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第3章 涙のかけら
地界ガルディオス・1
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入り乱れる幾つもの感情の渦に巻き込まれながら、そのままはるか遠くへ流されそうになっていたシェリルの意識を、どこからともなく現れた白い光が優しく包み込んだ。シェリルに囁きかけるように触れてくる白い光から、ディランを何度も助けた涙のかけらが放つものと同じ気を感じて、シェリルが悲しげに目を伏せる。
誰からも愛されなかった子供、ディラン。涙のかけらに助けられた彼は、涙のかけらに殺されたも同然だった。
愛されたいと、必要とされたいと願うその強い思いは、地界神という肩書きを背負い孤独と戦ってきたルシエルとよく似ていた。だからこそ彼らは引き寄せられるように出会い、惹かれていったのだろう。
小さな誤解とすれ違いが二人を壊しその運命を狂わせた事に、シェリルはどうしようもなく切ない気持ちになる。
「……そう、僕はルシエル様に出会った。彼は……悲しみに捕われた、限りなく優しいひと」
声と共に、シェリルの前にディランが現れた。シェリルと同じようにディランの体をも包み込んだ白い光はそのままふわりと膨らんで、二人を纏めて同じ光の中に取り込んでいく。
「僕は涙のかけらとして、もうひとりの僕を……そして大切なルシエル様を見守ってきたんだ。あの時僕を助けてくれたルシエル様は、嘘ではなかったから」
「でも、闇には変わりないわ。暗く冷たい闇は、私の両親を殺した。私を殺そうとしてきた。その闇を取り込んだ彼が……」
「シェリル、君はルシエル様について知らなくてはならない」
少年とは思えないほど落ち着いた声音でそう言ったディランが、シェリルを真っ直ぐに見つめ返した。
「闇の王ルシエル様の中には、二つの人格が存在している。孤独に壊れた女神の弟と、そして新たにルシエル様の肉体に入り込んだ闇を纏う者。もうひとりの僕を助けてくれたのはルシエル様で、邪悪な従者に育て上げたのは闇を纏う者なんだよ」
あまりにも突然に告げられたその言葉に思考がついていかず、シェリルは一瞬言葉をなくす。
ディランを助けたのはルシエル。ディランを黒く染め上げたのは闇を纏う者。それならば天地大戦でアルディナと戦ったのは、世界支配を目論むのは……。ルシエルは、地界神ルシエルは、闇を纏う者に体を与えてまで何を望んだと言うのか。
「ちょっと待って。……頭が混乱して」
「闇を纏う者はルシエル様の中で生き続けた。……けれど今では闇を纏う者が主導権を握り、ルシエル様の意識は飲み込まれようとしている。君は……君はルシエル様を救える唯一の落し子なんだよ。だからどうか、ルシエル様を救って」
『闇を照らす光となれ』
聖地を守っていた夢のかけら、あの守護獣の声がシェリルの中で木霊する。守護獣の言っていた闇とは即ちルシエルの事。そして涙のかけらであるディランの願いも、ルシエルを救う事だ。それはつまり、かけらを作ったアルディナ自身の願いに他ならない。
なぜ封印をした本人が、ルシエルの救済を願うのか。そもそもルシエルは封印されているのではなかったか。
「おかしいわ。だって、アルディナ様はルシエルを封印したのよ? それに私はっ……私はそんな事出来ない」
「シェリル、君を取り巻く謎は多い。けれど僕を、涙のかけらを受け入れる事で、君はアルディナ様の思いを知る事が出来る。さあ、手を出して」
指先からしゅるしゅると光に解けていく手を、ディランがシェリルへと差し出した。
この小さな手に掴む事の出来なかった幸せを、ディランはルシエルから得たと言うのだろうか。己の運命を狂わせた闇を支配する、ルシエルに。
「シェリル」
「あなたの運命を狂わせたのは闇なのよ、ディラン。その闇を自ら取り込んだルシエルを……あなたは本気で助けたいの?」
「僕は、ルシエル様を信じている。シェリル、君にも信じるものはあるだろう?」
「信じるもの?」
繰り返して呟き落とすと同時に、シェリルの脳裏に紫銀の影が浮かび上がる。
いつも側にいて、シェリルを全身で守ってくれていたカイン。何だかとても長い間離ればなれになっているような気がして、シェリルの胸がどくんとなった。カインを思い浮かべるだけで、シェリルの胸は突き刺されたような痛みを伴う鼓動を強く響かせる。体を取り巻き、じわじわと染み込んでくる不快な闇の感覚がシェリルを捕えて離さない。
「……カイン。何? とても嫌な予感が……」
「君の守護天使は闇に捕われた。もうひとりの僕の罠にはまって、地界ガルディオスにいる」
「地界へ? 嘘っ!」
「時間はあまり残されていない。彼を失いたくなければ、早く僕を」
急かすように再度シェリルへ差し出したディランの手は、もう半分くらいまで光に解けかかっている。その光を目にしたシェリルが、迷う事なくディランの消えかかった手を強く握りしめた。
途端、二人を包んでいた光が破裂したように音を立てて弾けた。四方に散った光の粒は、何かに引き寄せられるように次々とディランの体の中へ吸収され、辺りは目も開けられないくらいの眩しい光に包まれていく。強風に吹き飛ばされるような衝撃に耐え切れず、握りしめていたディランの手を思わず離してしまいそうになったシェリルは、慌ててその手をぎゅっときつく握り直した。
シェリルの手の力を感じてゆっくりと顔を上げたディランが、全身を包む白い光にしゅるしゅると解けながら、最後ににっこりと微笑んでかすかに唇を動かした。
「シェ……ル。決……て……負け…………で」
紡がれた言葉は光の波に押し寄せられ、そしてシェリルの胸で輝く紫銀の三日月に涙のかけらごと吸い込まれていった。
「ディラン?」
白い光を完全に吸収した三日月の首飾りを握りしめながら、シェリルはひとり何もない空間に立ち尽くしていた。
誰からも愛されなかった子供、ディラン。涙のかけらに助けられた彼は、涙のかけらに殺されたも同然だった。
愛されたいと、必要とされたいと願うその強い思いは、地界神という肩書きを背負い孤独と戦ってきたルシエルとよく似ていた。だからこそ彼らは引き寄せられるように出会い、惹かれていったのだろう。
小さな誤解とすれ違いが二人を壊しその運命を狂わせた事に、シェリルはどうしようもなく切ない気持ちになる。
「……そう、僕はルシエル様に出会った。彼は……悲しみに捕われた、限りなく優しいひと」
声と共に、シェリルの前にディランが現れた。シェリルと同じようにディランの体をも包み込んだ白い光はそのままふわりと膨らんで、二人を纏めて同じ光の中に取り込んでいく。
「僕は涙のかけらとして、もうひとりの僕を……そして大切なルシエル様を見守ってきたんだ。あの時僕を助けてくれたルシエル様は、嘘ではなかったから」
「でも、闇には変わりないわ。暗く冷たい闇は、私の両親を殺した。私を殺そうとしてきた。その闇を取り込んだ彼が……」
「シェリル、君はルシエル様について知らなくてはならない」
少年とは思えないほど落ち着いた声音でそう言ったディランが、シェリルを真っ直ぐに見つめ返した。
「闇の王ルシエル様の中には、二つの人格が存在している。孤独に壊れた女神の弟と、そして新たにルシエル様の肉体に入り込んだ闇を纏う者。もうひとりの僕を助けてくれたのはルシエル様で、邪悪な従者に育て上げたのは闇を纏う者なんだよ」
あまりにも突然に告げられたその言葉に思考がついていかず、シェリルは一瞬言葉をなくす。
ディランを助けたのはルシエル。ディランを黒く染め上げたのは闇を纏う者。それならば天地大戦でアルディナと戦ったのは、世界支配を目論むのは……。ルシエルは、地界神ルシエルは、闇を纏う者に体を与えてまで何を望んだと言うのか。
「ちょっと待って。……頭が混乱して」
「闇を纏う者はルシエル様の中で生き続けた。……けれど今では闇を纏う者が主導権を握り、ルシエル様の意識は飲み込まれようとしている。君は……君はルシエル様を救える唯一の落し子なんだよ。だからどうか、ルシエル様を救って」
『闇を照らす光となれ』
聖地を守っていた夢のかけら、あの守護獣の声がシェリルの中で木霊する。守護獣の言っていた闇とは即ちルシエルの事。そして涙のかけらであるディランの願いも、ルシエルを救う事だ。それはつまり、かけらを作ったアルディナ自身の願いに他ならない。
なぜ封印をした本人が、ルシエルの救済を願うのか。そもそもルシエルは封印されているのではなかったか。
「おかしいわ。だって、アルディナ様はルシエルを封印したのよ? それに私はっ……私はそんな事出来ない」
「シェリル、君を取り巻く謎は多い。けれど僕を、涙のかけらを受け入れる事で、君はアルディナ様の思いを知る事が出来る。さあ、手を出して」
指先からしゅるしゅると光に解けていく手を、ディランがシェリルへと差し出した。
この小さな手に掴む事の出来なかった幸せを、ディランはルシエルから得たと言うのだろうか。己の運命を狂わせた闇を支配する、ルシエルに。
「シェリル」
「あなたの運命を狂わせたのは闇なのよ、ディラン。その闇を自ら取り込んだルシエルを……あなたは本気で助けたいの?」
「僕は、ルシエル様を信じている。シェリル、君にも信じるものはあるだろう?」
「信じるもの?」
繰り返して呟き落とすと同時に、シェリルの脳裏に紫銀の影が浮かび上がる。
いつも側にいて、シェリルを全身で守ってくれていたカイン。何だかとても長い間離ればなれになっているような気がして、シェリルの胸がどくんとなった。カインを思い浮かべるだけで、シェリルの胸は突き刺されたような痛みを伴う鼓動を強く響かせる。体を取り巻き、じわじわと染み込んでくる不快な闇の感覚がシェリルを捕えて離さない。
「……カイン。何? とても嫌な予感が……」
「君の守護天使は闇に捕われた。もうひとりの僕の罠にはまって、地界ガルディオスにいる」
「地界へ? 嘘っ!」
「時間はあまり残されていない。彼を失いたくなければ、早く僕を」
急かすように再度シェリルへ差し出したディランの手は、もう半分くらいまで光に解けかかっている。その光を目にしたシェリルが、迷う事なくディランの消えかかった手を強く握りしめた。
途端、二人を包んでいた光が破裂したように音を立てて弾けた。四方に散った光の粒は、何かに引き寄せられるように次々とディランの体の中へ吸収され、辺りは目も開けられないくらいの眩しい光に包まれていく。強風に吹き飛ばされるような衝撃に耐え切れず、握りしめていたディランの手を思わず離してしまいそうになったシェリルは、慌ててその手をぎゅっときつく握り直した。
シェリルの手の力を感じてゆっくりと顔を上げたディランが、全身を包む白い光にしゅるしゅると解けながら、最後ににっこりと微笑んでかすかに唇を動かした。
「シェ……ル。決……て……負け…………で」
紡がれた言葉は光の波に押し寄せられ、そしてシェリルの胸で輝く紫銀の三日月に涙のかけらごと吸い込まれていった。
「ディラン?」
白い光を完全に吸収した三日月の首飾りを握りしめながら、シェリルはひとり何もない空間に立ち尽くしていた。
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