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第4章 光と闇の復活
祈りの翼・1
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それに音をつけるなら、天界全体に激しく轟く爆音。
リリスを自分の家に寝かせ、再び空へ駆け上がったルーヴァは、月の宮殿から放出される強大な魔力に違和感を覚えてさっと表情を固くした。
「これは……っ」
ざわめく大気と魔力の風に妙な胸騒ぎを感じながら、魔力の発生源である宮殿の屋上へ目を向けたルーヴァは、そこに渦巻く風の向こう側で呪文を唱え続けていたセシリアの姿を見つけてぎくんと大きく体を震わせた。
セシリアの呪文に合わせて水晶球が淡く光り、そこから空を埋め尽くすように膨張した魔力の波が傷付いた結界をゆっくりと癒していた。天界を包む結界はセシリアの魔法で修復され、魔物たちはこれ以上の侵入を許されない。それは喜ぶべき事態の好転で、ルーヴァが絶叫する必要などどこにもなかった。しかし彼の目には、そこにあるべきではない色彩がはっきりと映し出されていた。
「姉さんっ!」
その唇から零れ落ちていたのは、呪文だけではなかった。
彼の目が捉えたのは、毒々しい赤に染まったセシリアの姿。呪文と一緒に吐き出した鮮血によって、セシリアの服は目を疑うほど真紅に染め上げられている。気力だけで立っているとしか思えないほどセシリアの顔色は白く無表情だったが、風に乗って流れてくる呪文がルーヴァの声に反応して少しだけ本来の輝きを取り戻した。
「姉さんっ!」
セシリアの様子に愕然としながら、ルーヴァはいつの間にか震えていた両手をぎゅっと強く握りしめて、気持ちを落ち着かせる為に深く息を吸い込んだ。
セシリアがやろうとしているのは、術者自身の生命力と引きかえに、天界を何者からも守る最強の結界を作り出す究極の魔法。術者の命を絡めた力は聖魔力と呼ばれ、それによって形成された呪文は想像を超えた魔法を発動させる。聖魔力とは、いわば天使たちの最期の切り札なのだ。
セシリアが放つ聖魔力を肌にびりびりと感じながら、ルーヴァは血が滲むほど強くその薄い唇を噛み締める。
取り乱してはいけない。事態が好転する気配もなく、ただ闇に飲み込まれ崩壊を目前とした天界を前に、セシリアが出来る事はそれ以外に何もない。ルーヴァとて、それが分からないほど子供ではないのだ。――しかし。
『……大丈夫。心配しないで』
柔らかく渦を巻く聖魔力に包まれたセシリアが、そう語りかけるように淡い微笑みをルーヴァへと投げかける。美しいままで散り逝くかけがえのない花に嘆いた瞬間、ルーヴァの中で何かが壊れる絶望の音が木霊した。
「駄目だ! 姉さんっ!」
悲鳴にも似た声が響き渡るより先に、ルーヴァが宮殿に向かって勢いよく降下した。しかし宮殿の屋上をすっぽりと包み込んだ聖魔力の波は、魔法の妨げとなるすべてのものの侵入を拒むかのようにそのまま風の防壁と成り代わり、降下してきたルーヴァの体を再び上空へと弾き飛ばした。予想外の攻撃に防御すら出来ず、魔物のへばり付く壊れかかった結界に強く叩きつけられたルーヴァは、その衝撃だけで骨が悲鳴をあげて軋む音を間近に聞いた。先ほどの戦いでかなりの体力を消耗させていただけに、無視する事の出来ない痛みが容赦なくルーヴァに襲い掛かる。
「ぐっ!」
何千もの針に突き刺されたような痛みに耐えながら、それでもセシリアのいる宮殿へ降下しようと翼を羽ばたかせて、ルーヴァは頬を伝うねっとりとした赤い雫を強引に拭い去った。
女神のいない天界を魔物たちから守ろうとするセシリアの行動は正しかった。結界魔法の最高責任者であるならなおさらで、ルーヴァもそれについては十分に理解していたつもりだったのに。
消え逝くセシリアを前にして、ルーヴァの中に残った思いは……天使としてはあるまじき願いだった。
「やめてくれ! 魔法を完成させちゃ駄目だっ!」
セシリアの魔法がなければ、天界の結界は崩壊を待つだけの脆い状態となる。魔物はこぞって小さな亀裂から侵入を果たし、天界は数分も経たないうちに闇に堕ちてしまうだろう。セシリアの結界魔法は天使たちの希望であり、そして同時に天界の命運を左右するものでもあった。
(……冗談じゃないっ)
徐々に色をなくしていくセシリアを見つめたまま、ルーヴァが自分自身を咎めるように心の奥で低く低く呟いた。
すべての天使を敵に回しても構わない。例え女神に叛く事になろうとも、この思いだけは決して捨てない。
「大切な人が死んでいくのを見るのは……もう、たくさんだっ」
甦る過去を振り払い、ルーヴァがその手にサファイア色の短剣を召喚させた。セシリアを包む聖魔力の防壁を破壊し、結界魔法を中断させる。その為に、この身が滅びようと構わない。セシリアを、たったひとりの肉親を失いたくない。ただそれだけの思いの為に。
鋭い視線を宮殿へ向けたルーヴァが、出しうる限りの力を短剣へ注ぎ込んだその瞬間。
「散れ。忌まわしき闇の亡者たちよ」
夜の闇を吹き飛ばす黄金の光が、空に群がる魔物の影を蹴散らすように炸裂した。
宮殿を中心にして膨れ上がった光の勢力に耐え切れず、辛うじて魔物を食い止めていた結界が脆い部分から悲鳴をあげて軋み始める。はっとして空を見上げたルーヴァが瞬きする間もなく、天界を守り続けていた結界が砕けた硝子音を響かせながら勢いよく吹き飛ばされた。
「結界がっ!」
我先にと迫り来る魔物の群れに愕然とするルーヴァの手から、サファイア色の短剣がするりと滑り落ちる。この状況で戦意を保てる訳がない。天使たちは疲れ果て、ルーヴァでさえこれ以上の襲撃に耐え切れるだけの力は持ち合わせていなかった。
天界は堕ちる。成す術は、ひとつもない。
「ルーヴァ! 危ないっ!」
半ば諦めかけていたルーヴァの耳に届いた声音は、ここにいるはずのない乙女のものだった。聞き覚えのある声に驚いてはっと顔を向けたその先に、銀色に輝く長剣を携えたシェリルの姿があった。
「シェリルっ?」
返事の代わりに力任せに振り下ろされた長剣が、その刃から真白い風を放出させた。風の刃に変わったそれはルーヴァに襲い掛かろうとしていた魔物の群れを一瞬のうちに切り刻み、粉々になった肉片が辺り一面に弾き飛ぶ。その光景に唖然としていたルーヴァの真下で、シェリルが短い悲鳴をあげてその場にぺたんと座りこんだ。
「きゃあっ!」
「シェリル!」
はっと我に返って真下を見下ろしたルーヴァの目に、長剣を放り投げ両手で顔を覆い隠したシェリルが映った。慌てて上空からシェリルの側に着地したルーヴァは、体を小刻みに震わせるシェリルの様子にただならぬ異変を感じて青ざめる。
「どうしたんですかっ!」
「……き……気持ち悪い」
しかしルーヴァの心配をよそに、シェリルは辺り一面に散らばった魔物の肉片を指差して、縋るような眼差しを向けてくる。そんなシェリルを見て、ルーヴァが少し呆れたようにふうっと息を吐いた。
「何言ってるんですか。あなたがやった事でしょう。……おかげで助かりましたけどね」
「ルーヴァが危ないって思ったら、体が勝手に。でもあんな力があるなんて……」
ルーヴァに手を引かれながら立ち上がったシェリルは、足元の長剣を恐る恐る持ち上げてもう一度小さく体を震わせた。
「あなたがなぜここにいるのか、聞きたい事は山ほどありますが……とりあえず逃げますよ。結界が崩壊した以上、新たな魔物がどんどん侵入してきますから」
「結界は大丈夫よ、ルーヴァ」
焦ったようにシェリルの手を引いて歩き出したルーヴァに、かすかな微笑みを浮かべたシェリルが視線を空へ向けて立ち止まる。釣られて空を見上げたルーヴァは、そこで目にした光景を信じられずに思わず息を止めてしまった。
「……あれは」
絶望に打ちひしがれていた天使たちが暗い空に見つけたものは、紛れもなく彼らが待ち望んでいた希望。
セシリアの魔法と天界の結界を無効化するほどの強い魔力を秘めた黄金の光、それが彼女の成せる業だったという事をルーヴァはこのときやっと理解した。
「アルディナ様……。まさかっ」
黄金の光を身に纏い、闇夜を照らす月のように現れた絶対の存在に、魔物たちが恐怖に慄きざわめき始める。彼女の前で、下等な魔物が抗う事は無に等しい。
「我が聖域に、お前たち闇の在るべき場所はどこにもない」
静かに、それでいて逆らう事を許さない、強く重みのある声音が天界中に響き渡った。それとほぼ同時にアルディナから溶け出した黄金の光が瞬く間に夜空を覆い、魔物と天界とを完全に切り離す。
水に似た柔らかな光のヴェールは、その中にアルディナの紡いだ呪文を浮かび上がらせ、やがて夜空は不思議な文字の羅列によって隙間なく埋め尽くされた。光のヴェールに刻まれた呪文は端から星のように煌いて、その度に零れ落ちる金の粒子が天界を光の雨で包み込んでいく。
「お前たちの許された場所へ戻るがいい」
空に浮かび上がった呪文の最後の一文字が神聖な輝きを手に入れたその瞬間、まるで共鳴し合うかのように空の呪文が一斉に光を放ち始めた。
それはアルディナが世界に広がる闇を地界へ追い払った時と似ている。儀式にも似た神々しさ。まるで、創世神話を目の当たりにしているようだった。
幻想的な空の呪文とアルディナの光。魔物を追い払う絶対的な神の力。それらに目を奪われていたシェリルたちが、次に襲い掛かった圧倒的な光の渦に目を閉じた瞬間、遠くの方で耳を覆いたくなるほど凄まじい魔物の絶叫が木霊した。
リリスを自分の家に寝かせ、再び空へ駆け上がったルーヴァは、月の宮殿から放出される強大な魔力に違和感を覚えてさっと表情を固くした。
「これは……っ」
ざわめく大気と魔力の風に妙な胸騒ぎを感じながら、魔力の発生源である宮殿の屋上へ目を向けたルーヴァは、そこに渦巻く風の向こう側で呪文を唱え続けていたセシリアの姿を見つけてぎくんと大きく体を震わせた。
セシリアの呪文に合わせて水晶球が淡く光り、そこから空を埋め尽くすように膨張した魔力の波が傷付いた結界をゆっくりと癒していた。天界を包む結界はセシリアの魔法で修復され、魔物たちはこれ以上の侵入を許されない。それは喜ぶべき事態の好転で、ルーヴァが絶叫する必要などどこにもなかった。しかし彼の目には、そこにあるべきではない色彩がはっきりと映し出されていた。
「姉さんっ!」
その唇から零れ落ちていたのは、呪文だけではなかった。
彼の目が捉えたのは、毒々しい赤に染まったセシリアの姿。呪文と一緒に吐き出した鮮血によって、セシリアの服は目を疑うほど真紅に染め上げられている。気力だけで立っているとしか思えないほどセシリアの顔色は白く無表情だったが、風に乗って流れてくる呪文がルーヴァの声に反応して少しだけ本来の輝きを取り戻した。
「姉さんっ!」
セシリアの様子に愕然としながら、ルーヴァはいつの間にか震えていた両手をぎゅっと強く握りしめて、気持ちを落ち着かせる為に深く息を吸い込んだ。
セシリアがやろうとしているのは、術者自身の生命力と引きかえに、天界を何者からも守る最強の結界を作り出す究極の魔法。術者の命を絡めた力は聖魔力と呼ばれ、それによって形成された呪文は想像を超えた魔法を発動させる。聖魔力とは、いわば天使たちの最期の切り札なのだ。
セシリアが放つ聖魔力を肌にびりびりと感じながら、ルーヴァは血が滲むほど強くその薄い唇を噛み締める。
取り乱してはいけない。事態が好転する気配もなく、ただ闇に飲み込まれ崩壊を目前とした天界を前に、セシリアが出来る事はそれ以外に何もない。ルーヴァとて、それが分からないほど子供ではないのだ。――しかし。
『……大丈夫。心配しないで』
柔らかく渦を巻く聖魔力に包まれたセシリアが、そう語りかけるように淡い微笑みをルーヴァへと投げかける。美しいままで散り逝くかけがえのない花に嘆いた瞬間、ルーヴァの中で何かが壊れる絶望の音が木霊した。
「駄目だ! 姉さんっ!」
悲鳴にも似た声が響き渡るより先に、ルーヴァが宮殿に向かって勢いよく降下した。しかし宮殿の屋上をすっぽりと包み込んだ聖魔力の波は、魔法の妨げとなるすべてのものの侵入を拒むかのようにそのまま風の防壁と成り代わり、降下してきたルーヴァの体を再び上空へと弾き飛ばした。予想外の攻撃に防御すら出来ず、魔物のへばり付く壊れかかった結界に強く叩きつけられたルーヴァは、その衝撃だけで骨が悲鳴をあげて軋む音を間近に聞いた。先ほどの戦いでかなりの体力を消耗させていただけに、無視する事の出来ない痛みが容赦なくルーヴァに襲い掛かる。
「ぐっ!」
何千もの針に突き刺されたような痛みに耐えながら、それでもセシリアのいる宮殿へ降下しようと翼を羽ばたかせて、ルーヴァは頬を伝うねっとりとした赤い雫を強引に拭い去った。
女神のいない天界を魔物たちから守ろうとするセシリアの行動は正しかった。結界魔法の最高責任者であるならなおさらで、ルーヴァもそれについては十分に理解していたつもりだったのに。
消え逝くセシリアを前にして、ルーヴァの中に残った思いは……天使としてはあるまじき願いだった。
「やめてくれ! 魔法を完成させちゃ駄目だっ!」
セシリアの魔法がなければ、天界の結界は崩壊を待つだけの脆い状態となる。魔物はこぞって小さな亀裂から侵入を果たし、天界は数分も経たないうちに闇に堕ちてしまうだろう。セシリアの結界魔法は天使たちの希望であり、そして同時に天界の命運を左右するものでもあった。
(……冗談じゃないっ)
徐々に色をなくしていくセシリアを見つめたまま、ルーヴァが自分自身を咎めるように心の奥で低く低く呟いた。
すべての天使を敵に回しても構わない。例え女神に叛く事になろうとも、この思いだけは決して捨てない。
「大切な人が死んでいくのを見るのは……もう、たくさんだっ」
甦る過去を振り払い、ルーヴァがその手にサファイア色の短剣を召喚させた。セシリアを包む聖魔力の防壁を破壊し、結界魔法を中断させる。その為に、この身が滅びようと構わない。セシリアを、たったひとりの肉親を失いたくない。ただそれだけの思いの為に。
鋭い視線を宮殿へ向けたルーヴァが、出しうる限りの力を短剣へ注ぎ込んだその瞬間。
「散れ。忌まわしき闇の亡者たちよ」
夜の闇を吹き飛ばす黄金の光が、空に群がる魔物の影を蹴散らすように炸裂した。
宮殿を中心にして膨れ上がった光の勢力に耐え切れず、辛うじて魔物を食い止めていた結界が脆い部分から悲鳴をあげて軋み始める。はっとして空を見上げたルーヴァが瞬きする間もなく、天界を守り続けていた結界が砕けた硝子音を響かせながら勢いよく吹き飛ばされた。
「結界がっ!」
我先にと迫り来る魔物の群れに愕然とするルーヴァの手から、サファイア色の短剣がするりと滑り落ちる。この状況で戦意を保てる訳がない。天使たちは疲れ果て、ルーヴァでさえこれ以上の襲撃に耐え切れるだけの力は持ち合わせていなかった。
天界は堕ちる。成す術は、ひとつもない。
「ルーヴァ! 危ないっ!」
半ば諦めかけていたルーヴァの耳に届いた声音は、ここにいるはずのない乙女のものだった。聞き覚えのある声に驚いてはっと顔を向けたその先に、銀色に輝く長剣を携えたシェリルの姿があった。
「シェリルっ?」
返事の代わりに力任せに振り下ろされた長剣が、その刃から真白い風を放出させた。風の刃に変わったそれはルーヴァに襲い掛かろうとしていた魔物の群れを一瞬のうちに切り刻み、粉々になった肉片が辺り一面に弾き飛ぶ。その光景に唖然としていたルーヴァの真下で、シェリルが短い悲鳴をあげてその場にぺたんと座りこんだ。
「きゃあっ!」
「シェリル!」
はっと我に返って真下を見下ろしたルーヴァの目に、長剣を放り投げ両手で顔を覆い隠したシェリルが映った。慌てて上空からシェリルの側に着地したルーヴァは、体を小刻みに震わせるシェリルの様子にただならぬ異変を感じて青ざめる。
「どうしたんですかっ!」
「……き……気持ち悪い」
しかしルーヴァの心配をよそに、シェリルは辺り一面に散らばった魔物の肉片を指差して、縋るような眼差しを向けてくる。そんなシェリルを見て、ルーヴァが少し呆れたようにふうっと息を吐いた。
「何言ってるんですか。あなたがやった事でしょう。……おかげで助かりましたけどね」
「ルーヴァが危ないって思ったら、体が勝手に。でもあんな力があるなんて……」
ルーヴァに手を引かれながら立ち上がったシェリルは、足元の長剣を恐る恐る持ち上げてもう一度小さく体を震わせた。
「あなたがなぜここにいるのか、聞きたい事は山ほどありますが……とりあえず逃げますよ。結界が崩壊した以上、新たな魔物がどんどん侵入してきますから」
「結界は大丈夫よ、ルーヴァ」
焦ったようにシェリルの手を引いて歩き出したルーヴァに、かすかな微笑みを浮かべたシェリルが視線を空へ向けて立ち止まる。釣られて空を見上げたルーヴァは、そこで目にした光景を信じられずに思わず息を止めてしまった。
「……あれは」
絶望に打ちひしがれていた天使たちが暗い空に見つけたものは、紛れもなく彼らが待ち望んでいた希望。
セシリアの魔法と天界の結界を無効化するほどの強い魔力を秘めた黄金の光、それが彼女の成せる業だったという事をルーヴァはこのときやっと理解した。
「アルディナ様……。まさかっ」
黄金の光を身に纏い、闇夜を照らす月のように現れた絶対の存在に、魔物たちが恐怖に慄きざわめき始める。彼女の前で、下等な魔物が抗う事は無に等しい。
「我が聖域に、お前たち闇の在るべき場所はどこにもない」
静かに、それでいて逆らう事を許さない、強く重みのある声音が天界中に響き渡った。それとほぼ同時にアルディナから溶け出した黄金の光が瞬く間に夜空を覆い、魔物と天界とを完全に切り離す。
水に似た柔らかな光のヴェールは、その中にアルディナの紡いだ呪文を浮かび上がらせ、やがて夜空は不思議な文字の羅列によって隙間なく埋め尽くされた。光のヴェールに刻まれた呪文は端から星のように煌いて、その度に零れ落ちる金の粒子が天界を光の雨で包み込んでいく。
「お前たちの許された場所へ戻るがいい」
空に浮かび上がった呪文の最後の一文字が神聖な輝きを手に入れたその瞬間、まるで共鳴し合うかのように空の呪文が一斉に光を放ち始めた。
それはアルディナが世界に広がる闇を地界へ追い払った時と似ている。儀式にも似た神々しさ。まるで、創世神話を目の当たりにしているようだった。
幻想的な空の呪文とアルディナの光。魔物を追い払う絶対的な神の力。それらに目を奪われていたシェリルたちが、次に襲い掛かった圧倒的な光の渦に目を閉じた瞬間、遠くの方で耳を覆いたくなるほど凄まじい魔物の絶叫が木霊した。
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