盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。

桐山一茶

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最終章 姉妹の選択

亡霊

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 緊張感の漂う暗闇の中。ルルは魔女さんからの指示を聞き逃すまいと耳を傾けながら、脳内では魔法陣を浮かべ続けている。

「あと十」

 魔女さんがボソリと呟く。
 あと十メートルで魔法を打つ。そう思うと、緊張で手が震えてしまう。

 何とか落ち着こうと深呼吸をしていると、ナナの手がルルの肩を掴んだ。

「落ち着いてお姉ちゃん。クマさんの時も成功したんだから大丈夫だよ」

 ルルの耳元でヒソヒソ声で話したナナ。

「う、うん」

 そうだ、熊に襲われた時も狙った場所に雷を落とせたではないか。そう思うと、段々と緊張が落ち着いてきたような気がする。ナナには感謝だ。

「よーし」

 改めて気合いを入れ直すためにルルは短く言葉を吐くと、暗闇を見る目を鋭くさせた。

 トン、トン、トン……。

 魔法使いさんが前から歩いてくる音が耳を触る。
 その音が心地の悪いメトロノームとなり、段々と頭がおかしくなってしまいそうだ。
  でも、失敗する訳にはいかないからと、心の靴紐を縛り直した。その時――。

「今!」

 背後から魔女さんの声が響くと同時、ルルは構えていた雷の魔法を唱えた。
 すると十メートル先辺りに無数の雷が生じ、コンクリートの床に雷撃が突き刺さる。

 ズドドドドド……!

 耳を塞ぎたくなるような爆音と共に、砂埃のような物が辺りに舞い散る。
 ナナだけが耳を塞いでいるが、ルルは魔法を唱えていて耳を塞ぐことが出来なく、魔女さんも椅子に拘束されているため耳を塞げない。
 数秒もすると雷撃が鳴り止み、砂埃が消え去った。
 しかし姉妹の視界には暗闇が広がっているだけで、魔法使いさんがどうなったのかが分からない。

「ねえ! 魔法使いさんどうなったの?」

 ルルが後ろを振り向いて魔女さんの顔を覗くと、それにつられてナナも振り返る。
 そこには苦笑いを浮かべている魔女さんの姿があった。

「死んでは無いと思うのだけれど……床の上で倒れているわ……」

「え……」

 自分なりに雷の威力は弱めていたものの、あの雷撃の量を見れば確実に何回かは直撃していただろう。
 そう言えば雷って直撃したらどうなるのだろう。
 産まれてから静電気しか経験した事の無い姉妹は、揃って雷の恐ろしさにピンと来ていないようだ。

「死んじゃったのかな……」

 さっきまで自分が襲われる心配をしていたナナだが、今では倒れている魔法使いさんを心配し始めた。
 でも、ルルもナナも魔法使いさんに近づく勇気はない。

「あなた達……これからどうするつもり……?」

 椅子に縛られ上半身だけが下着姿となった魔女さんが、苦い表情を浮かべながら尋ねた。
 ここから出口まで、魔女さんが座っている椅子を担いで行くのは不可能に近い。その他に方法を探さなくてはいけないようだ。

「火の魔法で手錠を溶かすとか?」

 ルルがそう尋ねると、魔女さんは首を横に振った。

「この手錠は鉄で出来ているから、熱を通せば拷問器具になるわね」

「ごうもんきぐ?」

『拷問器具』という言葉にナナが反応する。

「えぇと……死なない程度に痛めつける道具のことかしら……」

 何も知らない姉妹に拷問器具を説明するのは難しい。そう思った魔女さんが出来るだけ噛み砕いて説明すると、ルルとナナは同時に「あー」と感心めいた声を漏らした。

「分からないけどやっちゃダメなことは分かった!」

「ナナも何となく分かったー」

 何だか気の抜けるような姉妹の返事に、魔女さんは「あはは」とぎこちない笑い声を零す。

「うーん、どうしようね」

 ルルが顎に指を当てながら考える。その姿はまるで小さな探偵だ。

「鍵のような物があれば良いのだけれど……」

「そっか鍵があれば良いのか! それなら持って――」

「こんの小娘どもぉぉぉぉおおお!!」

 三人だけだと思われた会話の中に、慟哭(どうこく)にも似た叫び声が響いた。その大きな声に姉妹は目を大きくさせている。

「あいつ……雷に打たれても生きてるのね……ゆっくりとだけれど立ち上がったわ」

 姉妹たちの目では何も見えないが、魔女さんの目では魔法使いさんの様子が見えているようだ。

「えー、勝ったと思ったのに」「おじいさんなのに体強い……」

 好き勝手に思ったことを口にする姉妹だが、内心ではかなり焦っていた。だって、次の作戦なんて用意していないのだから。

「絶対に許さんぞ小娘ども……」

 地獄から響いているかのような声に、姉妹は揃って息を飲んだ。

「私たちはただ魔女さんを取り返しに来ただけだよ!」

「そうだよ。もう魔力全部奪ったんだから返してよ……」

 姉妹たちの心からの願い。それでも、魔法使いさんはそれを許さなかった。

「そういう訳にはいかないのだよ」

「なんでダメなの!?」

 ルルの怒りにも似た問いに、魔法使いさんは心地よさそうに笑った。

「当たり前じゃろ。お前らはワシの秘密を握ったのだから生きて返す訳にはいかないんじゃ」

「そんなぁ」

 私たちが魔法使いさんのことを深く詮索したが故(ゆえ)に、魔女さんまでも巻き込み、こんなことになってしまった。魔女さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「じゃがなあ……小娘のおかげでワシの腕はバラバラなんじゃ……」

 腕がバラバラ?
 雷に打たれて腕がバラバラになってしまったというのか。そこまでする気が無かったルルは、暗闇で見えない魔法使いさんの腕を想像すると、怪我をさせた恐怖で手を震わせている。
 でも逃げるのには、今が絶好のタイミングなのではないだろうか。

「血がドロドロと流れててのぉ、このままでは死んでしまうわい」

 死ぬ? 私が雷を打ったのが致命傷となって? そんなのは嫌だ。そこまでするつもりは無かったのに。何としてでも助けなくてはいけないのではないか。

「ナナ、魔法使いさんを――」

「あいつは死なないわ」

 ルルの言葉を遮ったのは魔女さんだった。

「死なないって何で? 魔法使いさん、腕がバラバラで血が出てるって……」

「大丈夫。私の魔力を全て吸い取ったから、あいつは『死ねない』のよ」

「うん? どういうこと?」

 なぜ魔女さんの魔力を吸い取ってしまったら死ねないのだろうと、ルルは眉をへの字にして問う。

「私は師匠から受け取った魔女の魔力を持っていたの。その魔女の魔力を持っているとね、死んだ時に『亡霊』となってこの世を永遠と彷徨うことになるのよ」

「えぇと……言ってることが私には難しい……ナナは分かった?」

「うん、言ってることは分かったけど、それだと魔女さんの師匠も今は亡霊なの?」

 ナナの問いに、魔女さんは小さく首を横に振った。

「いいえ。死んだ時にある『供養』をすれば、その必要は無いのよ」

『供養』の意味がよく分からないが、師匠という人物が亡霊になっていないと理解することが出来た姉妹は、揃って「へぇ~」という声を漏らした。

「だから助ける必要はないわ」

 その魔女さんの言葉には、少量だが恨みが篭っているのが汲み取れた。
 魔女さんはこの数十年間、魔法使いさんのせいで目が見えないのだ。それはそれは恨みを持っているに違いない。

「なんかごちゃごちゃ話してるようじゃがワシはひとりでは死なんぞ……お前ら――いや、村の奴らも道連れにしてやろう……!」

 急に暗闇に鳴り響いた魔法使いさんの怒号に、ルルとナナは急いで声のする方を振り返った。私たちだけでなく村の人達も道連れにするとは、一体どういうことなのだろうか。
 姉妹は嫌な予感に身を震わせ、後ろへと数歩後ずさりをした。
 その時のことだ。
 三人からちょうど十メートル先辺り――魔法使いさんが居ると思われる所で、眩い灰色の光りが発光し始めたのだ。
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