秘密だよ

ブーケ

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秘密だよ

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「おあっ!?」 
お父さんの大声で、僕は目が覚めた。
ゲームをしながら、眠っちゃったみたいだ。
「おーい!虫かごだ 虫かご!」
大急ぎで押し入れを開け、虫かごを掴んで リビングに走る。
ドアを開けると、お父さんがソファーの上で、膝立ちしていた。
目をまん丸くして、両手を前に突き出して いる。
手には金色の毛が握られていて、その間で、肌色をした何かが、 びちびちと動いていた。
「早くっ!虫かごをくれ!」
僕が虫かごを差し出すと、お父さんはそれを押し込んで、口をパチンと閉めた。
「どうしたの?長い昼寝だと思ったら」
お母さんが、カレーの匂いをさせながら入っ来た。
「あ、お母さん」
お父さんは首を捻って、お母さんを見た。
「よ、妖怪を、捕まえたんだ」


僕達は虫かごを囲んで、中を覗いた。
耳が長くて、金色のたてがみと、ふさふさの尻尾が生えている。
大きさは、僕の人差し指くらい。
他は、つるんと太った赤ちゃんみたいだ。
大きな青い目で、きょときょとと僕達を見ている。
「夢の中に、こいつが出て来たんだ。俺の死んだお祖父ちゃんに、聞いた話を思い出して、捕まえた 」
「どんな話?」
まだ少し興奮しているお父さんに、お母さんが聞いた。
「こいつは、夢で掴んだまま目を覚ますと、現実になる。そして、こいつの涙は宝石に変わって、幸せになれるんだ」
「涙って、どうするの?」
「分からない。でも俺は、田舎に家が欲しいんだ」
「困ったわね」
僕は口を挟んだ。
「叔父さんと叔母さんに、聞いてみたら?」
お父さんが怖い顔をした。
「子供は、黙っていなさい!」
僕が何か言うと、いつもこうだ。
「あら、それがいいわよ。お父さん、電話よ電話」
お母さんに急かされて、お父さんは電話を かけに行った。


電話で分かったのは、名前が『パルミン』だってことと、捕まえてもだんだん小さくなって、逃げられちゃうってことだけだった。
「うーん」
お父さんは、しばらく腕組みをした後、救急箱からピンセットを取り出した。
柵の間からその先を入れて、パルミンの腕を、つんつんつつく。
腕は、くにょん、と凹んで、直ぐに元通りになった。
今度は、足を摘んで、引っ張ってみる。
パルミンは、少し顔をしかめたけれど、ピンセットを放すと、やっぱり、ぷるんっ、と 元通り。
「やめてよ、お父さん。可哀想だよ」
お父さんの目が、吊り上がった。
「うるさい!じゃあ、どうするんだ!」
お母さんが、のんびりと言った。
「とりあえず、何か食べさせましょうよ」
お父さんの目尻が、元に戻った。
「僕、ハチミツがいいと思う」
「そうね」
お母さんが、微笑んだ。

僕は、ペットボトルの蓋にハチミツを入れて、パルミンの前に差し出した。
「ハチミツだよ。飲む?」
パルミンは、両腕をいっぱいに広げて、ハチミツを受け取ると、口を近付けた。
頬を、ぎゅっ、とすぼめて吸い込むと、丸 いお腹がどんどん膨れいく。
パルミンはハチミツから口を離すと、僕を見て、にこっ、と笑った。
僕は、ドキッとして、とても困ってしまった。
「可愛いわねぇ」
お母さんは、にこにこと眺めた後、真面目な顔をして、お父さんを振り向いた。
「泣かせるなんて、とんでもないわ」
「じゃあ、宝石はどうするんだ」
「諦めたら?苛めたら許さないわよ」
二人は睨み合ったまま、黙り込む。
恐る恐る、僕は言った。
「放してあげても、いいんじゃない?」
お父さんは、顔を赤くして、虫かごを自分の部屋に、持って行ってしまった。


その夜、僕は夢を見た。
僕はパルミンと同じ大きさになって、森の中を並んで歩いていた。
転ばないように、下ばっかり見ていると、 急に明るい広場に出た。
パルミンは、嬉しそうに太陽を見上げると、大きく口を開けた。
顔の半分位ありそうな口に、日差しがどんどん吸い込まれて、パルミンの体を輝かせては
、消えていく。
パルミンが僕を振り向いて、目が合うと、頭の中で声が響いた。
ー真似してみてー
僕も大きく反り返り、太陽に向かって口を開けると、お日様のパワーが、ぐわっと飛び込んで来た。
どんどんお腹が熱くなる。
身体がパワーでパンパンになると、僕は、ふわっと浮き上がった。
よく見ると、森に見えたのは草藪で、細長い葉っぱが、沢山生えていた。
パルミンが飛び付くと、葉っぱは大きくしなって、手を放したパルミンを、大きく上に飛ばす。
ぶら下がったり上に乗ったり、パルミンは 楽しそうに、飛び移っていく。
僕も真似をして飛び乗ると、葉っぱはトランポリンみたいに、僕を跳ね上げる。
少しずつ、高い葉っぱに飛び移っていくと、五回目で、つるっと足が滑った。
ー落ちるっ!!ー
その時、しゅるっと、たてがみと尻尾が生えてきて、右と左にぶんぶん回りだした。
今度は、ぐんぐん上がっていく。
パルミンが横に飛んで来て、僕の手を握っ た。
目が合って、パルミンが、にぱっ、と笑うと、僕も自然に笑顔になる。
その時いきなり、びゅうっと、強い風が吹いた。
僕達は、上に飛ばされたけど、パルミンと 一緒だから全然怖くない。
回りをぐるっと見てみると、ユリの花びらが沢山踊っていて、いろんな色をしたパルミンの仲間達が、花びらに抱き付いて、楽しそうに飛び回っている。
ーせーのっー
僕達も花びらに飛び乗ると、上に、下に、右に、左に、そして、くるくると、波に巻き込まれたみたいに、空を、びゅんびゅんと飛んでいく。
「ひゃっほーっ」
勝手に声が出た。
他のパルミン達の、気持ちも伝わってくる。
わくわく、ドキドキ、嬉しい!楽しいっ!!
ーあー
僕は気が付いた。
ここは時々、友達とキャッチボールなんかをする、河原の横だ。
岩が、お父さんの顔に変わった。
「子供は、黙っていなさいっ!」
僕は逆さまになって、落ちていった。


「おはよう」
僕が顔を洗ってリビングに行くと、お父さんとお母さんは、朝御飯を食べていた。
「あら、早いわね。夏休みなのに」
お母さんは立とうとしたけど、僕の顔を見て、座りなおした。
ドキドキしながら、僕は言った。
「お父さん、パルミンを苛めない泣かせ方は、見つかった?」
お父さんはむっとした。
「あるわけないだろ」
僕は、心臓がぎゅっ、となったけど、 息を大きく吸って、お願いした。
「じゃあ、放してあげて」
「うるさい!子供は黙ってろって言っただろ」
怖くて、目の前が暗くなった。
けれども、両手をぎゅっと握ると、パルミンの手の感じが戻ってきた。
「可哀想だよ。どうせ逃げちゃうなら、逃がしてあげようよ」
「口答えするなっ!」
僕は頑張った。
「お願いだよ。自然の中で暮らしたいんだ よね。だけど、ここにも自然があるよ。河原とか、原っぱとか。僕は、ちゃんと外でも 遊べるよ!」
「生意気言うなっ!」
「パルミンも、のびのび暮らしたいんだ。仲間と一緒にいたいんだよ!」
「それもそうね」
お母さんが助けてくれた。
「この子も、こんなに言っているんだし、 放してあげましょう」
お父さんは、黙ってお母さんの顔を見つめた。
それから、僕のことも、じっと見て言った。
「分かったよ。仕方ないな」


僕はパルミンをポケットに入れて、河原に行った。
誰もいないことを確かめて、草むらの中で 、そっと左の掌の上に出す。
「ごめんね。パルミン」
パルミンは首を傾げた。
「ここでいい?」
パルミンが頷く。
「そういえば、『パルミン』って、僕達を 『人間』って、呼ぶのと同じだよね。君の 名前は?」
パルミンは、首をちょっと傾げてから、 横に振った。
「無いの?」
こくっと頷く。
「じゃあ、僕が付けていい?。君は夢の中で遊んでくれた。だから、僕は勇気を出して、お父さんに思ったことを言えたんだ。僕にとって、君は特別で大切なパルミンだから」
また、頷く。
「君の目の色は、綺麗で明るい青だから『そら』。『そら』で いい?」
そらは、大きく頷いた。その目から、青い光の粒が流れて落ちる。それは、僕の手の窪みに集まって、うずらの卵みたいに大きくて、透き通る、綺麗な青い石に変わった。
驚いて固まっていると、遠くから人の声が して、僕は、はっとした。
「見つかったら大変だよね。寂しいけど、さよなら」
僕は右手で石を摘まんで、そらが抱えやすいように、前に立てた。
「これはそらの涙だから、そらのだよ」
そらは、目をぱちぱちさせてから、口を大きく横に開けて、にいっ、と笑った。
そして、石に吸い付くと、ゼリーのみたいに飲み込んだ。
ーこれで、友達だねー
頭の中で、声が響く。
そらは飛び立つと、草に紛れて、すぐに見えなくなった。


一週間後、青い封筒が届いた。
お父さんが応募していた、南の島の特別職員に、合格した知らせだ。
家族皆で、二年、島の宣伝をすると、古い 家も貰えるらしい。


僕は空の涙の事を、お父さんとお母さんに、話してみた。
お父さんは珍しく、怒らないで聞いてくれた。
「そういう仕組みか・・・じゃあ、他の人には内緒だな」
「うん。そうだね」
僕は元気に、返事をした。


でも、僕には、まだ秘密がある。
あの後、他に誰もいない時、パルミン達は 出て来てくれて、一緒に遊ぶようになったんだ。
頭の中で話も出来るし、今では皆と仲良し で、離れるのは凄く寂しい。
だけど、パルミンの仲間達は、いろんな名前で呼ばれながら、世界中に沢山、散らばっているんだって。
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