31 / 114
第2章 夢のかけら
芽生える思い・4
しおりを挟む
「シェリルっ? 今までどこに行ってたの!」
アルディナ神殿へと帰り着いたシェリルを一番に見つけたのは、親友クリスティーナだった。大聖堂からシェリルのいる中庭まで駆け寄ってきたクリスティーナのその声に、今度は神官長エレナまでもが大聖堂から顔をのぞかせる。シェリルの真横に浮いていたルーヴァは人の目に映らない為、クリスティーナはルーヴァの存在にまったく気付く気配がない。
「一体どこで何をしていたの! 黙っていなくなるなんて」
「ごっ……ごめん、クリス。これには訳が」
クリスティーナの剣幕に二、三歩後ずさりながら横目でルーヴァに助けを求めたシェリルだったが、ルーヴァは『人に姿を見せる事は禁じられています』と、面白そうに言うだけだった。
「クリスティーナ、もうそのくらいにしておあげなさい。シェリルだって何か訳があったのでしょうから」
優しい声音でシェリルをクリスティーナの説教から助けてくれたのはエレナだった。シェリルの前に立ったエレナはその横に浮くルーヴァへと目を向けて、静かに小さく頭を下げる。
「エレナ様? もしかして、分かるんですか?」
「あなたに神のご加護があったようですね」
エレナの言葉にシェリルとルーヴァはお互いの顔を見合わせて驚き、クリスティーナは一体何の事だか分からずに首を傾げた。人の目が天使の存在を映す事はないが、エレナのように信仰の厚い者ならばその姿を見る事も不可能ではない。
「話は後でゆっくり聞きます。疲れているのでしょう? 夜までゆっくりお休みなさい」
そう言ってもう一度ルーヴァに頭を下げたエレナは、シェリルを促すように神殿へと歩き始めた。
「そのうちカインが降りてくると思いますよ。それまであの方が言ったようにゆっくりした方がいいでしょう」
空に上昇しながらシェリルの心に直接語りかけてきたルーヴァは、そのまま風に乗って光と同化するように消えていく。天界へ戻っていったルーヴァを見送りながら、心のどこかでカインの事を思い出していたシェリルは、強く頭を振ってエレナとクリスティーナの後を追いかけて行った。
見る影もなく崩れ落ちた教会。その瓦礫の山の前にひとり佇むロヴァルの胸に、愛した影が甦る。
一度は死ぬ事でセレスティアのいない現実から逃げようとした。けれど、今なら分かる気がする。命をかけてロヴァルを守った、セレスティアの気持ちが。
「もう二度と、逃げたりしない」
自分に強く誓って、ロヴァルは消えていきそうになるセレスティアの残像を捕まえようと瞳を閉じる。
『ロヴァル……。愛してるわ』
遠くの方で、懐かしい声を聞いたような気がした。
「……あの、大丈夫ですか?」
ふいに真後ろから声をかけられ、ロヴァルは閉じていた瞳をぱっと開いた。蹲ったまま動かないロヴァルを心配したのだろう。少し遠慮がちに響いた女の声に、ロヴァルがゆっくりと後ろを振り返った。
「ああ。……気にしないでくれ」
そっけなく答えてその場を立ち去ろうとしたロヴァルの瞳に――見覚えのある藍色が飛び込んだ。
ロヴァルに声をかけた女の胸元で揺れる光は、間違いなくあの時セレスティアと永遠の愛を誓い合った、世界にたったひとつしかない藍晶石のかけら。
「セレスティアっ?」
驚いて顔を上げたロヴァルの前に立っていたのは、神官服を着たひとりの女だった。
肩で切り揃えられた髪を風になびかせてセレスティアそっくりの笑みを浮かべた女は、目の前のロヴァルに対して丁寧に頭を下げる。
「あの私、リディアと言います。こちらの教会で働くようになっていたのですが」
言いながらリディアと名乗ったセレスティアそっくりの神官は、崩れ果てた教会へ目を向けて呆然と立ち尽くした。
「……リディア?」
「はい?」
「今まで、どこに?」
「それがよく分からないんです。数週間前からの記憶が、その……。六日前に目を覚まして、それからこちらへ来たものですから」
少し俯いて語るリディアの額には、もう三日月の刻印はなかった。おそらく彼女はセレスティアの生まれ変わりで、ディランによって魂を抜き取られていたのだろう。偽りのセレスティアが死んで、彼女の魂はやっとリディアの体へ戻る事が出来た。
ロヴァルとの愛を受け継いで、戻って来たのだ。
「リディア」
優しく、そして少しだけ切ないロヴァルの声音を、なぜか懐かしいと感じたリディアの胸がとくんと鳴る。
「お前にとって、辛い記憶を思い出させてしまうかもしれない。……でも、俺はお前に思い出して欲しい。ここで何があったのかを」
ロヴァルの真っ直ぐな視線を受け止めたリディアの胸元では、藍晶石が過去を思い出すように濡れた輝きを放っていた。
アルディナ神殿へと帰り着いたシェリルを一番に見つけたのは、親友クリスティーナだった。大聖堂からシェリルのいる中庭まで駆け寄ってきたクリスティーナのその声に、今度は神官長エレナまでもが大聖堂から顔をのぞかせる。シェリルの真横に浮いていたルーヴァは人の目に映らない為、クリスティーナはルーヴァの存在にまったく気付く気配がない。
「一体どこで何をしていたの! 黙っていなくなるなんて」
「ごっ……ごめん、クリス。これには訳が」
クリスティーナの剣幕に二、三歩後ずさりながら横目でルーヴァに助けを求めたシェリルだったが、ルーヴァは『人に姿を見せる事は禁じられています』と、面白そうに言うだけだった。
「クリスティーナ、もうそのくらいにしておあげなさい。シェリルだって何か訳があったのでしょうから」
優しい声音でシェリルをクリスティーナの説教から助けてくれたのはエレナだった。シェリルの前に立ったエレナはその横に浮くルーヴァへと目を向けて、静かに小さく頭を下げる。
「エレナ様? もしかして、分かるんですか?」
「あなたに神のご加護があったようですね」
エレナの言葉にシェリルとルーヴァはお互いの顔を見合わせて驚き、クリスティーナは一体何の事だか分からずに首を傾げた。人の目が天使の存在を映す事はないが、エレナのように信仰の厚い者ならばその姿を見る事も不可能ではない。
「話は後でゆっくり聞きます。疲れているのでしょう? 夜までゆっくりお休みなさい」
そう言ってもう一度ルーヴァに頭を下げたエレナは、シェリルを促すように神殿へと歩き始めた。
「そのうちカインが降りてくると思いますよ。それまであの方が言ったようにゆっくりした方がいいでしょう」
空に上昇しながらシェリルの心に直接語りかけてきたルーヴァは、そのまま風に乗って光と同化するように消えていく。天界へ戻っていったルーヴァを見送りながら、心のどこかでカインの事を思い出していたシェリルは、強く頭を振ってエレナとクリスティーナの後を追いかけて行った。
見る影もなく崩れ落ちた教会。その瓦礫の山の前にひとり佇むロヴァルの胸に、愛した影が甦る。
一度は死ぬ事でセレスティアのいない現実から逃げようとした。けれど、今なら分かる気がする。命をかけてロヴァルを守った、セレスティアの気持ちが。
「もう二度と、逃げたりしない」
自分に強く誓って、ロヴァルは消えていきそうになるセレスティアの残像を捕まえようと瞳を閉じる。
『ロヴァル……。愛してるわ』
遠くの方で、懐かしい声を聞いたような気がした。
「……あの、大丈夫ですか?」
ふいに真後ろから声をかけられ、ロヴァルは閉じていた瞳をぱっと開いた。蹲ったまま動かないロヴァルを心配したのだろう。少し遠慮がちに響いた女の声に、ロヴァルがゆっくりと後ろを振り返った。
「ああ。……気にしないでくれ」
そっけなく答えてその場を立ち去ろうとしたロヴァルの瞳に――見覚えのある藍色が飛び込んだ。
ロヴァルに声をかけた女の胸元で揺れる光は、間違いなくあの時セレスティアと永遠の愛を誓い合った、世界にたったひとつしかない藍晶石のかけら。
「セレスティアっ?」
驚いて顔を上げたロヴァルの前に立っていたのは、神官服を着たひとりの女だった。
肩で切り揃えられた髪を風になびかせてセレスティアそっくりの笑みを浮かべた女は、目の前のロヴァルに対して丁寧に頭を下げる。
「あの私、リディアと言います。こちらの教会で働くようになっていたのですが」
言いながらリディアと名乗ったセレスティアそっくりの神官は、崩れ果てた教会へ目を向けて呆然と立ち尽くした。
「……リディア?」
「はい?」
「今まで、どこに?」
「それがよく分からないんです。数週間前からの記憶が、その……。六日前に目を覚まして、それからこちらへ来たものですから」
少し俯いて語るリディアの額には、もう三日月の刻印はなかった。おそらく彼女はセレスティアの生まれ変わりで、ディランによって魂を抜き取られていたのだろう。偽りのセレスティアが死んで、彼女の魂はやっとリディアの体へ戻る事が出来た。
ロヴァルとの愛を受け継いで、戻って来たのだ。
「リディア」
優しく、そして少しだけ切ないロヴァルの声音を、なぜか懐かしいと感じたリディアの胸がとくんと鳴る。
「お前にとって、辛い記憶を思い出させてしまうかもしれない。……でも、俺はお前に思い出して欲しい。ここで何があったのかを」
ロヴァルの真っ直ぐな視線を受け止めたリディアの胸元では、藍晶石が過去を思い出すように濡れた輝きを放っていた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
はぐれ者ラプソディー
はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
「普通、こんなレアな生き物簡単に捨てたりしないよね?俺が言うのもなんだけど、変身できる能力を持ったモンスターってそう多くはないんだし」
人間やモンスターのコミュニティから弾きだされた者達が集う、捨てられの森。その中心に位置するインサイドの町に住むジム・ストライクは、ある日見回りの最中にスライムが捨てられていることに気づく。
本来ならば高価なモンスターのはずのスライムが、何故捨てられていたのか?
ジムはそのスライムに“チェルク”と名前をつけ、仲間達と共に育てることにしたのだが……実はチェルクにはとんでもない秘密があって。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?


元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる