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第4章 光と闇の復活
悲劇の再会・1
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天界に侵入した魔物も、結界の核である水晶球を覆い隠していた闇も、邪悪なものはすべて跡形もなく消え去っていた。
ただひとり、魔法陣の真ん中に立つブロンドの人影を除いては。
「あと少しで殺せたのに……。まったく、その女にどれだけの価値があるというの?」
「リリス……っ?」
「私の闇を退けるなんて、本当に忌々しい女」
リリスの中から、凄まじく強大で邪悪な黒い気が爆発したように溢れ出した。リリスの手に握られた闇を操る黒い水晶が、その衝撃に耐え切れず悲鳴を上げて砕け散る。
「さあ、シェリル。行きましょう。ルシエル様があなたを待っているわ」
不気味な笑みを浮かべてすうっと手を差し出したリリスに、シェリルが怯えた目を向けて首を緩く左右に振った。
「……リリス、どうして? どうして闇なんかに」
「どうして? あなたを始末してカインを手に入れる為よ。ただの人間で、落し子のあなたなんて邪魔なだけ」
「リリスっ!」
「消えてちょうだい」
言葉が終わると同時に、黒く燃え上がる炎の渦がリリスの前に踊り出た。それはまるでリリスの心を読み取っているかのように激しくうねりながら、亡者の悲鳴に似た轟音を辺りに轟かせる。
びりびりと震動する空気に乗って伝わってきた恐ろしいまでの殺意に、リリスを凝視したままのシェリルが大きく体を震わせた。邪悪な闇に捕われた激しい殺意に、シェリルの魂が警告の鐘を打ち鳴らす。
「シェリルっ!」
怒号のようなルーヴァの声を耳にするより先に、シェリルの体が勢いよく後ろに引き戻された。流れた視界を遮って正面に立ちはだかった青い影と、すぐそこまで迫っていた黒い炎の塊にシェリルの瞳が大きく見開かれる。
「ルーヴァ!」
「早く安全な所へ! 姉さん、シェリルをっ!」
そう言いながら空中に素早く短剣を走らせて薄青の軌跡を描いたルーヴァは、ぐるぐると渦を巻きながら迫り来る黒い炎を睨みつけたまま、軌跡の光によって作りあげられた青い魔法陣の中心に短剣を勢いよく突き立てた。
耳を突く破裂音と共に白い霧を織り混ぜた風が、ルーヴァの魔法陣を中心にしてぶわりと溢れ出した。ルーヴァが唱える呪文のかけらを絡め取りながら徐々に形を作っていく不思議な風は、ルーヴァの短剣を羽根代わりにした翼へと変化し、敵を威嚇するかのように大きくそして力強く羽ばたいてみせた。
「覚悟して下さい、リリス。あなたであろうと手加減はしません」
「楽しみだわ」
間を開けず返事をしたリリスが赤い唇を引いて笑ったのを合図に、黒い炎の塊がルーヴァの目の前で数十倍にも膨れ上がった。それとほぼ同時に風の翼も大きく羽ばたき、サファイア色に輝く無数の短剣を、文字通り風の刃に変えて攻撃し始めた。
辺りは一瞬にして白い風と黒い炎に埋め尽くされ、視界を遮られたシェリルは聞こえてくる生々しい音に体を震わせながら、それでも状況を確認しようと翡翠色の瞳を大きく見開いた。その視界の片隅に、罅割れた結界の隙間から侵入しようとする魔物が映る。
「セシリアさん! また魔物が……っ。早く結界を直さないと!」
「ええ、分かってるわ。でも、その前に……シェリル」
一呼吸置いて、セシリアがシェリルの名を呼んだ。厳しい表情のまま空から屋上に渦巻く風と炎、そしてシェリルへ視線を移してきゅっときつく唇を噛み締める。
「天界は戦場になるわ。安全だとは言い切れない。……シェリル、あなたは下界のアルディナ神殿へ戻りなさい。落ち着いたら連絡するわ」
シェリルの腕を強く掴んで、セシリアが低く重みのある声で言った。その瞳の奥に巧みに隠された決心を敏感に感じ取り、シェリルは目を大きく見開いたまま駄々をこねる子供のように首を振った。
「……いや、よ。私もっ、私も戦うわ! アルディナ様の力で一緒に……まだ上手く使いこなせないけど、大丈夫。戦いながら覚えるから! それにっ」
「シェリル」
強く名前を呼んで、セシリアがシェリルの腕を掴んだ両手にぐっと力を込める。強固な意志と逆らえない口調に、シェリルが思わず口を閉じた。
「あなたはアルディナ様が待ち望んだ落し子。かけらを集め、使命をまっとうしなさい」
こんな所で無駄死にするなと言われたようで、シェリルが更に目を大きく見開いた。潤んでぼやけた視界に、セシリアの呪文が連れてきた淡い光のヴェールが映し出される。絹のように優しく体に触れた光のヴェールはそのままシェリルだけをすっぽりと包み込み、蝶に似た光の粒子をひらひらと空へ舞い上がらせていく。
「セシリアさんっ!」
「心配しないで。天界も下界も守ります」
そう言ってにっこりと微笑んだセシリアを最後に、シェリルの視界から色が消えた。慌てて伸ばした手は空を泳ぎ、叫んだ声もセシリアに届く事なくばらばらに解けて落ちていく。体を包む淡い光の向こう側に確かに聞こえていた爆音や呪文も次第にそこから遠のいて、シェリルだけが天界を抜け出そうとしている。
「セシリアさん、駄目っ!」
セシリアの真っ直ぐな瞳の奥に感じた強い意志。それが何を意味するのか、シェリルには分かっていた。
天界を魔物から守ろうとする思い。残り少ない魔力で壊れかかった結界を直すには、それなりの代償が必要だ。
「駄目よ! 犠牲になんかならないでっ!」
遠くなる天界へ必死に手を伸ばして叫んだシェリルの言葉は、眩しい光を炸裂させたセシリアの呪文によってかき消された。
ただひとり、魔法陣の真ん中に立つブロンドの人影を除いては。
「あと少しで殺せたのに……。まったく、その女にどれだけの価値があるというの?」
「リリス……っ?」
「私の闇を退けるなんて、本当に忌々しい女」
リリスの中から、凄まじく強大で邪悪な黒い気が爆発したように溢れ出した。リリスの手に握られた闇を操る黒い水晶が、その衝撃に耐え切れず悲鳴を上げて砕け散る。
「さあ、シェリル。行きましょう。ルシエル様があなたを待っているわ」
不気味な笑みを浮かべてすうっと手を差し出したリリスに、シェリルが怯えた目を向けて首を緩く左右に振った。
「……リリス、どうして? どうして闇なんかに」
「どうして? あなたを始末してカインを手に入れる為よ。ただの人間で、落し子のあなたなんて邪魔なだけ」
「リリスっ!」
「消えてちょうだい」
言葉が終わると同時に、黒く燃え上がる炎の渦がリリスの前に踊り出た。それはまるでリリスの心を読み取っているかのように激しくうねりながら、亡者の悲鳴に似た轟音を辺りに轟かせる。
びりびりと震動する空気に乗って伝わってきた恐ろしいまでの殺意に、リリスを凝視したままのシェリルが大きく体を震わせた。邪悪な闇に捕われた激しい殺意に、シェリルの魂が警告の鐘を打ち鳴らす。
「シェリルっ!」
怒号のようなルーヴァの声を耳にするより先に、シェリルの体が勢いよく後ろに引き戻された。流れた視界を遮って正面に立ちはだかった青い影と、すぐそこまで迫っていた黒い炎の塊にシェリルの瞳が大きく見開かれる。
「ルーヴァ!」
「早く安全な所へ! 姉さん、シェリルをっ!」
そう言いながら空中に素早く短剣を走らせて薄青の軌跡を描いたルーヴァは、ぐるぐると渦を巻きながら迫り来る黒い炎を睨みつけたまま、軌跡の光によって作りあげられた青い魔法陣の中心に短剣を勢いよく突き立てた。
耳を突く破裂音と共に白い霧を織り混ぜた風が、ルーヴァの魔法陣を中心にしてぶわりと溢れ出した。ルーヴァが唱える呪文のかけらを絡め取りながら徐々に形を作っていく不思議な風は、ルーヴァの短剣を羽根代わりにした翼へと変化し、敵を威嚇するかのように大きくそして力強く羽ばたいてみせた。
「覚悟して下さい、リリス。あなたであろうと手加減はしません」
「楽しみだわ」
間を開けず返事をしたリリスが赤い唇を引いて笑ったのを合図に、黒い炎の塊がルーヴァの目の前で数十倍にも膨れ上がった。それとほぼ同時に風の翼も大きく羽ばたき、サファイア色に輝く無数の短剣を、文字通り風の刃に変えて攻撃し始めた。
辺りは一瞬にして白い風と黒い炎に埋め尽くされ、視界を遮られたシェリルは聞こえてくる生々しい音に体を震わせながら、それでも状況を確認しようと翡翠色の瞳を大きく見開いた。その視界の片隅に、罅割れた結界の隙間から侵入しようとする魔物が映る。
「セシリアさん! また魔物が……っ。早く結界を直さないと!」
「ええ、分かってるわ。でも、その前に……シェリル」
一呼吸置いて、セシリアがシェリルの名を呼んだ。厳しい表情のまま空から屋上に渦巻く風と炎、そしてシェリルへ視線を移してきゅっときつく唇を噛み締める。
「天界は戦場になるわ。安全だとは言い切れない。……シェリル、あなたは下界のアルディナ神殿へ戻りなさい。落ち着いたら連絡するわ」
シェリルの腕を強く掴んで、セシリアが低く重みのある声で言った。その瞳の奥に巧みに隠された決心を敏感に感じ取り、シェリルは目を大きく見開いたまま駄々をこねる子供のように首を振った。
「……いや、よ。私もっ、私も戦うわ! アルディナ様の力で一緒に……まだ上手く使いこなせないけど、大丈夫。戦いながら覚えるから! それにっ」
「シェリル」
強く名前を呼んで、セシリアがシェリルの腕を掴んだ両手にぐっと力を込める。強固な意志と逆らえない口調に、シェリルが思わず口を閉じた。
「あなたはアルディナ様が待ち望んだ落し子。かけらを集め、使命をまっとうしなさい」
こんな所で無駄死にするなと言われたようで、シェリルが更に目を大きく見開いた。潤んでぼやけた視界に、セシリアの呪文が連れてきた淡い光のヴェールが映し出される。絹のように優しく体に触れた光のヴェールはそのままシェリルだけをすっぽりと包み込み、蝶に似た光の粒子をひらひらと空へ舞い上がらせていく。
「セシリアさんっ!」
「心配しないで。天界も下界も守ります」
そう言ってにっこりと微笑んだセシリアを最後に、シェリルの視界から色が消えた。慌てて伸ばした手は空を泳ぎ、叫んだ声もセシリアに届く事なくばらばらに解けて落ちていく。体を包む淡い光の向こう側に確かに聞こえていた爆音や呪文も次第にそこから遠のいて、シェリルだけが天界を抜け出そうとしている。
「セシリアさん、駄目っ!」
セシリアの真っ直ぐな瞳の奥に感じた強い意志。それが何を意味するのか、シェリルには分かっていた。
天界を魔物から守ろうとする思い。残り少ない魔力で壊れかかった結界を直すには、それなりの代償が必要だ。
「駄目よ! 犠牲になんかならないでっ!」
遠くなる天界へ必死に手を伸ばして叫んだシェリルの言葉は、眩しい光を炸裂させたセシリアの呪文によってかき消された。
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