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第4章 光と闇の復活
悲劇の再会・3
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暗闇に毒々しい赤をちらつかせながら飛び回っていた三つ目のカラスは、やがて目的地を発見したかのように堂々とした声で一声鳴くと深い闇を真っ直ぐに突き進んでいった。
誇らしげに飛んでくるカラスを見つめた淡いブルーの瞳が闇に揺らめいて、彼の視界を一瞬だけぐにゃりと歪ませる。溢れ出しそうな意識を抑えようと深く息を吸い込んでから再び目を開けた男の肩に、三つ目のカラスがゆっくりとした動作で羽音ひとつ立てずに降り立った。
男の頬に頭を擦り付けながら喉を鳴らすその様子は、まるで子が親に甘える時のようだ。そんなカラスの小さな頭から、面倒臭そうに顔を背けた男が、低い声音で独り言のように呟いた。
「……そうか、戻ったか」
途端、男の背からぶわりと闇が溢れ出した。
それは空気に触れるや否や男の背で漆黒の輝きを放つ二枚の翼へと姿を変え、伸びでもするかのように大きく羽ばたきを始める。突然の事に驚いて不意を突かれたカラスが、男の肩から無様に滑り落ちた。
「やっとひとりになったか、落し子。頼るべき天界はあの女のおかげで、今は手一杯だ。お前を守る天使は、もうどこにもいない」
押し殺した声でくっくっと笑みを零して、男は自分の胸に手をあてる。確かな、そして少し速い鼓動が手のひらを通じて男にはっきりと届いた。
「嬉しいか? それとも、この姿を見られるのは苦痛か? ……そうだろうな。この姿は落し子が憎むべき宿敵のもの。一目見れば、お前の真実を明らかにしてしまうものだ」
自分に問うように囁いて、男はその答えを己の中から見つけ出そうとした。が、その答えを持つのは男ではなく、彼のはるか奥底に閉じ込められたもうひとつの影。それを知っていて男は嘲るようにふんっと鼻で笑い、胸にあてた手を引き剥がして無造作に前髪をかきあげた。指の間からさらさらと滑り落ちた紫銀の髪の向こうで、淡いブルーの瞳が冷たい輝きを放つ。
「しかし、お前にはもう関係のない事だ。そして、我にも関係ない」
ばさりっと音をたてて、男の黒いマントが闇に大きく翻った。
大聖堂の中は、避難した神官と礼拝に来ていた人たちとで溢れかえっていた。
突然の魔物の襲撃に恐怖と混乱とで平常心を失っている人々を想像していたシェリルだったが、大聖堂の中はいつもの礼拝の時のように……いや、それ以上にしんと静まり返っている。
物音ひとつ響かない、完全な静寂。泣き声も話し声も聞こえない。
この状況下でこれだけ落ち着いていられるのも珍しかったが、人々に埋もれて見え隠れする純白の法衣を見つけて、シェリルはそれがエレナの影響である事を知った。ここにいる者は皆、エレナに絶対の信頼を寄せている。魔物に襲われ大聖堂に避難しても、そこにエレナの存在がある限り彼らの心から希望の光が消える事はない。
「エレナ様っ!」
決して大声を上げた訳ではなかったが、シェリルの声は大聖堂の空気を一瞬にして震わせ、高い天井の隅々まで響き渡っていった。そこにいた者が全員が申し合わせたようにシェリルを見つめたが当の本人はそれどころではなく、大聖堂に入るなりすぐにエレナの元へ走り出す。
「エレナ様っ! 良かった」
シェリルがどうしてここにいるのか特に驚く様子も見せず、エレナは側に走り寄ったシェリルの頭を優しく撫でながら穏やかな微笑みを零した。
「やっぱりあなただったのですね、シェリル。クリスティーナを外に出したのが間違いでなくて良かった。……でも、どうして戻ってきたのです。ここの状況は見て分かる通り、いつまた魔物が来てもおかしくありません。あなたには使命があるはず。それをやり遂げる為に……シェリル、あなたは天界へ戻りなさい」
優しい口調の中にも、親であり神官長でもある厳しさを秘めたエレナの言葉に、シェリルは同じ事を言ったセシリアの姿を思い出した。
『かけらを集め、使命をまっとうしなさい』
魔力をほとんど使い果たしたセシリアは、シェリルを下界のアルディナ神殿まで送り、その体で再び天界に結界を張ろうとしている。もはや、自分の命を惜しむ場合ではなかった。おそらく天界の住人は皆命をかけて戦い、天界を、女神を守り抜こうとするだろう。セシリアも、そしてルーヴァも。そうならない為に、シェリルは己の内に宿った力と正面から向かい合う決意をしたのだ。すべてが手遅れになる前に。すべてを失ってしまう、その前に。
「エレナ様っ。エレナ様、どうかお力を! 私にアルディナ様の力を振るう為の知恵をお授け下さい! この力で天界を……皆を助けたいのですっ!」
シェリルのただならぬ様子に何かを感じ取ったエレナが、優しい笑みを消した顔に威厳のある表情を浮かべた。
「声をお下げなさい、シェリル。皆の不安を駆り立ててどうするのです」
静かに、それでいてずしんと心に響く声音で言われたシェリルは、自分が注意された事の真の意味を知り、思い出したようにはっと顔を上げて口を噤んだ。
天界で今何が起こっているのかを安易に口にしてしまえば、それこそここにいる者たちは激しく動揺し、今まで崇め信じてきた光を失う事になる。焦り、苛立ち、ただ前に進む事しか見えなかったシェリルは、後少しのところで天界が危機的状況に陥っていると言う事を大声で叫んでいた。シェリルの様子とその言葉から曖昧ながらも状況を悟ったエレナが素早く口を挟んだおかげで、神殿にいた者たちは二人の会話が何を意味するのか知る事はなかった。
「こちらへいらっしゃい、シェリル」
さっきとはうって変わって優しげに言ったエレナが、神殿の奥にある部屋へ歩を進めた。しゅんと項垂れたシェリルを連れて部屋に入ったエレナは、再び顔をのぞかせて補佐であるクリスティーナの名を呼んだ。
「クリスティーナ。結界に異変があったらすぐに知らせて下さい」
「分かりました」
不安げに返事をしたクリスティーナを見て、エレナは大丈夫だと言い聞かせるようにゆっくり頷いて、シェリルと共に部屋の奥へ消えて行った。
誇らしげに飛んでくるカラスを見つめた淡いブルーの瞳が闇に揺らめいて、彼の視界を一瞬だけぐにゃりと歪ませる。溢れ出しそうな意識を抑えようと深く息を吸い込んでから再び目を開けた男の肩に、三つ目のカラスがゆっくりとした動作で羽音ひとつ立てずに降り立った。
男の頬に頭を擦り付けながら喉を鳴らすその様子は、まるで子が親に甘える時のようだ。そんなカラスの小さな頭から、面倒臭そうに顔を背けた男が、低い声音で独り言のように呟いた。
「……そうか、戻ったか」
途端、男の背からぶわりと闇が溢れ出した。
それは空気に触れるや否や男の背で漆黒の輝きを放つ二枚の翼へと姿を変え、伸びでもするかのように大きく羽ばたきを始める。突然の事に驚いて不意を突かれたカラスが、男の肩から無様に滑り落ちた。
「やっとひとりになったか、落し子。頼るべき天界はあの女のおかげで、今は手一杯だ。お前を守る天使は、もうどこにもいない」
押し殺した声でくっくっと笑みを零して、男は自分の胸に手をあてる。確かな、そして少し速い鼓動が手のひらを通じて男にはっきりと届いた。
「嬉しいか? それとも、この姿を見られるのは苦痛か? ……そうだろうな。この姿は落し子が憎むべき宿敵のもの。一目見れば、お前の真実を明らかにしてしまうものだ」
自分に問うように囁いて、男はその答えを己の中から見つけ出そうとした。が、その答えを持つのは男ではなく、彼のはるか奥底に閉じ込められたもうひとつの影。それを知っていて男は嘲るようにふんっと鼻で笑い、胸にあてた手を引き剥がして無造作に前髪をかきあげた。指の間からさらさらと滑り落ちた紫銀の髪の向こうで、淡いブルーの瞳が冷たい輝きを放つ。
「しかし、お前にはもう関係のない事だ。そして、我にも関係ない」
ばさりっと音をたてて、男の黒いマントが闇に大きく翻った。
大聖堂の中は、避難した神官と礼拝に来ていた人たちとで溢れかえっていた。
突然の魔物の襲撃に恐怖と混乱とで平常心を失っている人々を想像していたシェリルだったが、大聖堂の中はいつもの礼拝の時のように……いや、それ以上にしんと静まり返っている。
物音ひとつ響かない、完全な静寂。泣き声も話し声も聞こえない。
この状況下でこれだけ落ち着いていられるのも珍しかったが、人々に埋もれて見え隠れする純白の法衣を見つけて、シェリルはそれがエレナの影響である事を知った。ここにいる者は皆、エレナに絶対の信頼を寄せている。魔物に襲われ大聖堂に避難しても、そこにエレナの存在がある限り彼らの心から希望の光が消える事はない。
「エレナ様っ!」
決して大声を上げた訳ではなかったが、シェリルの声は大聖堂の空気を一瞬にして震わせ、高い天井の隅々まで響き渡っていった。そこにいた者が全員が申し合わせたようにシェリルを見つめたが当の本人はそれどころではなく、大聖堂に入るなりすぐにエレナの元へ走り出す。
「エレナ様っ! 良かった」
シェリルがどうしてここにいるのか特に驚く様子も見せず、エレナは側に走り寄ったシェリルの頭を優しく撫でながら穏やかな微笑みを零した。
「やっぱりあなただったのですね、シェリル。クリスティーナを外に出したのが間違いでなくて良かった。……でも、どうして戻ってきたのです。ここの状況は見て分かる通り、いつまた魔物が来てもおかしくありません。あなたには使命があるはず。それをやり遂げる為に……シェリル、あなたは天界へ戻りなさい」
優しい口調の中にも、親であり神官長でもある厳しさを秘めたエレナの言葉に、シェリルは同じ事を言ったセシリアの姿を思い出した。
『かけらを集め、使命をまっとうしなさい』
魔力をほとんど使い果たしたセシリアは、シェリルを下界のアルディナ神殿まで送り、その体で再び天界に結界を張ろうとしている。もはや、自分の命を惜しむ場合ではなかった。おそらく天界の住人は皆命をかけて戦い、天界を、女神を守り抜こうとするだろう。セシリアも、そしてルーヴァも。そうならない為に、シェリルは己の内に宿った力と正面から向かい合う決意をしたのだ。すべてが手遅れになる前に。すべてを失ってしまう、その前に。
「エレナ様っ。エレナ様、どうかお力を! 私にアルディナ様の力を振るう為の知恵をお授け下さい! この力で天界を……皆を助けたいのですっ!」
シェリルのただならぬ様子に何かを感じ取ったエレナが、優しい笑みを消した顔に威厳のある表情を浮かべた。
「声をお下げなさい、シェリル。皆の不安を駆り立ててどうするのです」
静かに、それでいてずしんと心に響く声音で言われたシェリルは、自分が注意された事の真の意味を知り、思い出したようにはっと顔を上げて口を噤んだ。
天界で今何が起こっているのかを安易に口にしてしまえば、それこそここにいる者たちは激しく動揺し、今まで崇め信じてきた光を失う事になる。焦り、苛立ち、ただ前に進む事しか見えなかったシェリルは、後少しのところで天界が危機的状況に陥っていると言う事を大声で叫んでいた。シェリルの様子とその言葉から曖昧ながらも状況を悟ったエレナが素早く口を挟んだおかげで、神殿にいた者たちは二人の会話が何を意味するのか知る事はなかった。
「こちらへいらっしゃい、シェリル」
さっきとはうって変わって優しげに言ったエレナが、神殿の奥にある部屋へ歩を進めた。しゅんと項垂れたシェリルを連れて部屋に入ったエレナは、再び顔をのぞかせて補佐であるクリスティーナの名を呼んだ。
「クリスティーナ。結界に異変があったらすぐに知らせて下さい」
「分かりました」
不安げに返事をしたクリスティーナを見て、エレナは大丈夫だと言い聞かせるようにゆっくり頷いて、シェリルと共に部屋の奥へ消えて行った。
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