれば十分かな。ところでその肝心の『伴侶』なんだけど。

「つまり僕は二人の『伴侶』で『お嫁さん』になるってことだってダグが言ってたけど、『お嫁さん』って具体的に何するの?」
「何ってお前……」
「うーん、具体的に君に説明するの?」

 ……レオナードとリアの顔がおかしい。妙にニヤニヤしている。ダグはむず痒そうにしているし、歩兵部隊のみんなもめっちゃニヤついてる……。これ僕、早まったかな。

「それはな、婚姻関係を結ぶってことだ。お前の世界に婚姻の制度はあったか? 生涯を共にすると誓った二人が、俺たちの場合は三人だが、一つ屋根の下で生活を共にして、お互いを尊重して慈しみ合い、寝台の上で愛し合う。最後の『寝台の上で』っていうのが重要だな。それ以外は友人同士でも成立する」
「そ、それってつまり!?」
「子作りするんだよ、俺たちとお前で。それが言ってみれば一般的な『嫁』の役割ってことさ。まあ俺は別に子供なんてどうでもいいがな」
「私もそこはどうでもいいな」

 歩兵部隊の誰かが「お二人は何も寝台の上じゃなくたって構わないんじゃないですかー」なんてとんでもないことを言って笑っている。

「まあな。いつも同じ場所じゃあ飽きちまう。ところでソウタ、『寝台の上で愛し合う』って意味はちゃんと分かるか? なんなら俺とリアが今から教えてやろうか、細かーいところまで」
「待って、待って、待て待て待て、待て!!」

 ニヤニヤ笑いのレオナードを制しつつ、必死で考えた。つまり『伴侶』も『お嫁さん』も、僕の世界とおんなじ意味なのね!
 ということは、僕がレオナードとリアのお嫁さん!?

「でも僕、男なんだよ? 子作りは女の人じゃないと無理じゃない?」
「オンナノヒト?」

 あれ? みんなの頭にはてなマークが浮かんでいるのが見える。なぜだ。

「ソウタ。『オンナノヒト』とは、なんだ」
「んんんっ!? お、女の人っていうのは、僕のいた世界では妊娠するための器官を持ってる人のことなんだけど……」
「そんなのこの世の人間全員にあるだろう?」
「な、ないですね、僕には……」
「ないの!?」

 総勢三十人に一斉に叫ばれて耳が痛い。ひょっとしてこの世界……女の人がいない!?

「まさか女の人がいないなんて……。ぶ、文化の違いだね……」
「文化じゃなくて、生物学上の違いだね」

 ダグが横で冷静に突っ込んできたけど、対応する余裕はない。興味津々で歩兵部隊のみんなが詰め寄ってくる。

「ソウタってばそんな可愛い顔してひょっとして未経験なの? あ、申し遅れました、俺は歩兵部隊の隊長のセレスティーノ! これからよろしくね」

 体格こそ騎士然としているが、どことなくチャラついてるこの人が歩兵部隊の隊長なのか……。雰囲気が完全に遊び人だ。こんな感じで大丈夫なのかな、歩兵部隊。そんなことを思っていたら、他のみんなも隊長のセレスティーノに続いて自由に発言し出す。

「こんな可愛い子に子袋ないとかあり得ないでしょ!」
「ひょっとして経験がないから自分で分かってないんじゃ?」
「おいちょっと冷静になれ、この顔で未経験なわけないだろう?」
「団長、調べる必要があるんじゃないですか?」

 こら歩兵部隊! セクハラが過ぎる! 自己紹介だってろくにしてないのに!

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