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第1章 攫われた聖女

1-1・……っの、エロ狼ーー!!

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「あぁん!? お前ホントに聖女かよっ!」

 問答無用で連れ込まれた海賊船の船長室。不揃いに伸びた赤髪を雑に括っただけの男が、眉間に深い皺を寄せてメルヴィオラを睨み付けていた。対してメルヴィオラも威勢だけは負けていない。自身のふんわりとした青い髪を掴んで、男にずいっと詰め寄った。

「失礼ね! あなたの目は節穴なの? この髪と目の色見たらわかるでしょ!」

 男を睨み上げるメルヴィオラの瞳は赤い。まるで稀少な宝石レッドダイヤモンドのように、他に類をみないほど美しく透き通った色だ。

 男だらけの海賊船。その一室に船長と二人きりでいるというのに、メルヴィオラは少しも怯える様子がない。半分は弱みを見せないようにしているだけなのだが、どうやらメルヴィオラの虚勢は思惑通り男に気の強さだと映ったらしい。こちらを睨むマリンブルーの瞳に、また少し険しさが増した。

「髪色なんざ、好きに染められんだろーが」
「そうだとしても、あなたみたいにチャラい赤髪だけはゴメンだわ!」
「俺のは地毛だ!」
「私だって地毛よ!」
「あぁ、くそ! 毛の話はどうでもいーんだよ!」

 そのチャラい赤髪をわしわしっと掻きむしって、男が苛立ったように舌打ちをする。一度は瞼に隠されたマリンブルーと目が合うと、メルヴィオラは両肩を強く掴まれて男の方にぐいっと引き寄せられた。

「呪いを解いてくれって言ったんだ。それさえ済めば、お前はおかに返してやる」
「フィロスはさっき渡したじゃない。それに狼から人の姿に戻ったんだから、呪いはもう解けてるわよ」
「解けてねーだろ! 耳と尻尾が残ってんじゃねーか!」

 男の叫びにあわせて、赤い髪から黒銀色の三角耳がピンッと飛び出した。どこから見ても獣のそれは、男の怒りに連動しているのか小刻みにぷるぷると震えている。とすれば先程ちらりと見えた大きな尻尾も、おそらくぶわっと毛を逆立てているに違いない。その姿を想像して、メルヴィオラは思わず吹き出してしまった。

「あぁ? 何笑ってんだ、コラ」
「別に」

 唇を尖らせてぷいっと横を向くと、肩を掴む男の力が強くなった。

「海賊相手にずいぶんと余裕だな。ここはもう海の上だぞ。逃げ場なんてどこにもねぇし、周りは野郎ばっかの船の中だ。犯される前に、さっさと俺を浄化したほうが身のためだぞ。そうすればこの船での安全は保証してやる」
私の涙フィロスを飲んだんだから、浄化はもう済んでるの! これ以上は無理よ」
「量が足りないんじゃねぇのか? オラ、もっと泣け」

 体をぶんぶんと揺さぶってくる腕から逃れようとするも、赤毛の男は海を縄張りとする海賊の船長だ。神殿で大事に育てられたメルヴィオラが敵う相手ではない。

「ちょ……っと、やめてよ!」
「泣けねぇんなら、別のモンで代用するだけだ」
「代用なんてできるわけっ」

 ――ない、と。そう言おうとした口が、熱く湿った唇に塞がれる。驚きに固く引き結んだ唇をこじ開けて侵入した「それ」に、メルヴィオラの小さな舌は容易く絡め取られてしまった。

「……んっ、ふぁ……」

 呪いを解くためという名目にしては、絡まる舌がやけに煽情的でなまめかしい。逃げようともがけばもがくほど繋がりはより深くなり、頬をかすめる男の吐息にも余計な色が混ざりはじめる。
 このままでは危険だ。どうにかして逃げなくてはと、そう思った瞬間、男が名残惜しそうに唇を離した。場の雰囲気に酔った男のマリンブルーが、熱に浮かされてとろんと揺れる。
 その隙を、メルヴィオラは逃さなかった。

「……っの、エロ狼ーっ!」

 渾身の一撃が、にやけた男の頬めがけて見事に命中した。ばっしーんっと響いた打撃音は船長室の外にまで届き、それは海賊船エルフィリーザをも大きく揺り動かした……と、のちの公開日誌に記されている。


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