初でいと

No.29

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NYいかない?

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 電話?誰がしてくるのだろうと不思議だったが電話に出た。

「はじめ?」女の声だった。僕は誰だがわからず黙っていた。

「はじめ、わかる?私」僕は最近の女性関係を思い出したが、実家の電話番号など教えるはずもない。

「誰かな?」と聞いてみた。

電話口の向こうで落胆しているのが分かった。

「fanatic hair のかおり」

かおりだった。

「かおり?」予想もしない電話に僕は動揺した。

「なんで実家に?」

「だって番号教えてくれないじゃん」

「いや、聞かれなきゃ教えないでしょ」

それより何の用なのだ。

「最初の店の名簿に実家の番号書いてたでしょ、今の店は名前しか登録してなかったの、はじめはわたしの長いお客さんだったから連絡先聞いていなくて、突然ごめん」

「そうなんだね」と僕は言った。「それはいいけど、どうかしたの?」と僕は聞いた。
用もなく電話してくることもない。

「うん、話したいことがあって」とても深刻そうな様子だった。

「実は、ニューヨークに行こうと思ってる」とかおりが言った。平静を装っているのが分かった。でも、うれしいのか、悲しいのかわからなかった。

「え~!!すごいじゃないか!」と僕は素直に喜んだ。彼女の夢だったからだ。

「美容師で行くの?モデルいくの?」と聞くがかおりは答えなかった。

そして実に意外なことを言った。

「2年前から延ばし延ばしにしていたんだけど、もう今年が最後だって言われて・・・」

俺は驚いて「2年?聞いてないよ、そんな話」と言った。

なぜ2年も伸ばす必要があるのか。
「言ってないもん」
確かに僕に言う必要はない。
「そりゃ、僕に言う必要はないかもしれないけど」というと「ほかの人には言ったけど」とかおり。
それも別に構わないが、なんとなく気に入らなかった。
「どのくらい行くの」
「最低で2年」とかおりは答えた。
「そっか」と俺は言った。
「そっかって」とかおりは少しあきれた風だった。
それから少し沈黙があった。
かおりがいつもと違う、自信のなさそうな声で「2年カット出来ないけど」といった。

僕は「仕方ないよ、他で切るしかないよな」と答えると「いいの?それで!」かおりがやや強い口調で言った。

僕はありえないと思いながらも「まさか、僕の髪を切るためにニューヨーク行延ばしたんじゃ」というと「そんなわけないでしょ」と言われた。
「髪のためじゃなく、あなたに会えないのがたまらなくつらかったの」と突然かおりが言った。

その言葉はあまり、現実的に聞こえなかった。僕とかおりは電話で話したこともなければ、食事に誘った事さえないのだ。そんな勘違いをする僕ではない、と思っていた。

そしてかおりはこんな風な話をした。

「はじめが最初に来た時からわたしはあなたを目で追ってた。でも当時の店長がカットに入って4回くらい担当してたわ、来店するたびにわたしはドキドキしてた。でも店長やめちゃって、はじめはできるだけ長く同じ人に切ってもらいたかったって言ってた。だから私はなるべく、なんか好きとかそういうことじゃなく、長くあなたの担当でいようって思ったの。そうするうちに私が店を変えてもはじめは来てくれるようになって。
 私が雑誌に出るようになってもはじめの態度は全く変わらなかった。私の周りは目まぐるしく変わっていったのに。30も近くなって、目標を見失う人が多い中、はじめは変わらないでいつも自分の目標や周りに誠実だった。私はあなたに随分助けてもらっているのよ」

確かに、仕事は少しずつやりたい事が出来てきている。ふと、それはもしかしたら、かおりの影響もあるのかも、と思えた。かおりの写真を雑誌などで見ると、俺も負けていられないと踏ん張ってきたのは確かだった。

毎月2時間程の二人の会話が自分にとって、モチベーションであり、目標に向かう為の振り返りであり、かおりの笑顔がエネルギーだったことになんとなく、気がついた。

その時間を、失うのか。

「私、はじめをすぐに好きになってた。でも、自分で認めるのに1年かかった。それから4年間とても辛かった。でもあなたは私の大切なお客さん、5年も一緒にいるお客さんだもの」

「3年目でニューヨークの話があって、すぐ行こうと思ったの。だけど返事をする日にはじめのカットがあって、だれがこれからこの人のカットするんだろう。誰とあんな風に話すんだろう、だれと鏡越しにめくばせするんだろう、そんな事ばかり考えちゃって、とてもニューヨークに行ける気分じゃなかった。」

そんな馬鹿なと思った。だが、かおりの真剣さが僕を黙らせた。

「でも、もう限界みたい。どっちかをあきらめなければならないみたい」

「ねえ、はじめ 今付きっている人がいるかわからない、ううん、結婚してるかもしれないんだよね」

確かに僕にはこの5年間付き合った娘は何人もいた。

電話口のかおりは言った。
「だけど、わたしと一緒にニューヨークに行ってくれない?」


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