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第6章 新しい物語
狂神・2
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その音は、巨大水晶の中から聞こえてきた。
月の宮殿上空にて魔物と戦っていたルーヴァの耳にも、その鋭い亀裂音ははっきりと届いていた。迫り来る危機を瞬時に悟ったルーヴァが弾かれたように身を翻して、巨大水晶へと視線をめぐらせる。その先で、水晶の表面に一本の深い亀裂が走った。アルディナを縦に引き裂くようにして生じた亀裂は、遠くにいるルーヴァからでもはっきりと見て取れるほど深く太い。そしてそれは、水晶の崩壊を告げるもの以外の何ものでもなかった。
「ちょっと、セシリア! どういう事っ?」
水晶に太い亀裂が生じた事で一気に数を増した魔物と戦う羽目になったりリスが、不機嫌な声をあげて地上のセシリアを睨みつけた。しかしセシリアはそんなリリスの声などまったく耳に入っていない様子で、不可解な表情を浮かべたまま水晶の亀裂、その奥のアルディナを見つめている。
「セシリアっ!」
再度投げかけられた声に今度は素早く反応して、セシリアが上空のリリスへ顔を向けた。けれど、その表情は未だはっきりとしない。
「膨張しているのは闇ではなく……アルディナ様の力?」
「何っ? どうしたの?」
「あの亀裂は、アルディナ様の力がつけたと言う事よ」
セシリアがそう口にした瞬間。突如として、巨大水晶が内に閉じ込めたアルディナを核とし、目も眩むような白い光を炸裂させた。あまりに突然の出来事で、そこにいたすべての者が目を閉じ、成す術もなく立ち尽くす。リリスが現状を把握するより先に、今度は光の中から水晶の砕ける鈍く太い音が響いた。
「何て事っ」
ちっと舌打ちして、リリスは自分の杖をぎゅっと強く握りしめる。白い光に視界を遮られ何も見る事が出来なかったが、それでもリリスは消えていく水晶の波動を辿って上空から地上へと降下した。が、思いも寄らない衝撃波を全身にくらい、あっという間に遠くへ吹き飛ばされる。
「何なの、一体っ」
くるりと一回転して体勢を立て直したりリスが、再び水晶の方へ降下しようとしたその時。
「落ち着いて下さい、リリス」
声と同時に、リリスの体が真後ろへ引き戻される。声だけでそれが誰であるかを知り、リリスは苛立ちをあらわにしながら鋭い視線を彼へと向けた。
「落ち着けるわけないでしょう? 結界が破れたのよ。分かってるのっ?」
「えぇ、分かってますよ。だからリリス。はい、深呼吸して下さい」
いたって普通に返されて、リリスが我慢できずに怒鳴ろうとする。その口元をやんわりと指で抑えたルーヴァが、変わらずにこりと穏やかな笑みを浮かべた。
「魔物の気配がしますか?」
静かに問われ、リリスが目を見開いた。結界が崩壊し、溢れ出すはずの魔物の気配が、確かにそこにはなかった。
「……どういう事?」
「さぁ。……でも、魔物の代わりに別の気を感じます。リリス、あそこを見て下さい」
ルーヴァが指差した方向へ目を向けて、リリスは次第に薄れていく白い光の中に「何か」を見ようと目を凝らす。巨大水晶のあった場所。崩れた水晶の破片すら消失したその荒野の真ん中に、リリスは高貴なる金色の人影を見つけて、はっと息を飲んだ。
天界を覆った光が消え、溢れ出した魔物も砕けた水晶も消え、そこは何もない荒野の姿を曝け出していた。その中央に、意識曖昧なまま呆然と佇む創世神の姿があった。地界への扉を開いた時と同様にただひとり荒野に立つその光景は、間近で見ていたセシリアに時間の錯覚さえ感じさせる。
――だが、違っていた。
アルディナの背中には二枚の大きな翼があった。その手にはシェリルに渡したはずのルーテリーヴェが、完全な聖杖の形となって握られていた。そこにいたのは、完全なる創世神アルディナの姿だった。
「……アルディナ様?」
事態の変化についていけず、かすかに表情を曇らせたセシリアが恐る恐る声をかけた。それにぴくりと反応して、アルディナがゆっくりと顔を上げる。まだぼんやりとした虚ろな瞳をセシリアへ向けて、アルディナは痙攣するように唇を動かした。
「…………だ」
「アルディナ様、一体何が……」
そう言って躊躇いがちに手を伸ばしたセシリアへ、アルディナが低い声音ではっきりと言葉を告げた。
「……シェリルが死んだ」
月の宮殿上空にて魔物と戦っていたルーヴァの耳にも、その鋭い亀裂音ははっきりと届いていた。迫り来る危機を瞬時に悟ったルーヴァが弾かれたように身を翻して、巨大水晶へと視線をめぐらせる。その先で、水晶の表面に一本の深い亀裂が走った。アルディナを縦に引き裂くようにして生じた亀裂は、遠くにいるルーヴァからでもはっきりと見て取れるほど深く太い。そしてそれは、水晶の崩壊を告げるもの以外の何ものでもなかった。
「ちょっと、セシリア! どういう事っ?」
水晶に太い亀裂が生じた事で一気に数を増した魔物と戦う羽目になったりリスが、不機嫌な声をあげて地上のセシリアを睨みつけた。しかしセシリアはそんなリリスの声などまったく耳に入っていない様子で、不可解な表情を浮かべたまま水晶の亀裂、その奥のアルディナを見つめている。
「セシリアっ!」
再度投げかけられた声に今度は素早く反応して、セシリアが上空のリリスへ顔を向けた。けれど、その表情は未だはっきりとしない。
「膨張しているのは闇ではなく……アルディナ様の力?」
「何っ? どうしたの?」
「あの亀裂は、アルディナ様の力がつけたと言う事よ」
セシリアがそう口にした瞬間。突如として、巨大水晶が内に閉じ込めたアルディナを核とし、目も眩むような白い光を炸裂させた。あまりに突然の出来事で、そこにいたすべての者が目を閉じ、成す術もなく立ち尽くす。リリスが現状を把握するより先に、今度は光の中から水晶の砕ける鈍く太い音が響いた。
「何て事っ」
ちっと舌打ちして、リリスは自分の杖をぎゅっと強く握りしめる。白い光に視界を遮られ何も見る事が出来なかったが、それでもリリスは消えていく水晶の波動を辿って上空から地上へと降下した。が、思いも寄らない衝撃波を全身にくらい、あっという間に遠くへ吹き飛ばされる。
「何なの、一体っ」
くるりと一回転して体勢を立て直したりリスが、再び水晶の方へ降下しようとしたその時。
「落ち着いて下さい、リリス」
声と同時に、リリスの体が真後ろへ引き戻される。声だけでそれが誰であるかを知り、リリスは苛立ちをあらわにしながら鋭い視線を彼へと向けた。
「落ち着けるわけないでしょう? 結界が破れたのよ。分かってるのっ?」
「えぇ、分かってますよ。だからリリス。はい、深呼吸して下さい」
いたって普通に返されて、リリスが我慢できずに怒鳴ろうとする。その口元をやんわりと指で抑えたルーヴァが、変わらずにこりと穏やかな笑みを浮かべた。
「魔物の気配がしますか?」
静かに問われ、リリスが目を見開いた。結界が崩壊し、溢れ出すはずの魔物の気配が、確かにそこにはなかった。
「……どういう事?」
「さぁ。……でも、魔物の代わりに別の気を感じます。リリス、あそこを見て下さい」
ルーヴァが指差した方向へ目を向けて、リリスは次第に薄れていく白い光の中に「何か」を見ようと目を凝らす。巨大水晶のあった場所。崩れた水晶の破片すら消失したその荒野の真ん中に、リリスは高貴なる金色の人影を見つけて、はっと息を飲んだ。
天界を覆った光が消え、溢れ出した魔物も砕けた水晶も消え、そこは何もない荒野の姿を曝け出していた。その中央に、意識曖昧なまま呆然と佇む創世神の姿があった。地界への扉を開いた時と同様にただひとり荒野に立つその光景は、間近で見ていたセシリアに時間の錯覚さえ感じさせる。
――だが、違っていた。
アルディナの背中には二枚の大きな翼があった。その手にはシェリルに渡したはずのルーテリーヴェが、完全な聖杖の形となって握られていた。そこにいたのは、完全なる創世神アルディナの姿だった。
「……アルディナ様?」
事態の変化についていけず、かすかに表情を曇らせたセシリアが恐る恐る声をかけた。それにぴくりと反応して、アルディナがゆっくりと顔を上げる。まだぼんやりとした虚ろな瞳をセシリアへ向けて、アルディナは痙攣するように唇を動かした。
「…………だ」
「アルディナ様、一体何が……」
そう言って躊躇いがちに手を伸ばしたセシリアへ、アルディナが低い声音ではっきりと言葉を告げた。
「……シェリルが死んだ」
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