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第3章 涙のかけら
キスの予約・2
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「それにしても、本当に召喚術を行って天界に行っちゃうなんてびっくりだわ」
エレナに今までの報告を済ませて自室へ戻る途中、一緒に話を聞いていたクリスティーナが少し興奮したように言った。
「でも呼び出した天使があれじゃね。クリスも天界のイメージ、変わるわよ」
「エレナ様は穏やかな顔をした天使様だったって仰ってたじゃない」
「ルーヴァはカインの友達なの。私が召喚した天使は、女好きで酒飲みで煙草も吸う不良天使なのよ。いっつも人の事からかって面白がってるし!」
カインの事を思い出して思わず声を荒げたシェリルに、クリスティーナは驚きながらも淡い微笑みを顔に浮かべた。その笑みに気付いて怪訝そうに目を細めたシェリルの前で、クリスティーナが小さく何度か頷きを繰り返す。
「何?」
「シェリル。あなた、随分と感情豊かになったわね。突然いなくなって心配したけど、そのカインっていう天使様と出会えた事、あなたにとってはとても良い事だと思うわ」
想像もしていなかった言葉に、シェリルが口をぽかんと開けてその場に立ち止まる。かと思うと、翡翠色の瞳を大きく見開いたまま一気に捲し立てた。
「ち、違うわよ。カインと出会ってから、本当に散々なんだから! 人の事馬鹿にするし、からかうし。何が本音なのか分からないし、女遊び激しいしっ! 今日だって私を置いてリリスの所へ行っちゃうし……」
叫ぶたびに、シェリルの脳裏に今までのカインの姿が思い出される。怒りなのか不安なのかよく分からない感情を持て余したシェリルの視界が、思わず滲み出た涙のしずくでゆらりと揺らめいた。
「何だかカインと出会ってから、おかしいの。自分でも何が何だかよく分からないし……」
心配して駆け寄ったクリスティーナが、シェリルの背中を優しくさすってやる。少し俯いて気持ちを落ち着けようとしているシェリルを見つめながら、クリスティーナは心配とは別の感情が自分を満たしていくのを感じて静かな微笑みを浮かべた。
シェリルは明らかに変わった。
アルディナ神殿にいる時はいつもひとりですべてを抱え込んでいるようで、クリスティーナにさえ時々死んだような暗い眼差しを向ける事があった。それが今はこんなにも生き生きと輝いて、感情を表に出す事に少しの躊躇いもない。たった数日でここまでシェリルの心を開いた天使に興味はあったが、それよりも先にカインという天使にクリスティーナは深く感謝した。
「落ち着いた?」
「うん。……ごめんね、クリス」
落ち着きを取り戻したシェリルが、深呼吸と一緒に体内に溜まった熱を外へ吐き出した。
「ちょっといろいろ思い出しちゃって」
「ねぇ、シェリル。カインと旅に出てから、夜はぐっすり眠れるようになった?」
「夜? うん、前よりはね。それがどうかしたの?」
おかしな事を聞くものだと不思議そうに首を傾げたシェリルに、クリスティーナが意味ありげに笑う。
「何なの?」
「シェリルはカインの事考えると、胸が苦しくなるんでしょ?」
再確認されて、シェリルが不安げに小さく頷いた。それがどうかしたのかと口を開こうとしたシェリルの前で、クリスティーナがにっこり笑ってシェリルの肩をぽんっと軽く叩く。
「それって、恋してるのよ」
「……え?」
「シェリルはカインに恋してるの。カインを好きになり始めてるのよ。ただそれに気付いていないだけ」
いくら異性に疎いシェリルでも、恋の意味くらいは知っている。しかし実際に自分が恋をしていると言われてもシェリルには実感がなく、ふっと呆れたように笑みを零した。が、その顔は心とは裏腹にみるみるうちに赤く染まっていく。
「……やっ、やだ、クリスったら何言ってるのよ。カインは天使なのよ! しかも女好きで誠実さのかけらもないのよ! そんな事ないったら」
「でも、シェリル……」
「私っ! 祈りの間に行って来るっ。クリスは先に帰ってて。じゃ!」
これ以上変な事を言われる前にと、シェリルはクリスから逃げるように来た道を戻って行った。
「あ……シェリル!」
伸ばした手は空を切り、シェリルの姿があっという間に遠ざかる。そのまま角を曲がって視界から消えたシェリルに、クリスティーナがまずい事をしたと眉を下げて自身の口元に手をあてた。
シェリルの変化があまりに嬉しくて、思わずはしゃぎすぎてしまった。顔を真っ赤にさせて走って行ったシェリルを思いながら、クリスティーナは「ごめんね」と心の中で謝りながら、再び星の棟へと歩き出した。
「ちょっと、急かしすぎたかしら」
ぽつりと呟いて、シェリルが向かった祈りの間がある月の塔を振り返ったクリスの耳に。
「……女好きで誠実さのかけらもない、か。悪かったな」
少しむっとした男の声が聞こえてきた。頭上から落ちてきた声に驚いて空を見上げたクリスは、しかしその声の主を見つける事は出来なかった。
エレナに今までの報告を済ませて自室へ戻る途中、一緒に話を聞いていたクリスティーナが少し興奮したように言った。
「でも呼び出した天使があれじゃね。クリスも天界のイメージ、変わるわよ」
「エレナ様は穏やかな顔をした天使様だったって仰ってたじゃない」
「ルーヴァはカインの友達なの。私が召喚した天使は、女好きで酒飲みで煙草も吸う不良天使なのよ。いっつも人の事からかって面白がってるし!」
カインの事を思い出して思わず声を荒げたシェリルに、クリスティーナは驚きながらも淡い微笑みを顔に浮かべた。その笑みに気付いて怪訝そうに目を細めたシェリルの前で、クリスティーナが小さく何度か頷きを繰り返す。
「何?」
「シェリル。あなた、随分と感情豊かになったわね。突然いなくなって心配したけど、そのカインっていう天使様と出会えた事、あなたにとってはとても良い事だと思うわ」
想像もしていなかった言葉に、シェリルが口をぽかんと開けてその場に立ち止まる。かと思うと、翡翠色の瞳を大きく見開いたまま一気に捲し立てた。
「ち、違うわよ。カインと出会ってから、本当に散々なんだから! 人の事馬鹿にするし、からかうし。何が本音なのか分からないし、女遊び激しいしっ! 今日だって私を置いてリリスの所へ行っちゃうし……」
叫ぶたびに、シェリルの脳裏に今までのカインの姿が思い出される。怒りなのか不安なのかよく分からない感情を持て余したシェリルの視界が、思わず滲み出た涙のしずくでゆらりと揺らめいた。
「何だかカインと出会ってから、おかしいの。自分でも何が何だかよく分からないし……」
心配して駆け寄ったクリスティーナが、シェリルの背中を優しくさすってやる。少し俯いて気持ちを落ち着けようとしているシェリルを見つめながら、クリスティーナは心配とは別の感情が自分を満たしていくのを感じて静かな微笑みを浮かべた。
シェリルは明らかに変わった。
アルディナ神殿にいる時はいつもひとりですべてを抱え込んでいるようで、クリスティーナにさえ時々死んだような暗い眼差しを向ける事があった。それが今はこんなにも生き生きと輝いて、感情を表に出す事に少しの躊躇いもない。たった数日でここまでシェリルの心を開いた天使に興味はあったが、それよりも先にカインという天使にクリスティーナは深く感謝した。
「落ち着いた?」
「うん。……ごめんね、クリス」
落ち着きを取り戻したシェリルが、深呼吸と一緒に体内に溜まった熱を外へ吐き出した。
「ちょっといろいろ思い出しちゃって」
「ねぇ、シェリル。カインと旅に出てから、夜はぐっすり眠れるようになった?」
「夜? うん、前よりはね。それがどうかしたの?」
おかしな事を聞くものだと不思議そうに首を傾げたシェリルに、クリスティーナが意味ありげに笑う。
「何なの?」
「シェリルはカインの事考えると、胸が苦しくなるんでしょ?」
再確認されて、シェリルが不安げに小さく頷いた。それがどうかしたのかと口を開こうとしたシェリルの前で、クリスティーナがにっこり笑ってシェリルの肩をぽんっと軽く叩く。
「それって、恋してるのよ」
「……え?」
「シェリルはカインに恋してるの。カインを好きになり始めてるのよ。ただそれに気付いていないだけ」
いくら異性に疎いシェリルでも、恋の意味くらいは知っている。しかし実際に自分が恋をしていると言われてもシェリルには実感がなく、ふっと呆れたように笑みを零した。が、その顔は心とは裏腹にみるみるうちに赤く染まっていく。
「……やっ、やだ、クリスったら何言ってるのよ。カインは天使なのよ! しかも女好きで誠実さのかけらもないのよ! そんな事ないったら」
「でも、シェリル……」
「私っ! 祈りの間に行って来るっ。クリスは先に帰ってて。じゃ!」
これ以上変な事を言われる前にと、シェリルはクリスから逃げるように来た道を戻って行った。
「あ……シェリル!」
伸ばした手は空を切り、シェリルの姿があっという間に遠ざかる。そのまま角を曲がって視界から消えたシェリルに、クリスティーナがまずい事をしたと眉を下げて自身の口元に手をあてた。
シェリルの変化があまりに嬉しくて、思わずはしゃぎすぎてしまった。顔を真っ赤にさせて走って行ったシェリルを思いながら、クリスティーナは「ごめんね」と心の中で謝りながら、再び星の棟へと歩き出した。
「ちょっと、急かしすぎたかしら」
ぽつりと呟いて、シェリルが向かった祈りの間がある月の塔を振り返ったクリスの耳に。
「……女好きで誠実さのかけらもない、か。悪かったな」
少しむっとした男の声が聞こえてきた。頭上から落ちてきた声に驚いて空を見上げたクリスは、しかしその声の主を見つける事は出来なかった。
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