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第2章 夢のかけら
芽生える思い・2
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月の宮殿へと続く一本道の付近にある石造りの家、その庭先で花に埋もれていた人物に気付いたシェリルがその名を呼んで近くへと駆け寄った。
「セシリアさん!」
ゆっくりと顔を上げたセシリアは、そこに咲く花と同じように穏やかな笑みを浮かべて、駆け寄ってくるシェリルを迎えた。
「無事に帰って来れたのね、よかった。今ルーヴァがお茶を淹れてるところなの。さあ、入って」
にっこりと笑ってセシリアが家の扉を開けると、中から甘い花の香りが風に乗ってシェリルの元まで漂ってくる。その優しい香りに誘われるようにして、シェリルはルーヴァの家へと入って行った。
「あら、カインは一緒じゃないの?」
シェリルを家に招き入れてルーヴァにお茶の追加を告げようとしたセシリアは、そこでやっとシェリルがひとりでいる事に気付いた。
「行く所があるって」
「そう。でもすぐ戻ってくるわよ。そんなに淋しそうな顔しないで」
「別に淋しくなんかっ」
自分がそんな顔をしていたのかと思い、慌てて首を横に振ったシェリルの背後で、お茶を三人分用意してきたルーヴァが静かに笑みを零した。
「そんなに強く頭を振ると倒れてしまいますよ。特製のパールティーでも飲んで、旅の疲れを癒してください」
言いながらテーブルに並べたカップに、ルーヴァがパールティーを注ぎ分けていく。その花の香りのする乳白色のパールティーを見つめながら、シェリルがふとカインの言葉を思い出した。
『変な薬飲まされんじゃねーぞ』
「さあ、どうぞ」
ゆったりとした動作でお茶を配り終え席についたルーヴァは、なかなかそれに口をつけようとしないシェリルを見てさらりともう一言付け加える。
「それは普通のお茶ですよ、シェリル。あなたに手を出すとカインに怒られるので、心配しないで下さいね」
「あっ、違うの! 別にルーヴァの事疑っていた訳じゃなくて、ちょっと香りを楽しんでただけよ」
警戒していた事を簡単に見破られ、慌てたシェリルは言い訳のような言葉を口にして、用意されたパールティーをごくごくっと飲み干した。乳白色をしたパールティーはその色とは反対にさらりとした口あたりで、やわらかな花の香りは心をほっと落ち着かせてくれる。
余計な心配だったとシェリルが肩の力を抜いてふうっと息を吐くと、その前でルーヴァが空になったシェリルのカップにおかわりを注ぎながらにっこりと微笑みを浮かべた。
「あ……言い忘れてましたけど、香り付けに媚薬を少々」
二杯目のパールティーをありがたく頂いていたシェリルはルーヴァの言葉にびくんと震え、飲み込もうとしていたパールティーを喉ではなく別の変な器官に詰まらせて激しく咳き込んだ。
「げほっ!」
その様子をくすくす笑いながら見ていたルーヴァの隣で呆れた表情を浮かべたセシリアが、はあっと大きく溜息をついて自分の弟へと目を向ける。
「すみません、冗談ですよ。あなたが何に対しても真面目に入り込んでくるので、少し悪戯してしまいました。カインの気持ちが分かりますね」
「あなたの場合、カインよりタチが悪いわよ。シェリル、ごめんなさいね」
セシリアの言葉に心の中で同意しながら、シェリルが胸を押えて大きく息を吸い込んだ。
「これからはルーヴァの作ってくれたものは口にしない事にするわ」
「それは残念ですね」
ちっとも気にしていないように穏やかな笑みを浮かべるルーヴァを見て、シェリルは彼があのカインと同等に渡り合っていける性格の持ち主だと言う事を改めて実感する。だからこそ友達でいられるのだ。
「シェリル、夢のかけらは手に入れた?」
「あ……はい、何とか。でも気になる事が」
まだ少し咳をしながら、シェリルは自分がセシリアに報告しようと思っていた事を順番に話し始めた。
夢のかけらを手に入れるまでに起こった数々の出来事。
ルシエルと言う名の主を持つ、闇の従者ディラン。
彼の行動や言動に隠された不可解な謎。
魔物を撃退し、ロヴァルの傷を治した不思議な力。
シェリルの話を静かに聞いていたセシリアは納得したように小さく頷いて、少し冷めてしまったパールティーを一口飲んでからシェリルへと目を向けた。
「その力はアルディナ様の力に間違いないわ。かけらそのものはアルディナ様の力の結晶だから、それを吸収したシェリルが一時的に力を使えるようになったと思うの」
「アルディナ様の力を、私が?」
「ええ。……でも問題はそのディラン、と言う男の存在ね」
ディランの名を口にして、セシリアが表情を固くした。怒ったような厳しい表情は普段のセシリアからは考えられないほど冷たく、それを初めて見たシェリルが思わずセシリアから視線を逸らす。
「シェリルを地界ガルディオスへ連れて行こうとしたり、禁忌の名を口にしたり。何か、嫌な予感がするわ」
『君を苦しみから解放してあげるよ』
大きな力を使う度に亀裂を走らせる紫銀のピアス。カインを覆い隠してしまいそうな黒い影。ディランの行動にはすべてカインが関係しているように思えて、シェリルは何となくカインのピアスについて話す事が出来なかった。それに意味などないはずなのに、シェリルの心が拒否している。ピアスの事を誰にも知られてはならないと、心のどこかでそう感じていた。
『君の名前は? 翼の色は? 君の剣はどこにある?』
誰も知る事のないカインの何かを、ディランは知っている。おそらく、カインですら知らない何かを。
「セシリアさん!」
ゆっくりと顔を上げたセシリアは、そこに咲く花と同じように穏やかな笑みを浮かべて、駆け寄ってくるシェリルを迎えた。
「無事に帰って来れたのね、よかった。今ルーヴァがお茶を淹れてるところなの。さあ、入って」
にっこりと笑ってセシリアが家の扉を開けると、中から甘い花の香りが風に乗ってシェリルの元まで漂ってくる。その優しい香りに誘われるようにして、シェリルはルーヴァの家へと入って行った。
「あら、カインは一緒じゃないの?」
シェリルを家に招き入れてルーヴァにお茶の追加を告げようとしたセシリアは、そこでやっとシェリルがひとりでいる事に気付いた。
「行く所があるって」
「そう。でもすぐ戻ってくるわよ。そんなに淋しそうな顔しないで」
「別に淋しくなんかっ」
自分がそんな顔をしていたのかと思い、慌てて首を横に振ったシェリルの背後で、お茶を三人分用意してきたルーヴァが静かに笑みを零した。
「そんなに強く頭を振ると倒れてしまいますよ。特製のパールティーでも飲んで、旅の疲れを癒してください」
言いながらテーブルに並べたカップに、ルーヴァがパールティーを注ぎ分けていく。その花の香りのする乳白色のパールティーを見つめながら、シェリルがふとカインの言葉を思い出した。
『変な薬飲まされんじゃねーぞ』
「さあ、どうぞ」
ゆったりとした動作でお茶を配り終え席についたルーヴァは、なかなかそれに口をつけようとしないシェリルを見てさらりともう一言付け加える。
「それは普通のお茶ですよ、シェリル。あなたに手を出すとカインに怒られるので、心配しないで下さいね」
「あっ、違うの! 別にルーヴァの事疑っていた訳じゃなくて、ちょっと香りを楽しんでただけよ」
警戒していた事を簡単に見破られ、慌てたシェリルは言い訳のような言葉を口にして、用意されたパールティーをごくごくっと飲み干した。乳白色をしたパールティーはその色とは反対にさらりとした口あたりで、やわらかな花の香りは心をほっと落ち着かせてくれる。
余計な心配だったとシェリルが肩の力を抜いてふうっと息を吐くと、その前でルーヴァが空になったシェリルのカップにおかわりを注ぎながらにっこりと微笑みを浮かべた。
「あ……言い忘れてましたけど、香り付けに媚薬を少々」
二杯目のパールティーをありがたく頂いていたシェリルはルーヴァの言葉にびくんと震え、飲み込もうとしていたパールティーを喉ではなく別の変な器官に詰まらせて激しく咳き込んだ。
「げほっ!」
その様子をくすくす笑いながら見ていたルーヴァの隣で呆れた表情を浮かべたセシリアが、はあっと大きく溜息をついて自分の弟へと目を向ける。
「すみません、冗談ですよ。あなたが何に対しても真面目に入り込んでくるので、少し悪戯してしまいました。カインの気持ちが分かりますね」
「あなたの場合、カインよりタチが悪いわよ。シェリル、ごめんなさいね」
セシリアの言葉に心の中で同意しながら、シェリルが胸を押えて大きく息を吸い込んだ。
「これからはルーヴァの作ってくれたものは口にしない事にするわ」
「それは残念ですね」
ちっとも気にしていないように穏やかな笑みを浮かべるルーヴァを見て、シェリルは彼があのカインと同等に渡り合っていける性格の持ち主だと言う事を改めて実感する。だからこそ友達でいられるのだ。
「シェリル、夢のかけらは手に入れた?」
「あ……はい、何とか。でも気になる事が」
まだ少し咳をしながら、シェリルは自分がセシリアに報告しようと思っていた事を順番に話し始めた。
夢のかけらを手に入れるまでに起こった数々の出来事。
ルシエルと言う名の主を持つ、闇の従者ディラン。
彼の行動や言動に隠された不可解な謎。
魔物を撃退し、ロヴァルの傷を治した不思議な力。
シェリルの話を静かに聞いていたセシリアは納得したように小さく頷いて、少し冷めてしまったパールティーを一口飲んでからシェリルへと目を向けた。
「その力はアルディナ様の力に間違いないわ。かけらそのものはアルディナ様の力の結晶だから、それを吸収したシェリルが一時的に力を使えるようになったと思うの」
「アルディナ様の力を、私が?」
「ええ。……でも問題はそのディラン、と言う男の存在ね」
ディランの名を口にして、セシリアが表情を固くした。怒ったような厳しい表情は普段のセシリアからは考えられないほど冷たく、それを初めて見たシェリルが思わずセシリアから視線を逸らす。
「シェリルを地界ガルディオスへ連れて行こうとしたり、禁忌の名を口にしたり。何か、嫌な予感がするわ」
『君を苦しみから解放してあげるよ』
大きな力を使う度に亀裂を走らせる紫銀のピアス。カインを覆い隠してしまいそうな黒い影。ディランの行動にはすべてカインが関係しているように思えて、シェリルは何となくカインのピアスについて話す事が出来なかった。それに意味などないはずなのに、シェリルの心が拒否している。ピアスの事を誰にも知られてはならないと、心のどこかでそう感じていた。
『君の名前は? 翼の色は? 君の剣はどこにある?』
誰も知る事のないカインの何かを、ディランは知っている。おそらく、カインですら知らない何かを。
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